98 / 257
第一章 Grassroots
草の根―⑫―
しおりを挟む
午後10時39分
月明りというよりは、機械灯の充満する部屋に女性が立つ。
闇を照らすどこか鋭い灯の陰影に隠れた鍵盤を叩きながら、ディスプレイに目を向けていると、
「お疲れ様です」
労いの言葉である。
彼女にとって、背後からの予期もしなかったタイミングなので弾けた様に動く。
「その物騒なものを仕舞っていただけると助かります」
「まず、このような場所で話しかけることから止めるべきですね……」
岡田 マナは右手の半自動装填式拳銃を後ろに仕舞う。
デニムの腰の上のホルスターのホックを外し、銃を入れた。
マナの視線の先に立つのは、男性。
年齢は二十代半ばほど。
髪は首筋を覆うほど長く、額と首筋の髪の毛はきれいに切り揃えられていた。
しかし、年齢とは裏腹に、賢者を思わせる知性の深さが溢れている。
「それにこれから連絡しようとしていましたが……」
マナはディスプレイに目を向ける。
ディスプレイは色々なものを映していた。
上万作の街の様々な場所を映す防犯カメラ。
スピーカーからは救急車や消防車にパトカーの無線ばかりか、ラジオまで流れている。
その中の二つのディスプレイが映すのは、それぞれ受視機の報道映像と演算機でアクセスできるSNSの短文投稿サイトだ。
「それでしたら、良いタイミングでは?」
「そう判断できるなら情報を早く提供してほしいですね」
マナは、男にディスプレイを観るように促す。
報道映像には、少年少女が変死を遂げたことが告げられていた。
短文投稿サイトは、色々な情報が乱雑していた。
“死んだ人って、昏睡状態から目覚めたんだっけ?”
“死ぬ前に色々変な臭いがするんだって?”
“少女の霊を見たんだって?”
“赤の少女が生きる、白の少女が希望で、青緑の少女が死だっけ?”
闇に浮かぶ男の姿を、電子の灯が照らし出す。
髪を切り揃えた男は、長外套を纏う。
肩から鎖骨を覆うケープの付いた、インヴァネス・コート呼ばれるものだ。
「上は何を考えているのですか?」
マナは詰問を、インヴァネス・コートの青年に向ける。
青年に迫るその眼の輝きに慈愛や慈悲、先を見届ける母性はない。
回答によっては命を奪いかねない危うさを帯びていた。
“インヴァネス・コート”の青年は動じることなく、
「上でも協議が重ねられています。しかし私も動けるようにしていますが……」
「なら、これもご存じですね!!」
““紅き外套の守護者”がウチの学校の生徒らしいぞ?”
“しかも、ウチのデモの隊員、叩きのめしたな……”
“でも、会長、”紅き外套の守護者”と手を結ぶらしいよ?”
マナの見せた短文サイトの書き込み。
これは、“電脳右翼”によるものだ。
「サキちゃんに向いてみなさい……“ブライトン・ロック”社でも許しませんからね?」
“インヴァネス・コート”の青年は、ため息を吐いて、
「情報漏洩については、”ワールド・シェパード”社と共同で調査中です……恐らく、振志田とミカエラがナオトさんを失脚させるためのものでしょうけど……」
「“デンウヨ”側に対しては?」
マナの眼光に、インヴァネス・コートの青年が首を振る。
少なくとも関与はしていない、と見ていいようだ。
「なら、そちらはロック=ハイロウズとサキちゃんは、登校させないということで良いかしら?」
「いえ」
“インヴァネス・コート”の青年の言葉に、マナは身構えた。
「落ち着いてください。どちらの意図で漏洩したのかは分かりませんが、双方、ロック=ハイロウズに何らかの接触を果たすということを目的としています。ついでに言うと、サキさんへのスタンスも両派は複雑です。逆に登校をさせないと、相手がどう出るかわかりません」
「それが、上万作の異変を静観することの答えとも見ていいのかしら?」
マナの剣呑とした眼差しを映す、“インヴァネス・コート”の青年の眼。
“ブライトン・ロック”社、“ワールド・シェパード”社に、彼女が協力している理由。
それは、サキを守ることだ。
唯一の親友から託された子ども。
夫は、彼女を守るために命を落とした。
一度は、サキと息子の秀雄を連れて、この地を離れようとも考えた。
しかし、サキは選んだ。
この地で、友達と共に生きたいと。
そのために故郷を離れても、いつかこの地に帰ってこようと。
サキの中で「この地で救ってくれた人に報いようという思い」があることも。
その全てをマナは理解していた。
「彼女を利用しようとする人は、誰でも許さない……“ブライトン・ロック”社、“ワールド・シェパード”社、電脳右翼に電脳左翼も……例外はありませんからね?」
「わかりました……サキさんも現地で対応できるように手配しましょう。ロックについては――」
「そちらで、どうにかしてください……少なくとも、サキちゃんを巻き込まないなら私は何も言わないので」
マナは、背を向けて防犯カメラを傍受している映像に目を向ける。
「その範囲で改めて、よろしくお願いします……“ベネディクトゥス”さん」
振り向くと、“ベネディクトゥス”という青年の姿はいなかった。
都市の夜景と電脳空間を映すディスプレイの間に挟まる写真がマナの目に留まる。
鬼籍入りした、彼女の伴侶。
息子の秀雄の写真もある中に、
「……サキちゃん」
幼さはあるが、黒曜石を思わせる髪と眼は健在だ。
ある事件で失った彼女の親友夫婦。
彼らとマナの夫が命を呈して守ったのが、サキだった。
「……私が守るわ、あなたがいること……あの人たちが命を賭して守ったのだから……」
マナの柔和な視線の鋭い光が、ディスプレイの鏡面に反射していた。
月明りというよりは、機械灯の充満する部屋に女性が立つ。
闇を照らすどこか鋭い灯の陰影に隠れた鍵盤を叩きながら、ディスプレイに目を向けていると、
「お疲れ様です」
労いの言葉である。
彼女にとって、背後からの予期もしなかったタイミングなので弾けた様に動く。
「その物騒なものを仕舞っていただけると助かります」
「まず、このような場所で話しかけることから止めるべきですね……」
岡田 マナは右手の半自動装填式拳銃を後ろに仕舞う。
デニムの腰の上のホルスターのホックを外し、銃を入れた。
マナの視線の先に立つのは、男性。
年齢は二十代半ばほど。
髪は首筋を覆うほど長く、額と首筋の髪の毛はきれいに切り揃えられていた。
しかし、年齢とは裏腹に、賢者を思わせる知性の深さが溢れている。
「それにこれから連絡しようとしていましたが……」
マナはディスプレイに目を向ける。
ディスプレイは色々なものを映していた。
上万作の街の様々な場所を映す防犯カメラ。
スピーカーからは救急車や消防車にパトカーの無線ばかりか、ラジオまで流れている。
その中の二つのディスプレイが映すのは、それぞれ受視機の報道映像と演算機でアクセスできるSNSの短文投稿サイトだ。
「それでしたら、良いタイミングでは?」
「そう判断できるなら情報を早く提供してほしいですね」
マナは、男にディスプレイを観るように促す。
報道映像には、少年少女が変死を遂げたことが告げられていた。
短文投稿サイトは、色々な情報が乱雑していた。
“死んだ人って、昏睡状態から目覚めたんだっけ?”
“死ぬ前に色々変な臭いがするんだって?”
“少女の霊を見たんだって?”
“赤の少女が生きる、白の少女が希望で、青緑の少女が死だっけ?”
闇に浮かぶ男の姿を、電子の灯が照らし出す。
髪を切り揃えた男は、長外套を纏う。
肩から鎖骨を覆うケープの付いた、インヴァネス・コート呼ばれるものだ。
「上は何を考えているのですか?」
マナは詰問を、インヴァネス・コートの青年に向ける。
青年に迫るその眼の輝きに慈愛や慈悲、先を見届ける母性はない。
回答によっては命を奪いかねない危うさを帯びていた。
“インヴァネス・コート”の青年は動じることなく、
「上でも協議が重ねられています。しかし私も動けるようにしていますが……」
「なら、これもご存じですね!!」
““紅き外套の守護者”がウチの学校の生徒らしいぞ?”
“しかも、ウチのデモの隊員、叩きのめしたな……”
“でも、会長、”紅き外套の守護者”と手を結ぶらしいよ?”
マナの見せた短文サイトの書き込み。
これは、“電脳右翼”によるものだ。
「サキちゃんに向いてみなさい……“ブライトン・ロック”社でも許しませんからね?」
“インヴァネス・コート”の青年は、ため息を吐いて、
「情報漏洩については、”ワールド・シェパード”社と共同で調査中です……恐らく、振志田とミカエラがナオトさんを失脚させるためのものでしょうけど……」
「“デンウヨ”側に対しては?」
マナの眼光に、インヴァネス・コートの青年が首を振る。
少なくとも関与はしていない、と見ていいようだ。
「なら、そちらはロック=ハイロウズとサキちゃんは、登校させないということで良いかしら?」
「いえ」
“インヴァネス・コート”の青年の言葉に、マナは身構えた。
「落ち着いてください。どちらの意図で漏洩したのかは分かりませんが、双方、ロック=ハイロウズに何らかの接触を果たすということを目的としています。ついでに言うと、サキさんへのスタンスも両派は複雑です。逆に登校をさせないと、相手がどう出るかわかりません」
「それが、上万作の異変を静観することの答えとも見ていいのかしら?」
マナの剣呑とした眼差しを映す、“インヴァネス・コート”の青年の眼。
“ブライトン・ロック”社、“ワールド・シェパード”社に、彼女が協力している理由。
それは、サキを守ることだ。
唯一の親友から託された子ども。
夫は、彼女を守るために命を落とした。
一度は、サキと息子の秀雄を連れて、この地を離れようとも考えた。
しかし、サキは選んだ。
この地で、友達と共に生きたいと。
そのために故郷を離れても、いつかこの地に帰ってこようと。
サキの中で「この地で救ってくれた人に報いようという思い」があることも。
その全てをマナは理解していた。
「彼女を利用しようとする人は、誰でも許さない……“ブライトン・ロック”社、“ワールド・シェパード”社、電脳右翼に電脳左翼も……例外はありませんからね?」
「わかりました……サキさんも現地で対応できるように手配しましょう。ロックについては――」
「そちらで、どうにかしてください……少なくとも、サキちゃんを巻き込まないなら私は何も言わないので」
マナは、背を向けて防犯カメラを傍受している映像に目を向ける。
「その範囲で改めて、よろしくお願いします……“ベネディクトゥス”さん」
振り向くと、“ベネディクトゥス”という青年の姿はいなかった。
都市の夜景と電脳空間を映すディスプレイの間に挟まる写真がマナの目に留まる。
鬼籍入りした、彼女の伴侶。
息子の秀雄の写真もある中に、
「……サキちゃん」
幼さはあるが、黒曜石を思わせる髪と眼は健在だ。
ある事件で失った彼女の親友夫婦。
彼らとマナの夫が命を呈して守ったのが、サキだった。
「……私が守るわ、あなたがいること……あの人たちが命を賭して守ったのだから……」
マナの柔和な視線の鋭い光が、ディスプレイの鏡面に反射していた。
0
あなたにおすすめの小説
女神の白刃
玉椿 沢
ファンタジー
どこかの世界の、いつかの時代。
その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。
女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。
剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。
大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2025.11.25)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる