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第十二話 女神の帰還(7)
☆
そうはいっても、現場に到着するまでには一時間以上は時間がかかる。
なので、道すがら、今現在の事態がどういうことで、それが皇の家にとってどういう意味をもっているのかということを、優麻がおそらくはかいつまんでではあるのだろうが、ぽつぽつと話してくれた。
その間、柚真人はずっと黙って颯と優麻との遣り取りを聞いていたようだった。バックミラー越しに柚真人の姿や気配を感じていた颯だったが、そこから柚真人がずいぶんと気を張って思い詰めているのが感じ取れた。
その話によると、皇の家は、二十年以上前に失われた御神刀を探しているというのだということだった。そして、その御神刀が――どういう理屈でだかはとりあえず端折るとされたのだが――颯が昨夜話した事件現場にあると思料されるというのだ。
そもそも、遺体が水辺で消える、という現象が、皇神社の御神刀と関るものである可能性があるらしい。昨夜、皇神社の水葬の話を柚真人がしていた時には、御神刀のことについては話題にならなかったと思うが、あの後で、優麻いわく、少々状況が変わった、のだとか。
まあ、とにもかくにも、今現在その場所に、何十年か前に無くなった神社の御神刀があるっぽいので探しに行きたい。そういうことなんだろう、と颯は理解した。
ただ、その場所は、昨夜も優麻に言われたが、現在進行形で捜査機関が管理下に置いている事件にかかわる現場のひとつだ。なので、簡単に言えばなにかあった時のために颯に付き合ってもらいたい、と。いや、颯が、というより陵家の人間が、というべきか。
もっとも遺体の捜索を行ったときに、警察もいちおう沼地を総ざらいしたはずなので、その時は何も出無かった、ということは颯も伝えた。もしその時に神社の御神刀――刀や刃物のようなものがあれば、警察が気がつくはずではないかなと思ったからだ。
現場は東京都と隣県の境のあたりにある、名前もついておいらず、地図にも載ってないような小さな沼だ。
犯人の供述をもとにした遺体の捜索も、何日かかけて行われたものの、現在はいったん切り上げられて、念のための現場保存のために規制線が敷かれてあるだけのはず。遺体が出なかったので、捜査機関としては犯人の供述の裏取は他の方法でする必要があるとして動いている。あの場所には、この先何もなければ誰かが来るという予定もない。
颯も、そう、優麻に説明した。
車は、現場近くのコインパーキングを探して停めた。
そこから、三人は目的の場所へと向かった。
幹線道路からは完全に外れた細い道から雑木林の中に入っていく。雑木林の中に入ると細く踏み固められた道のようなものがあるにはある。その先はゆるやかではあるが登りになっていて、山の中に入っていくという感じになっているのだった。
「犯人は、この道を、滑車のついたケースに入れて押して運んだという話でした」
颯は歩きながら説明した。
「そのケースと、ケースの車輪の轍、なんかは確認出来ているんですよ」
だがまあ、柚真人と優麻のいうように、本当に棄てられた遺体が沼の中で無くなっただけだというなら、そこまでの痕跡だけはちゃんと残っているというのは不自然なことではなく逆に当たり前なのだろう。
「あとは、血痕ですね。被害者は何箇所も刃物で刺されていたので。それらは全部採取済みなので、もう気にしなくて大丈夫だと思いますが――」
説明しながら入っていくこと、五百メートルほど。そこで、道を外れて藪の中に入る。道を外れると、すぐにあたりは視界を遮るくらいには背の高い雑草に覆われた。
今は冬なのであたりの草木はほとんど枯れて、枯草色になっている。
颯が犯人の供述をたどって初めてここに来た時も、今が夏じゃなくてよかったなあ、と思った。その枯れ草群をかきわけて二十メートルくらい進むと、急に、少し視界がひらけるような場所に出る。
黄色い、規制線のテープも見えた。
警視庁、立入禁止、の文字が書かれたテープの先に、濁った水溜りを少し大きくしたような、淀んだ沼のようなものがあって――。
「――あれ?」
おかしい。
黄色いテープを持上げてくぐりながら、颯は思った。
なぜかといえば、
「なんか――きれいすぎますね。雰囲気も全然違います。オレ、一回自分でもここに来て現場見てますし、捜索の報告書も読みましたけど、もっとこう……きったない感じの、気持ち悪い感じの、泥沼みたいなとこだったはず……」
目の前に現れたのは、沼、というより、綺麗な泉のようだったのだ。
水は澄んでいて底が見通せる感じだし、底に草や葉が沈んでいるもののそれがくっきり見えている。
「――『佐須良』のせいだろう」
颯の後ろをついてきていた柚真人がそう発したので、颯は柚真人を振り返った。
柚真人はどこか険しい空気を漲らせていて、
「俺も昔この場所には来たことがある。――懐かしいよ」
「え!?」
そうなんですか??? と颯は目を瞠った。そんな話は聞いていなかったので、颯の中に、どういうこと? がまた増える。
御当主が、ここに来たことがある?
どうして?
いつ?
というか――。
「これって、遺体が消えた、というのと同じことなんですか?」
「――そうだ。佐須良が、この沼地と、水ごと浄化し続けてしまってる。犯人が遺体をここに遺棄したのは、去年の年末だったな?」
「そう――なりますね。その間に……?」
「――約、ひと月か」
柚真人はそう呟いた。だが、それは颯に応じてという感じではなかった。
「けど……どうするんです? 御神刀があるとして……この中、ってことになりますよね?」
沼はさほど大きくはない。しかしこの中を探すとなるとそれなりの準備と装備が必要であろうと、颯からは思われた。
警察の捜索だって、何人がかりかで行われたのだ。それに、沼の水は今は透明で澄んで見えるが、ところどころ凍っている。ここのところの冷え込みで、水自体も相当冷たいだろう。現状は確認したので、また出直すことになるのだろうか――と颯が考えたとき。
柚真人が、すっ、と颯の前に出た。
そして大きくぱんぱんと柏手を二つ重ねた。
「――掛けまくも畏き伊邪那岐大神!」
柏手の後で柚真人の口から紡がれはじめたのは、祓詞だな――というのは、颯にもわかった。
あまり皇本家の行事に関わったりはしてきていない颯でも、そのくらいの基本的なことはわかる。
しかし、祓詞を奏上してどうするんだろう、と思っていると。
「諸々の禍事、罪、穢あらむをば、祓え給い、清め給えともうす事、聞こし食せと、恐み恐みももうす――」
祓詞を唱え終えた柚真人は、そのまま、なんと水の中に入っていってしまった。身に着けていた冬用のコートを、なんでもないことのようにするっと脱いで、足許に置いて。
「え! ちょっ――御当主!?」
びっくりした颯を、優麻が背後から肩に手を置いて制した。
制止されたことに驚いて優麻を振り向くと、優麻は颯と目を合わせて、穏やかにではあるが強くいった。
「とりあえず、柚真人さんに任せてください」
「でも――」
この気温、真冬ですよ、と颯は思ったのだ。
それに、水面は氷も張っている。ということは相当に水は冷たいはずだ。
くわえてこの沼、場所によっては水深もそれなりにあることを颯は知っている。全部をさらうには、ダイバーが必要とまではいわないが、せめて底をさぐる道具なり、胸のあたりまでは防水できる装備が必要だ。
「柚真人さんなら大丈夫です」
優麻はなんでもないことのように言うが、
「いやでも。それに、オレ言いましたよね。警察だってここを探しましたけど、遺体どころか犯罪の証拠に繋がるようなものは何も出なかったんですよ。御神刀があるとしても、そう簡単には――」
見つからないのでは。そう言いかける颯の視線の先で、優麻はもう、水の中にいる柚真人の方へと目線をうつしていた。
なのでその優麻の目線を追うように、颯も柚真人の方を見る。
柚真人は――水の中を、とても氷の張る冷水の中にいるとは思えない様子で、ゆっくりと足を進めていた。
そのたびに、ゆるく水面が動きはする。しかし、水音はあがらないくらいに、だ。そうしつつ、水面に目を落としている。
そうか、今は水が綺麗だから、そうやって静かに水面を覗き込めば、足許まで見えるのだろう。
とはいえ、底を足で踏みしめれば、堆積した泥や落ち葉のようなものが、舞い上がって水を濁す。柚真人の動きは、たぶんそれすら落ち着くのを待っているようだ。
集中しているんだろう――といった感じが、わけがわからないなりに、颯にも見て取れた。
静かに静かに、水の中、あるいは水底、に目を凝らしているようで、そういう探し方? と颯は思う。
しかし柚真人がどこか必死の様子なのは伝わってきた。
もちろん、神社の御神刀なんだから、宮司としては取り戻さなければならないと願うのが当然ではあろう。だが柚真人の表情や仕草にうかがえるのは、それだけではない、なにかもっと、切羽詰まった悲愴感――のような。辛そうな、切なそうな、何か。
そもそも皇の御神刀が行方不明になっていること自体、颯は今日、はじめて知ったのだ。
皇の一族としての陵家の役割をやがては継ぐことになるために警察官にはなったものの、霊感もほとんどなく、颯と皇家との関りは、今まではその程度のものだった。
皇の宮司はずっとその行方を追っていたのだという話は車の中で聞かされたが、逆に、こんなにも必死の顔で、こんな無茶をしてまで探しているものがあったとして、御当主は、ずっと、こう、だったのだろうか。
むろん表面上はそうではなかった。むしろ柚真人のこういう顔は颯が初めて見るものだった。
颯の知る皇柚真人は、謎に歳を取ることがなく、年齢不詳で、人間離れした美貌を持ち、いつ何事に対しても鷹揚な態度で余裕があって、どことなく世の中すべてを斜めに構えて見ているような、そんな雰囲気の人だった。だからこそ、今、颯の目線の先にいる柚真人は、ただ宮司の責務として御神体――神社で祀られていた神刀だというのだから、おそらくそれは神社にとってそういうものでもあるんだろう――を探しているだけとも、とても思えない。
ていうか。
見ているこっちが寒いよ。
ここでこうして吐く息だって、白いのに。
凍える温度であるはずの水の中に、もう、どれだけいる?
十五分――は軽く過ぎたろう。しかし、いくら水が綺麗になっているとはいえ、底をすべてさらったといえるまでには、警察がチームで捜索しても何日かかかった。それを――あとどれくらいの間、そうしているつもりなのか。
颯がそんなことをつらつらと考えていた時。
柚真人の動きが止まった。
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