【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイドー紅黒の翼ー

アイセル

文字の大きさ
91 / 257
第一章 Grassroots

草の根―⑤―

しおりを挟む
午前9時12分

 サキが和泉守 杏菜に案内された場所は、カーテンに覆われた視聴覚室だった。

 天井に備え付けられた投影機プロジェクターのレンズが、投影幕スクリーンを照らす。

 ブルースが教卓に立ち、演算器コンピューターを操作していた。

 和泉守 杏菜は、サキから見て教卓の左側に立ちながら、彼の作業を見届けている。

 サキはそんな二人の行動の推移を見守っていた。

 ロックの右隣りの席に座りながら。

 サキとしては、いきなりカナダで知り合った知人との唐突な再会だけでも手一杯で、さっきから思考が定まらない。

 しかも、ブルースの演算器コンピューターを弄る音に支配された視聴覚室。

 さっきからサキの主観はおろか、主体性も突然の出来事に奪われた状態だった。

 特にロックについては言葉が見つからない。

 正確に言うと、言うべき言葉が浮いては消えるのを繰り返す始末だった。

『元気だった?』

 一言発そうと思ったが、ロックの凛々しい横顔が却ってそれを妨げる。

『メッセージ読んでくれた?』

 これはこれで、詰問に聞こえる。

 ロックの凛々しい顔の眉間にしわが寄る未来を、サキは容易に想像できた。

「元気だったか?」

 サキの脳内会議の内容がまとまらない中のロックの一言に、彼女は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 サキの目の前で、ロックは眉間にしわを寄せた。

「おーし、始めるぞー」

 カーテンに覆われた教室の照明が消える。

 サキの目の前の映写幕スクリーン演算器コンピューターのデスクトップ画像が投影。

 そこから大きく展開された四角形のウィンドウが、さらに三分割される。

 分割された映像の中に映る、三人。

 その内の一人を眼にした時、サキに訪れていた混乱の嵐が突如として止んだ。

「ナオトさん!?」

 通信速度故か、サキを見つけて手を振る画面の向こうのナオトが遅れて流れる。

 橋本はしもと 直人なおと

 サキにとっての知己であり、人生の先輩でもある。

「ご存じの通り、ワールド・シェパード社の専務のナオト」

。ブルース、一応、訂正ね」

 壇上に立つブルースへ、ナオトの疲れたような一言で釘をさす。

「ナオトさん、お疲れ様です。やはり、大変ですか?」

「まあね。色々大変だけど、弱音は吐いてられないし……」

 ナオトのため息混じりの言葉は、サキの良く知ることであった。

 カナダ時間で考えると、昨日の午後5時ごろだろうか。

 一般の社員は帰る頃だろうが、ナオトにとっては色々な仕事が溜まりに溜まっているのだろう。

 “バンクーバー・コネクション”。

 カナダ東海岸の街を騒がせた事件。

 自分も当事者であったため、ナオトの苦労は痛いほどわかっていた。

「ブルース。君に日本式の礼儀がなく、かつ、会議をすぐ始めるなら僕は構わないけど、ただ、は無視しない方が良いんじゃない?」

 サキはナオトの言葉に、残りの窓に映る二人に注目した。

 一人は白人の老紳士。

 顔の彫が深く、目の下の隈が目立ち、碩学を思わせる。

 もう一人も、老人なのは変わらないが、

「河上さん、ご無沙汰しております」

 柔和な笑みを浮かべたエラの張ったような四角い顔の老紳士は、

「伊藤官房長官!?」

 サキは、思わず声を上げた。

 少し前に、“バンクーバー・コネクション”の解決に導いた一人として、内閣総理大臣に表彰された時に会ったのだ。

 伊藤いとう 定雄さだお

 現内閣総理大臣である渡瀬わたせ 大二郎わたせ だいじろうの長期政権を支える、懐刀――内閣官房の長――である。

 サキは、知己と日本の重鎮が――画面上であるが――その場にいることに理解が追い付かない。

「サキ、俺たちは三つのことをナオト達から依頼されている」

 ロックの言葉に、サキは首をかしげていると、

「まず、“ワイルド・ハント事件”で失われた”命導巧ウェイル・ベオ”の回収」

 ブルースが一呼吸おいて続ける。

「スコットランドのダンディーを中心にして起きた事件――ロックやサキも“ワイルド・ハント事件”として知っていると思うが、その際に”命導巧ウェイル・ベオ”が消失した。その内、二つが、こちらにあることを確認した」

「一つは、”ワールド・シェパード”社が所有していることがわかったのだけど……」

 ナオトが言い切るが、複雑な色が顔に浮かぶ。

「もう一つは、ご存じの通り、一昨日前の晩に接触した、リュウノスケ=ハラダの件だ」

 ロックの言葉で、サキの脳裏に浮かんだ龍之助。

 陰に隠れた彼の顔に。サキは心を痛めた。

「サキには、彼の説得と“命導巧ウェイル・ベオ”の引き渡しを頼んでほしい」

「ブルース、待って。、ナオトさんや伊藤官房長官とかが手を煩わせることではないんじゃない?」

 そう、あまりにも大げさすぎた。

 龍之助に何があったのかは、サキの知るところではない。

 “命導巧ウェイル・ベオ”がブルースの所属する場所から無くなったのなら、それはロックと共に来る理由も頷ける。

 しかし、そこにナオトや伊藤官房長官が絡む理由というのが、ブルースの話の文脈からどうにも結びつかなかった。

「なるほど、ご聡明なお嬢さんだ」

 口を開けたのは、欧米系の碩学の老人。

 煙草を咥え、紫煙を口に含んで吐くと、

「えっと……」

「“賢人会議チェアーズ・オブ・ザ・セイジズ”。その内の一人、“ヘラルド”」

 戸惑うサキへロックが口を開いた。

「裏でこそこそする奴らだ」

 ロックの人聞きの悪そうな一言に、サキは心の中が冷え込むように思った。

 しかし、周りを見ると、あまり驚いていない。

 ブルースはサキと視線が合うと、ため息で応える。

 つまり言っても無駄である、と。

「正確には、ブライトン・ロック社の支援をしてくれる株主の集まり」

“ブライトン・ロック”社。

 イギリスの大手電気通信会社で、セキュリティ、商業コミュニケーションにIT情報記録管理施設など、多彩なサービスの提供で有名な国際企業で、近年IoTでも注目を集めている。

 しかしながら、それはだ。

 “命導巧ウェイル・ベオ”、“命熱波アナーシュト・ベハ”に“ウィッカー・マン”への造詣が深い一面も持ち、カナダの事件の解決においても重要な役割を果たすほどの組織である。

 その一員でもある、ブルースが口を開く。

「実を言うと、リュウノスケのことだったら、サキの言うとおりの展開だった。しかし、一番大きいのは、この上万作の街で“UNTOLDアントールド”関係の抗争が始まりつつある。だから、イトウ官房長官にもこうして集まっているんだ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~

あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。 彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。 剣も魔法も得意ではない主人公は、 最強のメイドたちに守られながら生きている。 だが彼自身は、 「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。 自分にできることは何か。 この世界で、どう生きていくべきか。 最強の力を持つ者たちと、 何者でもない一人の青年。 その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。 本作は、 圧倒的な安心感のある日常パートと、 必要なときには本格的に描かれる戦い、 そして「守られる側の成長」を軸にした 完結済み長編ファンタジーです。 シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。 最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

処理中です...