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㊦
しおりを挟む私は父上にしっかりと頭を下げた。しかし父上は頭を下げるなと私を叱咤した。
「私に頭を下げる必要はない。私も同罪だ。お前を甘やかし諌めることをしなかった。薄々彼女が隣国の探し人だと気付きながら、あの才を手放すのが惜しくて隠蔽した。さすがに王太子の婚約者だったとは知らなかったが、公爵令嬢だろうことは気づいていたのだ。利用するだけではなくキチンとした待遇を与えていれば、お前もあそこまで彼女を蔑ろにはしなかっただろう。お前の罪の半分は私の責任でもある」
父上……
「それを言われるのならば、私の方が罪深いでしょう。私の傲慢さがゆえ彼女を下僕扱いしたのです。息子可愛さにすべてを彼女に押し付け、できないのだから仕方がないと、あなたにしっかりとした教育を与えなかった。あなたは第三王子。王座につくことがないのなら、甘やかしても大丈夫だろうと思ったのです」
母上……私は……
「父上と母上のせいではありません。私は己で考えねばならなかったのです。欲しいものはなんでも手に入るのが当然だと思い、手に入れるためなら邪魔を排除する。それが当たり前だと思っていました。しかし私を諌めてくれる人も確かにいたのです。その人たちを蔑ろにした私の責任なのです」
室内が静まり返る。静寂が包み込む。そんな中、突如娘が泣き出した。母上が娘を抱き上げあやし始めた。どうやらお腹が空いた様で、母上はすみに移動し授乳を始めた。母上が妻に話しかける。
「薬が完全に抜けるまで、私が乳母の代わりをつとめます。お腹が空いて泣いたら呼んでね。お邪魔だろうけど、暫くはこちらに滞在します」
母上の笑顔を初めて見た……
「今領主の館を二世帯に改装している。改装が済んだら、我々と一緒に住んでくれないか? 」
父上?改装とは?
「ご両親と暮らせるのは心強いのですが、なぜ領主の館なのですか? 」
妻が父上に質問する。たしかにそれは私も疑問だ。
「お前たちが領主夫妻になるからだ。知っているとは思うが、現領主は代官だ。前領主は不正が発覚し、爵位返上の上国外追放になっている。今の領主は王宮からの派遣官だ。現王がかなり粛清したからな。そこでお前が貴族位を賜り後釜となる」
兄上は頑張っているんだな。
「しかし私は王族を除籍された身です。貴族に返り咲くなと許されるわけがありません」
そうだ。私は王位継承権を剥奪された上、王族を除籍された身だ。本来ならば国外追放になるところを、妻が身重だからと許された。さらに住む場所に仕事まで与えて貰った。これ以上の贅沢を望むことは許されない。
「継承権は剥奪したが、除籍はされとらん。隣国の王太子夫妻が、そこまでの刑を望まなかったのだ。そして二人が反省したのなら、再度貴族位を与えてやって欲しいと頼まれた。人の痛みを理解できる人となれば、王族としての心構えを忘れるまいとな」
私は……私の謝罪なと価値は無いだろうが、いつか誇れる自分となり、二人の前で誠心誠意の謝罪をしたい。
「父上、母上。私は誠心誠意、この国と民のために尽くします。そしていつか許されるのならば、隣国の二人に謝罪をしたい。私の土下座など嫌がられるかもしれませんが、そのくらいの意気込みで残りの人生を生きます」
国民は私の仕出かした罪を知っている。馬鹿な王族だと呆れているだろう。この地の領民たちにも、来たばかりのころは呆れられ無視同然だった。あれだけの暴君だったのだから当たり前だ。しかし今は私に笑いかけ挨拶をし、こちらからの挨拶にも返事を返してくれる。少しずつでも私たちを受け入れてくれている。まずはこの地のために身を粉にして働こう。私と家族を受け入れてくれたこの地には感謝しかない。
「私も頑張ります。私はなにもできないけど……少しでもお役に立ちたい。娘に恥じぬ母親になりたい。お義姉様は許すと言ってくれました。しかし私は治癒して貰うまで信用していなかった。私をこの地へ追いやり苦しめた。私を嘲笑いに来たのかと疑心暗鬼だったのです」
たしかに妻は産み月に入っても我が儘三昧だった。不満を漏らし怒鳴り散らし、もと婚約者を罵倒し続けた。そさかえその彼女を庇った己の兄を、薄情ものだと言い泣きわめいていた。この屋敷の者たちにも当たり散らし、辞めさせるから!の言葉は常套句だった。屋敷の者たちは我々の雇い人ではない。給金は王宮の予算から出ている。私たちに辞めさせる権利はない。出ていかれたらなにもできない妻は、普通の生活すら危ういだろう。
屋敷の者たちは妊娠中は気が高ぶるからと、妻に根気よく付き合ってくれていた。こんな粗末な食事は口にしないとひっくり返したお膳を片付け、妊婦には栄養が必要だと再度料理を部屋の前に運んでくれていたのに……妻は出産までまったく変わらなかった。
「それをお兄様は解っていたのでしょう。最後まで私に声をかけては下さりませんでした。しかしそれは当たり前です。私は二人が私のもとへ現れたとき、顔も見たくないと罵倒したのです。なのにそんな私を……さらには娘にまで……私も誠心誠意謝罪をし、いつかお兄様にも認めて貰いたいのです」
約3ヶ月後、我々は改装された領主の館へと引っ越しをした。私はがむしゃらに働いた。今更ながら本を読み勉学に励んだ。以前の私はできないのだからと、学ぶ努力を怠っていた。体も動かし修行にも励んだ。こちらも王族は守られる側なのだからと、剣術も体術も真剣に学ばなかったのだ。
王族には魔力持ちが多い。目に見える魔法を使えるほどでは無いが、私にも幾ばくかの魔力が存在した。修行により魔力を効率化し、身体強化を使用できるようになり、やがては魔の森の魔物の討伐にも参加できる様になった。
父上には領主の仕事を補佐して貰っている。正直私が補佐されている様な状態だが、父上から少しでも良い所を盗める様に日々精進中だ。
妻は母上とともに、領民の子育てを支援している。屋敷の離れを解放し、仕事をする母親からは子を預かり世話をしている。また母子で訪れた母子は、子には学びを与え母には手仕事を教えた。母はさすがはもと公爵令嬢だけあり、刺繍の腕は見事だった。様々な品に見事な刺繍を施し城下町の商会へ卸す。刺繍の出来映えが、商品となる品の価値を決める。母のもとに集う女性たちは少しでも収入を上げようと、競うように刺繍の腕を上げた。
妻は私たちの娘とともに、預かる子どもたちの面倒を見ている。一緒に面倒を見ている女性に教わり、子どもたちのおやつとなる、お菓子作りなども頑張っている。初めてクッキーを焼いた日には、ぜひ食べて欲しいとプレゼントされたが……これを子どもたちに?と、疑問符が脳裏によぎった。
もちろん今は大丈夫だ。お菓子作りは上達した。
料理はまだ壊滅的だが……頼む。料理は料理人に任せてくれ。中は生焼け表面は消し炭状態。無理して食べて腹を壊したのも、今では良い思い出だ。
妻は自分はなにもできないと嘆いていた。しかし妻に意外な才能が開花した。子どもたちにねだられ書いた絵が中々に素晴らしかったのだ。また子どもたちに頼まれ様々な物語を語った。ストックが無くなると自作までして語りを続けた。そのお話に絵を付け、紙芝居にしたのだ。これは子どもたちに大喜びされ、やがて商品化されることとなった。母上が刺繍を卸す城下町の商会が扱ってくれたのだ。さらには絵本にもなり、その収益は領地の繁栄へと使われた。
私が婚約破棄を叫んだあの運命の日から早10年。私と妻はがむしゃらに突き進んできた。この地の人びとにも笑顔が溢れ、私たちが領主になり、嬉しいことばかりだと言われる様にまでなった。
私たちは変われただろうか?
「あなた! 王宮から王妃様主催のお茶会の招待状が届いたの! ぜひご家族で来てくださいって! 隣国のお兄様たちもくるそうよ! お兄様も私たちに会いたいと言っていると……」
妻が涙ぐみながら、封書を大切そうに抱え走りよってくる。そうか……本当に届いたのだな……兄上は私たちを見ていてくれたのか……
兄上は王となり、婚約者であった自国の公爵令嬢と婚姻した。兄たちにはすでに、二男一女の子が誕生している。我が家にも娘の後に息子が一人誕生した。
隣国の王太子夫妻も現在は王夫妻となっている。約五年前に前王は退位し、王太子が即位した。前王の惜しまれる早い退位は、王太子の優秀さだけではないという。横に立つ婚約者が妃教育から王妃教育までをすべて終了し、王妃たる資質と聖女としてのカリスマ性を備えたからだと言われている。賢王と偉大なる大聖女の再来である王妃が治める隣国。近隣諸国では現在その噂で持ちきりだ。二人の子はたしか一男二女だったな。
家族総出でのお茶会の誘い……
娘が誕生した際に贈られた箱に添えられていた手紙の最後には……
『いつか三家族合同でお茶会をしましょう。お二人が立派な領主となったとき、隣国にも招待状を送ってください。そう王にお願いしています。私たちの子どもたちが笑いあえる未来を心待ちにしています』
私は家族を連れて皆に会いに行く。だが……先に謝罪は必要だな。
「パパーどうしたの? なにか嬉しいの? 」
「パパ……にやけてる……」
娘と息子にもいつかは私たちの過ちを話さなければならない。
「パパはなー。以前は大馬鹿者だったんだ。間違いはキチンと謝罪しないとな! お前たちも気を付けろよ。我が儘や悪戯は駄目だぞ」
「「そんなことしないよ! 」」
私は涙ぐむ妻と可愛い子どもたちを両手で抱え抱き締めた。
二度と過ちは犯さない。この腕の中の家族を泣かせやしない。そして私は……領民たちの幸福を守り続けたい。
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