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第十一話 末路(2)
しおりを挟む翌日はクリスマスイブの前日で、神社職員の約一名が朝からそわそわしていた。
聞けは、だってクリスマスって楽しみじゃん、とその約一名の職員は言う。
神社で年末年始の準備に忙殺されながらクリスマスが楽しみとか言っている場合か、と柚真人が応じると、当該職員――橘飛鳥は、楽しみなことは多い方がいい、と言い張った。
飛鳥は、柚真人が知りうる限りの子供の頃からそういったお祭り行事が好きだ。飛鳥自身が、単純に、明るく朗らかな性格なせいでもあるだろう。
柚真人自身は、クリスマスには特段特別な興味は無いし、自分がこの社の宮司である以上神社に関わる祭禮と祓い事をまわすので手一杯だ。けれども、飛鳥のなんでも楽しもうとする性格や何事にもめげない朗らかさには、正直なところ、ほんのちょっとあくまでも微々たるきもちくらいには救われていると感じることも無くはなかった。
飛鳥が、クリスマス――に限ったことではなく、バレンタインだのハロウィンだのといったものもなのだが――を強引に神社の中にまで持ち込もうとすることに、柚真人がやや寛容に対応するのは、だからでもあった。
そのため、飛鳥は毎年皇家あてにクリスマスケーキをホールでいくつか発注する。
ケーキならもちろん柚真人にも作れるが、当然この時期にそんなことをしている暇はない。なので、柚真人はこれも飛鳥が好き放題やってくれるのに任せていた。ケーキは冷凍便順次であっちこっちの有名パティスリーから届くので、柚真人としては飛鳥に自分の台所にある冷凍庫を貸してやるくらいのことはする。
そんなわけで、本日、みっつ目のケーキが届き、まったくほんとに毎年毎年このクソ忙しい時期に宮司の俺に何をさせてくれるんだあいつはと思いながら柚真人がそれを荷解きして冷凍庫にしまってきた時だった。
平素からちょっと耳慣れないような大きなサイレンの音が聞こえてきたのは。
もっともサイレン自体は多い時には一日に数度、どこかで鳴っているな、程度には耳にするものである。しかしたったいま聞こえてきたのはずいぶん近く――より大きくなって近づいてくるので、神社の目の前を抜けていく通りを下から登ってきているものだなと思われた。
自邸から境内へ出て、お守りやお札などの授与所の方へいくと、案の定、飛鳥がそこから表を覗くように頭を出していた。
「近くで火事ぃ?」
柚真人の姿を認めた飛鳥が言うので、柚真人は飛鳥に応え、
「だろうな」
と呟いた。
皇神社の境内は、神社の前の道から少し階段を上がったところに広がっている。ゆえにこの位置から道のある方を見ると、サイレンと明らかに消防車であろうなと思われる車体が何台か連なって道の下の方から上の方へと何台も上がって行く様子が見えていた。
「消防車が前の道通るの、めずらしいね」
飛鳥が言うのは、この神社の前を通っていく道が、幹線道路や大きな街道ではないためだろう。
普段聞くサイレンは、たいてい、神社から少し離れたところにある広い道路を通っていくのだ。ということは、この道をわざわざ通る必要がある場所へ、消防が向かっているということになる。おそらく現場はこの神社からそう遠くないところであるはずだ。
しかも、消防車の数が多い。数台が通過していったと思うと、間をあけてまた数台が神社の前の坂道を登っていく。
この神社は坂の中ほどの緑地を境内としているが、もう少し坂を上ると高台にも住宅街がある。
「年末なのにねえ」
飛鳥がどことなく渋い声でそう言う。
まあ確かに、宗教施設に身を置いている者としては、この時期はなるべく誰もが平穏無事に過ごすことが出来ればそれにこしたことはないと思いはする。だが同時に、すべての人間がそうあることが出来るはずもなく、不慮の事態は誰の身にも平等に訪れうる。それを救い留めることは、神様にだって出来ることではなく、それがこの世の無常の理だ。その中でもより良く、なんとか最善を。人は、そうつとめてこの世を生きるしかないのだろう。
その火災は、少なくともその時は、そんなふうに。
柚真人にとっても、皇の社にとっても、否応の無い他人事の類に過ぎなかった。
☆
事態が柚真人の中で変化したのは、翌朝になってのことだ。
柚真人はこう見えて現在飛鳥や緋月と同じ年齢なので感覚が少々アナログに寄ることが多く、朝だけ新聞を読む習慣がある。
むろんデジタルのニュースサイトも便利だし使用しないわけでもないのだが、正確な世の中の情報を地元のものまで含めて広くざっと総覧するには新聞が便利だ。
やがては――というか、そろそろこの変化しない自分の年齢と容姿を、神社をとりまくまわりの環境とどう擦り合わせていくか考えなければならなくなるだろう。しかし今はまだ、柚真人自身で渉外交渉をするし、もうそう多くはない氏子たちとの付き合いもあって、自分が世間とズレるわけにはいかないのである。
朝はたいていはひとりなので、その日も柚真人は自分で手早くひとりぶんの純和食といった朝食を作り、黙食し、片づけを終えた後で新聞を広げていた。それが終わると、朝の境内の清掃をはじめるのが、宮司の日課だ。
そういえば、昨日、近くで火災があったようだったな、と思い、地元の情報が載っている面に目を通した時のこと。
くだんの火災の記事について、柚真人の目に、ひっかかりのある記載が入った。
それは、ある名前だ。
火災はあの時間にやはり坂の上の方の住宅地の中にある、小さな二階建てのアパートで起こった。そして隣接の家屋に飛び火して、全体で4棟ほどを焼いて鎮火したとあった。問題だったのは、そこに記載されていた、被害者の名前だ。火元のアパートからひとり男性の遺体が発見されたとあった。その被害者の名前に、覚えがあった。
その名前が、つい先日、あのからくり細工の小箱を呪物ではないかと思うと言って持ってきた青年の名前と同じだったのだ。
柚真人はかすかに眉をひそめ、そのまま立ち上がると、くだんの保管庫へむかった。
保管庫は、神社の境内ではなく、その後ろ手に位置している皇邸の中にある。皇邸は家の玄関を入ると奥と右手に台所や浴室などの水回りがあり、左手の方へ廊下を折れるとその廊下と中庭を挟んで居間と、道場、書庫、保管庫などが並ぶ区画があるのだ。そして、一昨日、柚真人が預かったものをいったん納め置いた保管庫には、同様にいわくがあってお祓いと焚き上げを待つ預かりもののほか、皇の仕事に関する依頼人の情報や、依頼人が持ってきた書面、契約書等の事務的な書類なども保管してある。
この季節、保管庫や書庫といった倉庫の類は、早朝から開けるととくに冷えた空気に満たされている。そもそも家の中であっても必要以上に暖房を使用しない現在の柚真人は、吐く息白く、保管庫の中に足を踏み入れた。
そうして、先日の青年が残していった青年自身の情報を確認する。
青年は、近くの神社、と、この皇神社のことを言っていた。ファイリングした書類に目を走らせると、氏名に加え、新聞記事になっていた火災の発生地と記載された住所も同じである。ということは、間違いなくあの青年が、昨日の火災で死亡した――ということだ。
偶然、だろうか。
柚真人は思い、それからファイルは保管庫から持ち出す出すことにして――ちらりと横目で保管庫の棚を見た。
保管庫自体は、畳6畳ほどの部屋である。依頼人がいわくがあると持ち込んでくるものを預かるため、万一を考えてお清めと結界もその内側には施してある。そこに、ファイル用の書棚と、預かりものを置くための木製の棚があるのだが。
目線の先には、例の小箱があった。
見た目にはとくに変わった特徴もない、木の箱。
そのまましばらく様子を探るように見つめてみても、とくに変化や異常は見られない。また、柚真人がなにか、霊的な気配や力を感じるということも無い。
死亡した青年は、この箱の中から声や音がする、と言っていた。それがたまらなく不気味なのだと。しかし、柚真人にはそれも感じられない。
もし、昨日の火災と、あの青年が被害者になったことがこの箱となにか関係があって偶然ではなかったとなると、いま、柚真人がなにもこの箱から感じないのはそれはそれで妙だ。
むろんそれが何某かの呪物であった場合、呪の目途とする場合にしか発動しないということはある。あるいはここが清められた神社内であることや、宮司の施した簡易的な結界の内側となっていることも、考慮はできる。ただ、柚真人は現在単に皇の異能を継いだ宮司というだけでなく、人の領域を軽く凌駕している存在である。それでいて何も感じないということもあるまい。
そのことが、少し、柚真人の勘にひっかかった。
忙しい時期だから、と、とりあえずそのままここへ置いてあるが。
早めに、略式でも清めるぐらいはした方がいいのかもしれないな。
柚真人はそう思い、なお小箱を横目で見つめながら、保管庫の扉を閉め、鍵を閉めて、居間に戻へと戻った。
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