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第四章 A Night For The Knives
刃夜―⑪―
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「一層のこと、五輪キャンプと同じ、対”ウィッカー・マン”専用キャンプでも作らせましょうか……大いなる力の前には、備えが必要ですから。ベターデイズにも働いてもらわないといけませんね」
まるで、カラスマは子供の飯事を楽しむ様な口調で続ける。
「それに、東ヘイスティング通りから逃れたホームレス達――加えて、カワカミさんの命も使わせて頂こうかしら。人権保護の観点からもスムーズになるわね。紅い外套の守護者という存在――も有効に使わないと」
“ウィッカー・マン”襲来以来、路上生活者は壁の向こうで命を絶たれるか、壁の近くで雨風を凌いでいた。
支援者がいる場合は、路上生活者用に開放された宿泊所にも行ける。
そうでないものは、過酷なその日暮らしに身を費やすしかない。
ウィッカー・マン襲来前、前市長は生活弱者向けの住宅建築を計画、建設を行おうとした。
だが、反対運動がエレン=ウェザーマンによって、引き起こされた。
カラスマも、その中にいた。
住宅問題で逼迫しているのは、犯罪当事者、配偶者暴力にあえぐ路上生活者である。
だが、カラスマ達住宅反対派は「自分の子供の通う学校に近いから」と言い、子供も含まれる生活弱者を貧困の名の下に排除することを宣ったのだ。
「自己責任だから」と、不条理に喘ぐ単身親世帯を攻撃し、路上に這いつくばらせる。
サロメは、理想を掲げて、他者への共感を持ち得ないカラスマは目を引いた。
カナダの活動の報酬として、サロメは、カラスマにグランヴィル通りのイェール・タウンの高級コンドミニアムの一室も提供した。
訓練されたベビーシッターもサロメが用意したが、カラスマによって拒否された。
カラスマが、日本の労働休暇の女性を選んだからだ。
カナダ全土で保育士不足であり、バンクーバーでは待機児童問題がある。
また、日本の保育士資格を現地に書き換えることも出来るが、どうしても一年以上掛かる。
ベビーシッターの場合、現地の保育士資格が無くても保育士と同等の仕事が可能で、そちらの需要も多い。
特に移民二世、三世の子供には、非英語圏の外国人ベビーシッターが強く求められている。
しかも、彼女の子供を世話するベビーシッターへの報酬は、市場価値よりも安く済ませている。
労働休暇用査証で、渡加した日本人女性に、法的な知識や保護者も皆無。
つまり、机の下の取り決めによる支配である。
カラスマの母親譲りの楽観論。
サロメは、その本質に気付いた。
彼女たちの視界に、他者はいない。
自分たち中心だから、彼女の中にまともな日本人はいないし、そういった人間もいない。
出自を問わず、自分の楽観論に合わない人を“多様性”を方便に排除し、価値観の一致する者は、飴と鞭で従わせる。
当然、アンドレ=リー以前のバンクーバー市長は、公共住宅反対運動を「受け入れられない」と敵対。
裁判所も市長を支持する形で、反対活動を不当とした。
だが、選挙で選ばれた現市長は、土地の価値を重視し、投資移民受け入れに緩和の姿勢を見せる。
“ウィッカー・マン”に立ち向かう為の、技術が必要になった。
外資や人材も。
非常事態の下の政策過程で、ベターデイズ、カラスマの運営するオラクル語学学校、市政府との繋がりが作られたことは、想像に難しくないだろう。
宙ぶらりん内閣のスプリングショーも、雇用と産業を守る方便で、黙認するしかない。
”ウィッカー・マン”との戦いが市内に持ち込まれれば、不運な死者が路上生活者からも出るだろう。
その何人かを助ける為に、“ワールド・シェパード社”も出動する。
多くを助けられなくても、何人かが死んでくれれば、保護の為として予算が計上されるだろう。
カラスマの“多様性”が、バンクーバーを一つにする。
その為、彼女の眼に叶わないものは、“市民”の名の下に排除されていく。
――同類相哀れむではなく、同類までも殺すとは……。
何処までも、自分の身で歩いて行けると考えるが故に、本当の孤独を知らない。
そういう者は、共通して何処かにいるとされる「本当の自分」を探す。
カラスマと彼女の母親の楽観論――それによる多様性は精々、色映えが良く、美味しそうな日本の幕の内弁当程度でしかない。
その弁当の枠を作る側に自分を見出し、弁当の中身に自分がいない。
ただ、用意した枠に収まるのは、自分たちの目を楽しませる獲物でしかない。
それ故、カラスマの眼に映る“多様性”は、自分の審美眼に叶うものしか存在し得ない。
「自分は何処までも、今いるところにしかいない。ですよね……?」
サロメが小さく言って、コンドミニアムの頂点から見下ろす“ウィッカー・マン:クァトロ”の一体に話しかける。
“四つん這い”は、ただ雨に打たれるまま動かない。
カラスマは、話していて気分が良くなったのか、足を軽やかに部屋の奥に運ぶ。
その様子を見送ると、サロメは目を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは、木片と銀鏡色の爆風。
ロック=アンドリュー=ハイロウズは、喫茶店内に突っ込んできた“クァトロ”を数体屠る。
紅い外套は、肥沃なる河の栄華の都を屠った紅嵐を思わせる荒々しさで、翼の剣を振るった。
サミュエル=パトリック=ハイロウズは、距離を置きながら、覆いを外した散弾銃で“四つん這い“を、左胸ごと撃ち抜く。
彼に連れられた桃色のトレーナーの少女は、サミュエルに近づく”ウィッカー・マン”に触れ、“クァトロ“同士を戦わせていた。
協力者の人間たちが見えないが、ロック達が早い内に逃がしたのだろう。
前に並んでいた”ウィッカー・マン”を紅い外套の少年が、仁王立ちの灰褐色の偉丈夫ごと斬りかかる。
アンティパスと呼んでいた男は、肩幅で構えていた足腰を崩さず、ロックの翼の様な剣から放たれた右袈裟斬りを、大砲の様な剣で受け止めた。
紅色と砂漠色の衝突が、硝子の食品展示棚とエスプレッソマシンを、破壊と衝撃の渦に飲み込む。
遠心力に浮いた店内の机や椅子が、サロメの瞼の裏に広がる視界を覆った。
一房に揺れる金の長髪を結んだ男が、輝く何かを振り下ろされる場面に立ち会い、サロメは思案。
――本当の自分は、探すものではない。彼らは、世界の全てと戦うために、自分を作り上げていった。
遠い喫茶店で、様々な情念が込められた二対の青い眼光に貫かれた象牙眼の魔女は、愛おしさと狂おしさを全身で味わう。
――本当の私を求めて、彼らは“私たち“を屠っていく。
銀鏡色の生命の群れが、少年たちの前に倒れていく度に、サロメの中で昂ぶりが増していった。
――そして、サキもリリスも……“燔祭”を通して、本当にあるべき姿を作り上げていく。
サロメは、瞼に映る破壊の残響から、夜空に集う雲に目を向ける。
バンクーバーでの、血と魂の蠢きを雲が受肉し、律動しているように見えた。
「無数の熱と魂が……集まっていく。たった一人の完全なものを作り上げ――」
その先を、サロメは言わなかった。
硝子越しのカラスマと目が合ったからだ。
彼女の左手にワイングラス、右手にはワインボトル。
そういえば、カラスマから、酒は余り嗜まないというのをサロメは思い出した。
育児故に、酒は良いものと思われない。
しかし、口では興味のない素振りを見せながら、内心高まる何かを抑えつけられないように映る。
「私はこれから、仕事に出ます。貴女と祝杯をあげたいところだけど……これは、前祝として受け取ってくれると嬉しいのですが?」
言葉を出さず、サロメはグラスを受け取った。
考えていることは違うが、カラスマも同じく胸の高まりを感じている。
その愉快さを、今夜の酒の肴にしようと、サロメは決めた。
カラスマから注がれるワインの音が、サロメの耳に心臓の鼓動の様に伝わる。
血の様に紅いワインの残響に浸るサロメの背後で、激しさを増す雨音。
カラスマの後ろで、受視機の映像と音声が流れる。
雨が長く続く余り、水害の発生の危険性の高い自治体で避難が行われているという一報。
専門家も、雨雲の勢いが落ちないことに、受視機の中で困惑の色を顔に浮かべている。
サロメは紅いワインを口に含むと、硝子の盃が彼女の笑みを映す。
受視機の中の者達の無知を肴にしたサロメは、夜に広がる雨天に目を向けた。
二人の女を見下ろす雲。
その一つ一つが混ざり、青白い、月白色の光が帯び始めた。
まるで、カラスマは子供の飯事を楽しむ様な口調で続ける。
「それに、東ヘイスティング通りから逃れたホームレス達――加えて、カワカミさんの命も使わせて頂こうかしら。人権保護の観点からもスムーズになるわね。紅い外套の守護者という存在――も有効に使わないと」
“ウィッカー・マン”襲来以来、路上生活者は壁の向こうで命を絶たれるか、壁の近くで雨風を凌いでいた。
支援者がいる場合は、路上生活者用に開放された宿泊所にも行ける。
そうでないものは、過酷なその日暮らしに身を費やすしかない。
ウィッカー・マン襲来前、前市長は生活弱者向けの住宅建築を計画、建設を行おうとした。
だが、反対運動がエレン=ウェザーマンによって、引き起こされた。
カラスマも、その中にいた。
住宅問題で逼迫しているのは、犯罪当事者、配偶者暴力にあえぐ路上生活者である。
だが、カラスマ達住宅反対派は「自分の子供の通う学校に近いから」と言い、子供も含まれる生活弱者を貧困の名の下に排除することを宣ったのだ。
「自己責任だから」と、不条理に喘ぐ単身親世帯を攻撃し、路上に這いつくばらせる。
サロメは、理想を掲げて、他者への共感を持ち得ないカラスマは目を引いた。
カナダの活動の報酬として、サロメは、カラスマにグランヴィル通りのイェール・タウンの高級コンドミニアムの一室も提供した。
訓練されたベビーシッターもサロメが用意したが、カラスマによって拒否された。
カラスマが、日本の労働休暇の女性を選んだからだ。
カナダ全土で保育士不足であり、バンクーバーでは待機児童問題がある。
また、日本の保育士資格を現地に書き換えることも出来るが、どうしても一年以上掛かる。
ベビーシッターの場合、現地の保育士資格が無くても保育士と同等の仕事が可能で、そちらの需要も多い。
特に移民二世、三世の子供には、非英語圏の外国人ベビーシッターが強く求められている。
しかも、彼女の子供を世話するベビーシッターへの報酬は、市場価値よりも安く済ませている。
労働休暇用査証で、渡加した日本人女性に、法的な知識や保護者も皆無。
つまり、机の下の取り決めによる支配である。
カラスマの母親譲りの楽観論。
サロメは、その本質に気付いた。
彼女たちの視界に、他者はいない。
自分たち中心だから、彼女の中にまともな日本人はいないし、そういった人間もいない。
出自を問わず、自分の楽観論に合わない人を“多様性”を方便に排除し、価値観の一致する者は、飴と鞭で従わせる。
当然、アンドレ=リー以前のバンクーバー市長は、公共住宅反対運動を「受け入れられない」と敵対。
裁判所も市長を支持する形で、反対活動を不当とした。
だが、選挙で選ばれた現市長は、土地の価値を重視し、投資移民受け入れに緩和の姿勢を見せる。
“ウィッカー・マン”に立ち向かう為の、技術が必要になった。
外資や人材も。
非常事態の下の政策過程で、ベターデイズ、カラスマの運営するオラクル語学学校、市政府との繋がりが作られたことは、想像に難しくないだろう。
宙ぶらりん内閣のスプリングショーも、雇用と産業を守る方便で、黙認するしかない。
”ウィッカー・マン”との戦いが市内に持ち込まれれば、不運な死者が路上生活者からも出るだろう。
その何人かを助ける為に、“ワールド・シェパード社”も出動する。
多くを助けられなくても、何人かが死んでくれれば、保護の為として予算が計上されるだろう。
カラスマの“多様性”が、バンクーバーを一つにする。
その為、彼女の眼に叶わないものは、“市民”の名の下に排除されていく。
――同類相哀れむではなく、同類までも殺すとは……。
何処までも、自分の身で歩いて行けると考えるが故に、本当の孤独を知らない。
そういう者は、共通して何処かにいるとされる「本当の自分」を探す。
カラスマと彼女の母親の楽観論――それによる多様性は精々、色映えが良く、美味しそうな日本の幕の内弁当程度でしかない。
その弁当の枠を作る側に自分を見出し、弁当の中身に自分がいない。
ただ、用意した枠に収まるのは、自分たちの目を楽しませる獲物でしかない。
それ故、カラスマの眼に映る“多様性”は、自分の審美眼に叶うものしか存在し得ない。
「自分は何処までも、今いるところにしかいない。ですよね……?」
サロメが小さく言って、コンドミニアムの頂点から見下ろす“ウィッカー・マン:クァトロ”の一体に話しかける。
“四つん這い”は、ただ雨に打たれるまま動かない。
カラスマは、話していて気分が良くなったのか、足を軽やかに部屋の奥に運ぶ。
その様子を見送ると、サロメは目を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは、木片と銀鏡色の爆風。
ロック=アンドリュー=ハイロウズは、喫茶店内に突っ込んできた“クァトロ”を数体屠る。
紅い外套は、肥沃なる河の栄華の都を屠った紅嵐を思わせる荒々しさで、翼の剣を振るった。
サミュエル=パトリック=ハイロウズは、距離を置きながら、覆いを外した散弾銃で“四つん這い“を、左胸ごと撃ち抜く。
彼に連れられた桃色のトレーナーの少女は、サミュエルに近づく”ウィッカー・マン”に触れ、“クァトロ“同士を戦わせていた。
協力者の人間たちが見えないが、ロック達が早い内に逃がしたのだろう。
前に並んでいた”ウィッカー・マン”を紅い外套の少年が、仁王立ちの灰褐色の偉丈夫ごと斬りかかる。
アンティパスと呼んでいた男は、肩幅で構えていた足腰を崩さず、ロックの翼の様な剣から放たれた右袈裟斬りを、大砲の様な剣で受け止めた。
紅色と砂漠色の衝突が、硝子の食品展示棚とエスプレッソマシンを、破壊と衝撃の渦に飲み込む。
遠心力に浮いた店内の机や椅子が、サロメの瞼の裏に広がる視界を覆った。
一房に揺れる金の長髪を結んだ男が、輝く何かを振り下ろされる場面に立ち会い、サロメは思案。
――本当の自分は、探すものではない。彼らは、世界の全てと戦うために、自分を作り上げていった。
遠い喫茶店で、様々な情念が込められた二対の青い眼光に貫かれた象牙眼の魔女は、愛おしさと狂おしさを全身で味わう。
――本当の私を求めて、彼らは“私たち“を屠っていく。
銀鏡色の生命の群れが、少年たちの前に倒れていく度に、サロメの中で昂ぶりが増していった。
――そして、サキもリリスも……“燔祭”を通して、本当にあるべき姿を作り上げていく。
サロメは、瞼に映る破壊の残響から、夜空に集う雲に目を向ける。
バンクーバーでの、血と魂の蠢きを雲が受肉し、律動しているように見えた。
「無数の熱と魂が……集まっていく。たった一人の完全なものを作り上げ――」
その先を、サロメは言わなかった。
硝子越しのカラスマと目が合ったからだ。
彼女の左手にワイングラス、右手にはワインボトル。
そういえば、カラスマから、酒は余り嗜まないというのをサロメは思い出した。
育児故に、酒は良いものと思われない。
しかし、口では興味のない素振りを見せながら、内心高まる何かを抑えつけられないように映る。
「私はこれから、仕事に出ます。貴女と祝杯をあげたいところだけど……これは、前祝として受け取ってくれると嬉しいのですが?」
言葉を出さず、サロメはグラスを受け取った。
考えていることは違うが、カラスマも同じく胸の高まりを感じている。
その愉快さを、今夜の酒の肴にしようと、サロメは決めた。
カラスマから注がれるワインの音が、サロメの耳に心臓の鼓動の様に伝わる。
血の様に紅いワインの残響に浸るサロメの背後で、激しさを増す雨音。
カラスマの後ろで、受視機の映像と音声が流れる。
雨が長く続く余り、水害の発生の危険性の高い自治体で避難が行われているという一報。
専門家も、雨雲の勢いが落ちないことに、受視機の中で困惑の色を顔に浮かべている。
サロメは紅いワインを口に含むと、硝子の盃が彼女の笑みを映す。
受視機の中の者達の無知を肴にしたサロメは、夜に広がる雨天に目を向けた。
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その一つ一つが混ざり、青白い、月白色の光が帯び始めた。
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