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第一章 Grassroots
草の根―⑤―
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午前9時12分
サキが和泉守 杏菜に案内された場所は、カーテンに覆われた視聴覚室だった。
天井に備え付けられた投影機のレンズが、投影幕を照らす。
ブルースが教卓に立ち、演算器を操作していた。
和泉守 杏菜は、サキから見て教卓の左側に立ちながら、彼の作業を見届けている。
サキはそんな二人の行動の推移を見守っていた。
ロックの右隣りの席に座りながら。
サキとしては、いきなりカナダで知り合った知人との唐突な再会だけでも手一杯で、さっきから思考が定まらない。
しかも、ブルースの演算器を弄る音に支配された視聴覚室。
さっきからサキの主観はおろか、主体性も突然の出来事に奪われた状態だった。
特にロックについては言葉が見つからない。
正確に言うと、言うべき言葉が浮いては消えるのを繰り返す始末だった。
『元気だった?』
一言発そうと思ったが、ロックの凛々しい横顔が却ってそれを妨げる。
『メッセージ読んでくれた?』
これはこれで、詰問に聞こえる。
ロックの凛々しい顔の眉間にしわが寄る未来を、サキは容易に想像できた。
「元気だったか?」
サキの脳内会議の内容がまとまらない中のロックの一言に、彼女は素っ頓狂な声を上げてしまう。
サキの目の前で、ロックは眉間にしわを寄せた。
「おーし、始めるぞー」
カーテンに覆われた教室の照明が消える。
サキの目の前の映写幕に演算器のデスクトップ画像が投影。
そこから大きく展開された四角形のウィンドウが、さらに三分割される。
分割された映像の中に映る、三人。
その内の一人を眼にした時、サキに訪れていた混乱の嵐が突如として止んだ。
「ナオトさん!?」
通信速度故か、サキを見つけて手を振る画面の向こうのナオトが遅れて流れる。
橋本 直人。
サキにとっての知己であり、人生の先輩でもある。
「ご存じの通り、ワールド・シェパード社の専務のナオト」
「兼バンクーバー支社長。ブルース、一応、訂正ね」
壇上に立つブルースへ、ナオトの疲れたような一言で釘をさす。
「ナオトさん、お疲れ様です。やはり、大変ですか?」
「まあね。色々大変だけど、弱音は吐いてられないし……」
ナオトのため息混じりの言葉は、サキの良く知ることであった。
カナダ時間で考えると、昨日の午後5時ごろだろうか。
一般の社員は帰る頃だろうが、ナオトにとっては色々な仕事が溜まりに溜まっているのだろう。
“バンクーバー・コネクション”。
カナダ東海岸の街を騒がせた事件。
自分も当事者であったため、ナオトの苦労は痛いほどわかっていた。
「ブルース。君に日本式の礼儀がなく、かつ、会議をすぐ始めるなら僕は構わないけど、ただ、他の二人は無視しない方が良いんじゃない?」
サキはナオトの言葉に、残りの窓に映る二人に注目した。
一人は白人の老紳士。
顔の彫が深く、目の下の隈が目立ち、碩学を思わせる。
もう一人も、老人なのは変わらないが、
「河上さん、ご無沙汰しております」
柔和な笑みを浮かべたエラの張ったような四角い顔の老紳士は、
「伊藤官房長官!?」
サキは、思わず声を上げた。
少し前に、“バンクーバー・コネクション”の解決に導いた一人として、内閣総理大臣に表彰された時に会ったのだ。
伊藤 定雄。
現内閣総理大臣である渡瀬 大二郎の長期政権を支える、懐刀――内閣官房の長――である。
サキは、知己と日本の重鎮が――画面上であるが――その場にいることに理解が追い付かない。
「サキ、俺たちは三つのことをナオト達から依頼されている」
ロックの言葉に、サキは首をかしげていると、
「まず、“ワイルド・ハント事件”で失われた”命導巧”の回収」
ブルースが一呼吸おいて続ける。
「スコットランドのダンディーを中心にして起きた事件――ロックやサキも“ワイルド・ハント事件”として知っていると思うが、その際に”命導巧”が消失した。その内、二つが、こちらにあることを確認した」
「一つは、”ワールド・シェパード”社が所有していることがわかったのだけど……」
ナオトが言い切るが、複雑な色が顔に浮かぶ。
「もう一つは、ご存じの通り、一昨日前の晩に接触した、リュウノスケ=ハラダの件だ」
ロックの言葉で、サキの脳裏に浮かんだ龍之助。
陰に隠れた彼の顔に。サキは心を痛めた。
「サキには、彼の説得と“命導巧”の引き渡しを頼んでほしい」
「ブルース、待って。それだけだったら、ナオトさんや伊藤官房長官とかが手を煩わせることではないんじゃない?」
そう、あまりにも大げさすぎた。
龍之助に何があったのかは、サキの知るところではない。
“命導巧”がブルースの所属する場所から無くなったのなら、それはロックと共に来る理由も頷ける。
しかし、そこにナオトや伊藤官房長官が絡む理由というのが、ブルースの話の文脈からどうにも結びつかなかった。
「なるほど、ご聡明なお嬢さんだ」
口を開けたのは、欧米系の碩学の老人。
煙草を咥え、紫煙を口に含んで吐くと、
「えっと……」
「“賢人会議”。その内の一人、“ヘラルド”」
戸惑うサキへロックが口を開いた。
「裏でこそこそする奴らだ」
ロックの人聞きの悪そうな一言に、サキは心の中が冷え込むように思った。
しかし、周りを見ると、あまり驚いていない。
ブルースはサキと視線が合うと、ため息で応える。
つまり言っても無駄である、と。
「正確には、ブライトン・ロック社の支援をしてくれる株主の集まり」
“ブライトン・ロック”社。
イギリスの大手電気通信会社で、セキュリティ、商業コミュニケーションにIT情報記録管理施設など、多彩なサービスの提供で有名な国際企業で、近年IoTでも注目を集めている。
しかしながら、それは表の顔だ。
“命導巧”、“命熱波”に“ウィッカー・マン”への造詣が深い一面も持ち、カナダの事件の解決においても重要な役割を果たすほどの組織である。
その一員でもある、ブルースが口を開く。
「実を言うと、リュウノスケのことだったら、サキの言うとおりの展開だった。しかし、一番大きいのは、この上万作の街で“UNTOLD”関係の抗争が始まりつつある。だから、イトウ官房長官にもこうして集まっているんだ」
サキが和泉守 杏菜に案内された場所は、カーテンに覆われた視聴覚室だった。
天井に備え付けられた投影機のレンズが、投影幕を照らす。
ブルースが教卓に立ち、演算器を操作していた。
和泉守 杏菜は、サキから見て教卓の左側に立ちながら、彼の作業を見届けている。
サキはそんな二人の行動の推移を見守っていた。
ロックの右隣りの席に座りながら。
サキとしては、いきなりカナダで知り合った知人との唐突な再会だけでも手一杯で、さっきから思考が定まらない。
しかも、ブルースの演算器を弄る音に支配された視聴覚室。
さっきからサキの主観はおろか、主体性も突然の出来事に奪われた状態だった。
特にロックについては言葉が見つからない。
正確に言うと、言うべき言葉が浮いては消えるのを繰り返す始末だった。
『元気だった?』
一言発そうと思ったが、ロックの凛々しい横顔が却ってそれを妨げる。
『メッセージ読んでくれた?』
これはこれで、詰問に聞こえる。
ロックの凛々しい顔の眉間にしわが寄る未来を、サキは容易に想像できた。
「元気だったか?」
サキの脳内会議の内容がまとまらない中のロックの一言に、彼女は素っ頓狂な声を上げてしまう。
サキの目の前で、ロックは眉間にしわを寄せた。
「おーし、始めるぞー」
カーテンに覆われた教室の照明が消える。
サキの目の前の映写幕に演算器のデスクトップ画像が投影。
そこから大きく展開された四角形のウィンドウが、さらに三分割される。
分割された映像の中に映る、三人。
その内の一人を眼にした時、サキに訪れていた混乱の嵐が突如として止んだ。
「ナオトさん!?」
通信速度故か、サキを見つけて手を振る画面の向こうのナオトが遅れて流れる。
橋本 直人。
サキにとっての知己であり、人生の先輩でもある。
「ご存じの通り、ワールド・シェパード社の専務のナオト」
「兼バンクーバー支社長。ブルース、一応、訂正ね」
壇上に立つブルースへ、ナオトの疲れたような一言で釘をさす。
「ナオトさん、お疲れ様です。やはり、大変ですか?」
「まあね。色々大変だけど、弱音は吐いてられないし……」
ナオトのため息混じりの言葉は、サキの良く知ることであった。
カナダ時間で考えると、昨日の午後5時ごろだろうか。
一般の社員は帰る頃だろうが、ナオトにとっては色々な仕事が溜まりに溜まっているのだろう。
“バンクーバー・コネクション”。
カナダ東海岸の街を騒がせた事件。
自分も当事者であったため、ナオトの苦労は痛いほどわかっていた。
「ブルース。君に日本式の礼儀がなく、かつ、会議をすぐ始めるなら僕は構わないけど、ただ、他の二人は無視しない方が良いんじゃない?」
サキはナオトの言葉に、残りの窓に映る二人に注目した。
一人は白人の老紳士。
顔の彫が深く、目の下の隈が目立ち、碩学を思わせる。
もう一人も、老人なのは変わらないが、
「河上さん、ご無沙汰しております」
柔和な笑みを浮かべたエラの張ったような四角い顔の老紳士は、
「伊藤官房長官!?」
サキは、思わず声を上げた。
少し前に、“バンクーバー・コネクション”の解決に導いた一人として、内閣総理大臣に表彰された時に会ったのだ。
伊藤 定雄。
現内閣総理大臣である渡瀬 大二郎の長期政権を支える、懐刀――内閣官房の長――である。
サキは、知己と日本の重鎮が――画面上であるが――その場にいることに理解が追い付かない。
「サキ、俺たちは三つのことをナオト達から依頼されている」
ロックの言葉に、サキは首をかしげていると、
「まず、“ワイルド・ハント事件”で失われた”命導巧”の回収」
ブルースが一呼吸おいて続ける。
「スコットランドのダンディーを中心にして起きた事件――ロックやサキも“ワイルド・ハント事件”として知っていると思うが、その際に”命導巧”が消失した。その内、二つが、こちらにあることを確認した」
「一つは、”ワールド・シェパード”社が所有していることがわかったのだけど……」
ナオトが言い切るが、複雑な色が顔に浮かぶ。
「もう一つは、ご存じの通り、一昨日前の晩に接触した、リュウノスケ=ハラダの件だ」
ロックの言葉で、サキの脳裏に浮かんだ龍之助。
陰に隠れた彼の顔に。サキは心を痛めた。
「サキには、彼の説得と“命導巧”の引き渡しを頼んでほしい」
「ブルース、待って。それだけだったら、ナオトさんや伊藤官房長官とかが手を煩わせることではないんじゃない?」
そう、あまりにも大げさすぎた。
龍之助に何があったのかは、サキの知るところではない。
“命導巧”がブルースの所属する場所から無くなったのなら、それはロックと共に来る理由も頷ける。
しかし、そこにナオトや伊藤官房長官が絡む理由というのが、ブルースの話の文脈からどうにも結びつかなかった。
「なるほど、ご聡明なお嬢さんだ」
口を開けたのは、欧米系の碩学の老人。
煙草を咥え、紫煙を口に含んで吐くと、
「えっと……」
「“賢人会議”。その内の一人、“ヘラルド”」
戸惑うサキへロックが口を開いた。
「裏でこそこそする奴らだ」
ロックの人聞きの悪そうな一言に、サキは心の中が冷え込むように思った。
しかし、周りを見ると、あまり驚いていない。
ブルースはサキと視線が合うと、ため息で応える。
つまり言っても無駄である、と。
「正確には、ブライトン・ロック社の支援をしてくれる株主の集まり」
“ブライトン・ロック”社。
イギリスの大手電気通信会社で、セキュリティ、商業コミュニケーションにIT情報記録管理施設など、多彩なサービスの提供で有名な国際企業で、近年IoTでも注目を集めている。
しかしながら、それは表の顔だ。
“命導巧”、“命熱波”に“ウィッカー・マン”への造詣が深い一面も持ち、カナダの事件の解決においても重要な役割を果たすほどの組織である。
その一員でもある、ブルースが口を開く。
「実を言うと、リュウノスケのことだったら、サキの言うとおりの展開だった。しかし、一番大きいのは、この上万作の街で“UNTOLD”関係の抗争が始まりつつある。だから、イトウ官房長官にもこうして集まっているんだ」
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