【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイドー紅黒の翼ー

アイセル

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第一章 Grassroots

草の根―⑫―

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午後10時39分

 月明りというよりは、機械灯の充満する部屋に女性が立つ。

 闇を照らすどこか鋭い灯の陰影に隠れた鍵盤を叩きながら、ディスプレイに目を向けていると、

「お疲れ様です」

 労いの言葉である。

 彼女にとって、背後からの予期もしなかったタイミングなので弾けた様に動く。

「そのを仕舞っていただけると助かります」

「まず、で話しかけることから止めるべきですね……」

 岡田 マナは右手の半自動装填セミオートマチック式拳銃を後ろに仕舞う。

 デニムの腰の上のホルスターのホックを外し、銃を入れた。

 マナの視線の先に立つのは、男性。

 年齢は二十代半ばほど。

 髪は首筋を覆うほど長く、額と首筋の髪の毛はきれいに切り揃えられていた。

 しかし、が溢れている。

「それにこれから連絡しようとしていましたが……」

 マナはディスプレイに目を向ける。

 ディスプレイは色々なものを映していた。

 上万作あまんさくの街の様々な場所を映す防犯カメラ。

 スピーカーからは救急車や消防車にパトカーの無線ばかりか、ラジオまで流れている。

 その中の二つのディスプレイが映すのは、それぞれ受視機テレビの報道映像と演算機コンピューターでアクセスできるSNSの短文投稿サイトだ。

「それでしたら、良いタイミングでは?」

情報を提供してほしいですね」

 マナは、男にディスプレイを観るように促す。

 報道映像には、少年少女が変死を遂げたことが告げられていた。

 短文投稿サイトは、色々な情報が乱雑していた。


“死んだ人って、昏睡状態から目覚めたんだっけ?”

“死ぬ前に色々変な臭いがするんだって?”

“少女の霊を見たんだって?”

“赤の少女が生きる、白の少女が希望で、青緑の少女が死だっけ?”


 闇に浮かぶ男の姿を、電子の灯が照らし出す。

 髪を切り揃えた男は、長外套ロングコートを纏う。

 肩から鎖骨を覆うケープの付いた、インヴァネス・コート呼ばれるものだ。

「上は何を考えているのですか?」

 マナは詰問を、インヴァネス・コートの青年に向ける。

 青年に迫るその眼の輝きに慈愛や慈悲、先を見届ける母性はない。

 回答によっては命を奪いかねない危うさを帯びていた。

 “インヴァネス・コート”の青年は動じることなく、

「上でも協議が重ねられています。しかし私も動けるようにしていますが……」

「なら、これもご存じですね!!」


 ““紅き外套の守護者クリムゾン・コート・クルセイド”がウチの学校の生徒らしいぞ?”

 “しかも、ウチのデモの隊員、叩きのめしたな……”

 “でも、会長、”紅き外套の守護者クリムゾン・コート・クルセイド”と手を結ぶらしいよ?”


 マナの見せた短文サイトの書き込み。

 これは、“電脳右翼デンウヨ”によるものだ。

「サキちゃんに向いてみなさい……“ブライトン・ロック”社でも許しませんからね?」

 “インヴァネス・コート”の青年は、ため息を吐いて、

「情報漏洩については、”ワールド・シェパード”社と共同で調査中です……恐らく、振志田とミカエラがナオトさんを失脚させるためのものでしょうけど……」

「“デンウヨ”側に対しては?」

 マナの眼光に、インヴァネス・コートの青年が首を振る。

 少なくとも関与はしていない、と見ていいようだ。

「なら、そちらはロック=ハイロウズとサキちゃんは、登校させないということで良いかしら?」

「いえ」

 “インヴァネス・コート”の青年の言葉に、マナは身構えた。

「落ち着いてください。どちらの意図で漏洩したのかは分かりませんが、双方、ロック=ハイロウズにということを目的としています。ついでに言うと、サキさんへのスタンスも両派は複雑です。、相手がどう出るかわかりません」

「それが、上万作あまんさくの異変を静観することの答えとも見ていいのかしら?」

 マナの剣呑とした眼差しを映す、“インヴァネス・コート”の青年の眼。

 “ブライトン・ロック”社、“ワールド・シェパード”社に、彼女が協力している理由。

 それは、サキを守ることだ。

 子ども。

 夫は、命を落とした。

 一度は、サキと息子の秀雄を連れて、この地を離れようとも考えた。

 しかし、サキは選んだ。

 この地で、と。

 そのために故郷を離れても、いつか

 サキの中で「」があることも。

 その全てをマナは理解していた。

「彼女を利用しようとする人は、誰でも許さない……“ブライトン・ロック”社、“ワールド・シェパード”社、電脳右翼デンウヨ電脳左翼デンサヨも……例外はありませんからね?」

「わかりました……サキさんも手配しましょう。ロックについては――」

「そちらで、どうにかしてください……少なくとも、私は何も言わないので」

 マナは、背を向けて防犯カメラを傍受している映像に目を向ける。

「その範囲で改めて、よろしくお願いします……“”さん」

 振り向くと、“ベネディクトゥス”という青年の姿はいなかった。

 都市の夜景と電脳空間を映すディスプレイの間に挟まる写真がマナの目に留まる。

 鬼籍入りした、彼女の伴侶。
 
 息子の秀雄の写真もある中に、

「……サキちゃん」

 幼さはあるが、黒曜石を思わせる髪と眼は健在だ。
 
 で失った彼女の親友夫婦。

 彼らとマナの夫が命を呈して守ったのが、サキだった。

「……私が守るわ、あなたがいること…………」

 マナの柔和な視線の鋭い光が、ディスプレイの鏡面に反射していた。
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