【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイドー紅黒の翼ー

アイセル

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第二章 Beggar’s Banquet

狂宴―⑪―

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 目を閉じかけた時、ロックの鼻を潮の匂いが、くすぐり始めた。

「女の為になりふり構わなくなるの……嫌いじゃないぜ?」

 後ろから聞こえたロックの視界の一面は、曇天どんてんの灰色。

 彼は、背後に首を向けると、微かに見えた八重歯の覗くブルースの笑顔。

 更にロックは足元を見ると、青白く染まった船乗り場が広がっていた。

 両脇をブルースに抱えられ、空を飛んでいることに気付く。

 彼のこけ色の外套コートの腰に目をやると、燐と輝く、緑の双半月。

 二振りのショーテル型命導巧ウェイル・ベオ、“ヘヴンズ・ドライヴ“の能力は、雷を操るだけではない。

 電気が発生すると、場が発生し、磁場も起きる。

 場を発生させることで、熱も空間を伝わる。

 やがて、空気を震わせ、音となる。

 ブルースは、命導巧ウェイル・ベオから出した音を揚力とする翼を手にしたのだ。

「テメェは社交場と戦場の区別もつかんのか? だが、助かった」

 吐き捨てながら、ロックは礼を言う。

「と、あいつらの光が何かは分かるよな?」

 ブルースの皮肉から続く指摘に、ロックは首肯した。

 人間の熱量を強制的に”命熱波アナーシュト・ベハ”へ変換した魂である。

 青白い光は波長が短く、その分、熱量を多く伝達する。

「デュラハンで出ていた奴と同じ……命の炎だ。俺の力がそこで吸収され――そうか、レッドガーターヘビか!?」

 ロックは言いかけて、気付いた。

 ガーターヘビは、北米全域に生息する蛇である。

 蛇の様な爬虫類を筆頭にした変温動物は、冷気に体力を奪われるので、冬眠する。

 だが、レッドガーターヘビは、その中でも一際変わった特性を持っていた。 

 冬眠から明けた春に、群れの中で比率の少ない雌に、大勢の雄が押し寄せる。

 生殖活動の勝者となる為に、雄は雌と同じフェロモンを出し、競争相手の体温を直接奪う――盗熱クレプトサーミ―を仕掛ける。

 “フル・フロンタル“は、人間に擬態することで熱量を奪う。

 光は熱変換された力を伝達する特性と、バンクェットからも同じものが発せられていることを考えると、

「要は、あそこで力を奪われ続けながら、アイツらの人海戦術で倒される。あそこで“フル・フロンタル”がバンクェット像の周りを固めている限り、力は俺から奪われて、相手は疲れない」

 ロックの熱力エネルギーは、人間のそれとは違う。

 ”ウィッカー・マン”を倒しても、サロメにやられ、最終的にデュラハンの使った”滅却の光”がバンクェットから放たれるだろう。

 ロックは体の良い餌でしかなかった。

「少なくとも、元ネタの蛇よろしく抱き着いて、致さないのが救いだけど」

「そういう方向に持っていけるテメェの頭に救いは……遅すぎるか」

 ブルースの人前で憚られる冗句に、ロックは溜息で返した。

 ロックは、雨で頭が冷えてきたのを感じ、

「ブルース。破廉恥はれんちでお下劣げれつな戦略を除いて、どうする?」

「釘を刺してくれてありがとう……そろそろ落ちそう」

 ロックは、ブルースに揺られて、パブリック・マーケットの屋根に放り投げられた。

「単純明快。要は、固まって熱を奪う。だろ?」

 一回転させられて膝で立つロックの前に出た、ブルース。

 緑の外套コートの腰に付けていた“ヘヴンズ・ドライヴ“を両手に持ち、両腕を突き出す。

「固まれない程、分散させれば良い。お前がバンクェットを、サキを取り返す。後は、一体ずつ撃破!!」

――単純で捻りもねぇ。

 ロックの愚痴を知る由もなく、屋根から飛ぶ翡翠ひすい色の風。

 雷の威力の強さは、単純に高さに比例する。

 ブルースが振りかぶると、双肩に二条の雷が降り立った。

 一瞬、無音が訪れ、目を奪う程の眩い閃光が、バンクェットの右肩と首の付け根を裂く。

 避雷針と化した女神像は、雷撃と急襲した熱力エネルギーの相克に揺れた。

一対の落雷の衝撃が、空間を震わせ、“フル・フロンタル“の体を膨大な熱力エネルギーが、駆け巡る。

 雷自体、反物質をも作り得る、巨大な天然の粒子加速器だ。

 人間の熱力エネルギーを使い、疑似的に物理現象を再現する“リア・ファイル“をも凌駕する程である。

 爆音と共にロックは地上に降り立った。

 すかさず、“駆け抜ける疾風ギェーム・ルー“による神経強化を行い、籠状護拳バスケットヒルトに光を灯す。

 熱が籠った刹那、右脚で路地を踏みつけた。

 土瀝青アスファルトから得た、反作用を更に爆発させ、ロックに斥力の翼を与える。

 推進力も重なり、バンクェットへ右拳に包まれた籠状護拳バスケットヒルトを軌道に乗せて、突撃。

 ロックの頭部から剣先を突き出した、“雄牛の構え”。

 女神の胸部に、ロックの翼剣が突き立つ。

 刺突の衝撃から波紋が広がり、力の振動が女神像の全体を歪めた。

 頂き砕く一振りクルーン・セーイディフ

 プラスチックの分子を制御し、鋼鉄並みの強度を与えるのと同様のことを、“リア・ファイル“で作られた翼剣にも行った。

 人間は、理論上、掌底に力を篭めれば300キログラムの荷重に耐え、混凝土コンクリートブロックも破壊できる。

 強度を増した剣の静止荷重から、破壊に必要な熱力エネルギーを逆算。

 “ブラック・クイーン”の一振りに、算定された熱力エネルギー量を込めたものを、衝撃波に変えて放つ疑似物理現象である。

 頂き砕く一振りクルーン・セーイディフの刺突で刻まれたひびに、グラファイトを注入。

 ロックは、“ブラック・クイーン“へ更に熱力エネルギーを集中させた。

 刀身から解き放たれた電気熱力エネルギーの衝撃が、バンクェットの裸身を大きく揺らす。

 引き剥がされたバンクェットの欠片が、フェリー乗場に広がった。

 先程のブルースの雷で、散らされた“フル・フロンタル”に、ロックが与えたバンクェットの衝撃の奔流に足を取られる。

 足を奪われた銀灰人形たちを、こけ色の残像は逃さなかった。

 ブルースの両手で紡がれる、双子の三日月。

 “フル・フロンタル“の首を手始めに、肩と鎖骨、胴体を焼くと、銀灰人形の手足だけを残した。

 昇るロックの目の前で、浮かぶ女神像の破片群。

 青白い光でも一際大きな恒星が、破片群の中心で輝いていた。

 恒星の眩い光に慣れ、サキの顔が垣間見え始める。

 しかし、ロックの右拳は、彼女を包む光に届かない。

「陳腐で面白くもない攻撃ですね。少し趣向を変えた方が宜しいかと?」

「趣向を変える? それは、周りを見てから言った方が良いぜ?」

 サロメの両腕の雄羊が、ロックの拳を受け止める。

 しかし、彼女の余裕に満ちた顔が、先ほどの彼の言葉の意味を捉え兼ねていた。

 戸惑う彼女の前で、ロックは左に体を旋回。

 回転力による、右後ろ回し蹴りをサロメの括れに突き刺した。

 反動で、体が少し離れると、

に、がいないってのは、酷くない?」

 緑の風が、紅い外套コートの戦士に吹き飛ばされたサロメの背後を捉える。

 ブルースの光輝く緑閃の双蛇が、よろめくサロメの肢体に食らいついた。

 雷の蛇の踊り食いは、サロメの体を蹂躙していった。

 しかし、

「少なくとも、あなたのは……興味を引きませんね」

 ロックと目の前で崩れるサロメを挟む様にして飛ぶ、ブルースの背後。

 緑の外套コートで作る翼に、雄羊の角を生やした銀色の影が這い寄る。

「祭りに、““と““の食わず嫌いがあるのって、頂けないな」

 ロックが地上に降りた時、ブルースは、自由落下運動に身を委ねていなかった。

 ブルースの背後から迫りくる、右圏の斬撃に予備動作もなく、上体を前に倒す。

 彼の体が一回転した後、サロメの有角羊のしゃれこうべが、白い腕ごと落ちた。

 上半身の右側から時計回りに捻ったブルースの、“ヘヴンズ・ドライヴ“の斬撃がサロメの右肩と首にかけて食らいついたのだ。

 勢いに乗って、ブルースは右脹脛ふくらはぎを彼女の延髄に掛ける。

 彼の体重と重力加速度を背負ったサロメが、ロックの目の前で潰れる。

「ついでにとかって……は、分けないけどね」

 ブルースは緑の外套コートの裾を叩きながら言うと、

「それに、俺の背後に立った淑女は、直ぐベッドの上」

「戦略に下ネタは要らんが、という意味じゃねぇがな」

 ロックは頭を抱えながら、周りを見渡した。
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