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しおりを挟むもうどう足掻いても、この国は隣国に干渉はできない。なのに一度描いた夢は諦めきれないのでしょう。王は真剣になにかを考えている様に見える。でもこれ以上は悪手にしかならない。今回の戦争終結において対外的には、この国が勝戦国となっている。しかしそれは国の規模の大きさと、私が広域魔法で大量殺略をした恐怖に、隣国が白旗を掲げ和平を求めたことになっているから。
でも真実は違う。なぜなら大量殺略は行われていない。隣国は戦争を終結するために、わざと白旗をあげたのだ。
なら私が隣国についたらどうなるのか?国の規模はたしかに違うけど、隣国の大聖女の伝説は根強い人気だ。すでに私は近隣諸国に協力を示唆し、戦争の脅威を防ぐための協定を結んでいる。近隣諸国のお偉方もこの国の軍事力でもある私に恐怖を抱いていたし、その私が殺略したはずの兵士たちの無事を知り、すぐに協定を結んでくれた。どうして私がそこまでするのか?
だって王はわざと戦争を起こしたんだもの。国境での小競り合いを煽り、戦にまで発展させたのは王だった。私についていた影を一人捕まえて、自白魔法を使ったから間違いはない。その影の記憶は消去したけど、戦争終結後の最後まで、私についていたのが彼で笑ったわよ。一番チョロそうだと思ったんだけど……
しかしビックリ。彼は影集団のリーダーだったそう。なのにあんなに簡単に捕まったなんて信じられない。あまりにチョロチョロウザいから、再度捕まえて密室に閉じ込めたの。影なら存在感を出すなってね。 たった三日で根をあげ私に忠誠を誓ったし……王家の影も大したことがないのね!あれなら実力をはかったりせずに、さっさと捕獲して隣国へ行けば良かった。
とにかく! 私はこの国からでます。村人の治療もすべて完了している。心を病んでしまった人たちも回復し、村人たちは命を尊び助け合いながら生きている。今は時おり様子を見に訪問しているのみ。
王家が保証をするそうだから、生活面では私も安心できます。それにいつまでも私の顔を見るのは辛いでしょう。だって死の恐怖には抗えないのだから。私は嫌われても仕方がない。だってそれだけのことを仕出かしたのだから!
「そなたは好いた者がいると言ったな。求婚していたという者は誰なのだ? この場に連れてくると申していたが、もう到着しているのか? なに平民でも構わんぞ。爵位を授けよう。伯爵辺りでどうだ? 貴族街に屋敷も付けるぞ」
ようやく最初に戻ったわね。今まですっかり忘れていたの?でももう遅い。婚約を認めると言質は貰っているもの。
「それは間違いなく私ですよ。我国で再会し、私は彼女に積年の想いを告げました。そして彼女を口説いていたのです。ずっと諦めずに探していたと。周囲は私に新たに婚約者を宛がおうとしましたが、私は彼女の生存を信じ拒否していました」
王太子様が私の側に歩みより、腰に腕を回し抱き寄せる。王は苦虫を噛み潰したような顔で沈黙していた。
「しかし彼女は婚約者がいるからと、私の申し出を断りました。しかし私は彼女の足跡を知るためにと貴国を調べあげ、国や婚約者による彼女への扱いを知りました。なのでいつまでも待つからと伝えたのです」
私は王太子様の気持ちがとても嬉しかった。
「私に幼いころの記憶はありません。森の中をさ迷っていたこと。魔物に襲われた私を冒険者が助けてくれたこと。その方が私を孤児院へ預けてくれたこと。これらは孤児院の方から聞きました」
私は国境の境の森に捨てられたらしい。よほどの恐怖を感じたのか、すべての記憶がなかったそうだ。しかし身なりが良く、平民には見えなかったと知らされた。
「そしてこれが、私の過去を知る唯一の品です」
私は胸元からネックレスを引っ張りだした。鎖の先には虹色の魔石を中心にデザインされた、厚みのあるヘッドがぶら下がっている。そのヘッドを手に持ち留め金を弾く。カチリと音がし蓋が開いた。
「これは中に肖像画がはめられています。中をご覧になりますか? 見知らぬ男の子の肖像画です。私は見知らぬこの子を、心の支えにし生きて来ました。覚えてはいなくとも、見ていると心が温かくなるのです。まさか本人に会えるなんて! 」
「そんな物があるとは聞いていないぞ! 」
「なぜ報告しなくてはならないのですか? 誰も私の身元など気にもしていませんでしたよ? 婚約者であった王子でさえ私を下民扱いし、身元について問われたこともございません。孤児である貴様は下民だ! の一点張り。報告したら調べてくれたのですか? 私の捜索に対し、知らぬ存ぜぬを貫いたのに? 」
そうよ。なぜ王に教えなくてはならないの?孤児院で保護された際に、目立つドレスや宝飾品はすべて没収されてしまったという。孤児院はさほど裕福ではなく、運営資金に回されたらしい。ただしこのネックレスだけは取り上げられなかった。身元が判明するかもしれない唯一の品だからと、お世話をしてくれたお姉さんが隠してくれたらしい。こっそりと渡されて以降、私は肌身離さず肌着の下に忍ばせていた。
「王子? 婚約を破棄してくださりありがとうございます。王も私の婚約を認めていただき感謝に耐えません。私たち幸せになります。もちろん婚姻するため隣国へ移住します。いえ、もとは隣国の民なのです。ちなみにこのネックレスは、王太子様からの贈り物だったそうです。身ぐるみはがされ捨てられず、本当に良かったです」
王太子様にエスコートされ、王の前でカテーシーを決めた。会場内は静まり返っている。
「…………」
さすがの王ももうなにもいえないでしょう。だって私の婚約を認めたのは、間違いなく王なのだから。
「はぁ。仕方あるまい。王に二言はない。まさか報復として戦を仕掛けたりはしまい? なら達者で暮らせ」
当たり前です。こちらならは仕掛けたりはしません。もちろんやられたらやり返しますけど!
「我国を除いた近隣諸国では、平和同盟が結ばれた様だな。いがみ合っていた小国どもが何故かと不思議だったが、そなたが抑止力となったのだろうな。貴国と我国は和平を結んだが、その同盟にも参加させて貰えぬか? もちろんそれなりの対価はし払おう」
へえ。気づいたんだ? この王は頭は切れるのよ。ただ考えすぎて暴走してしまう。いつもはボンクラ王子の母である王妃様が、ストッパー役をしてくれていたのだけど……今は……あれ?そう言えばそろそろ時期じゃないの?
王妃様は理知的な人で選民差別を顔に出す人ではなかった。ボンクラ王子と私との婚約を押し進めたのは王妃様だ。しかしどんなに理知的な人でも、子煩悩すぎるのは困りもの。馬鹿な息子ほど可愛かったらしい。長男、次男は厳しく育てたのに、三男はあれだもの。甘やかし過ぎ!王妃様はあのボンクラを、私がフォローしろと言うの!そのための婚約ですって!私は王子の仕事まで押し付けられ、さらには魔術師団の仕事までしてたんだから!もと孤児院育ちにどこまで求めてるわけ?
まあお陰で色々学べたけど。しかも婚約者だからと給料は無し。同じく寮住まいの団員は、当たり前だけど給料を貰っています。衣食住は完備されていたけど、魔術師団の寮住まいよ?食事は寮の食堂だし、お風呂は大風呂の大浴場しかない。
魔術師団には男性しかいないの! 仮にも王子の婚約者を住まわせる場所じゃないでしょ?王妃様は知らなかったのかしら?ううん。ぜったいに知っていたはず。寮の部屋にまで、王妃様からの呼び出しが来たもの。
無事に終わると良いけど……でも私にはもう関係ない。宮廷医師もたくさんいるし、宮廷魔術師だってたくさんいる。聖女だという第一王女様だっているじゃない。王妃様は私の力は、婚約者である王子だけのために使えと言った。婚約者である王子に誠心誠意仕え、命令はすべて聞け。王子を立て己は影に徹しろですって!婚約者には意思が必要ないとでも言うの?王にも王命で使わされたけどね!
だから私は知りません。私はもう王子のために、無償でこの力を使う必要はない。もちろん王命にも従う義理はない。では頑張ってくださいませ。
「王よ。その件は各国の代表に伝えておきます。では私はこの場を失礼いたします」
隣国の王太子様が私の側にそっと寄り添い、エスコートしながら退出を促してくれる。すでにもと婚約者と隣国の王女は、捕縛され貴賓牢へと拘留されていた。
退出するために向かっていた、扉が突如ババンと開いた。
「王よ! 王妃様が危篤です! 宮廷魔術師も医師もお手上げです。このままではどちらの命も……聖女様を! 至急聖女様を遣わせてくださいませ! 」
会場内の視線がいっせいに私に集まる。
私は聖女ではありませんよ?聖女様はこの国の第一王女様でしたよね?これまた高慢ちきで、私をケチョンケチョンに貶めてくれました。己の力は強すぎて加減ができない。だから重傷者しか癒せないとか言いはり、すべて私に治療させていましたけど。もちろんこれも王命です。婚約者の姉を助けるのは当たり前だそうです。
「私は聖女ではございません。お母様の重大時です。今こそ強すぎると言われた、そのお力を使用すべきでは? 聖女様、お急ぎになられた方がよろしいかと思いますが? 」
私の目の先には、真っ青になった第一王女が立ちすくんでいた。
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