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昭和7年9月某日の手記
しおりを挟む【昼の陽光はまだ夏の余韻を残しているが、陽が顔を出す時間も日ごとに短かくなり夕刻にはすっかり肌寒さを感じるようになった。寒暖差のせいか父が咳込むことが増え、四日か五日おきに松林先生に容態を診ていただき薬をもらってくる。アラタと私は相変わらずである。
照りつける陽射しと暑さのせいか、あの大迫茂明は持病が悪化したと見え、先月の中頃に再入院となり、私の抱えていた静かなる不安は晴れ、再び静かなる平穏が訪れた。これが束の間の安寧でなく、金輪際奴の顏など拝む日の無きことを願って止まない。
一度だけ危険な時があった。梅雨明けの頃、アラタがとなりに回覧板を届けて帰るなり私に言ったのだ。大迫様の若旦那様がいつの間にやら門外に立ち尽しており、何か御入用ですかと話しかけても僕をじっとご覧なるだけで何も言を発さず、気味が悪いのでちょっと様子を見てほしいのです、と。
私は蒼白となりアラタをその場に残し慌てて外に出たが、彼奴は既に立ち去った後であった。私はいつと日中には掛けぬ閂をして内に戻ると、今後訣して一人では出歩かぬようにとアラタに強く言いつけた。アラタは、それではいよいよ使用人の仕事になりませんと反対したが、隠居も間近の親一人と放蕩の子一人の私たちにもう使用人などと云うものは要らぬ、これからはもう親父の病院通いのちょっとした世話だけでいいと両肩を握るように抱き、恐らくは必死の形相になりながら迫った。
私の見せたことの無い鬼気に圧されたのだろう、アラタは暫く困惑したように薄茶の双眸を揺らし私を見つめたが、そのうち小さな声でわかりました、と答えた。可哀相なことをしてしまって悪いが、致し方無きことである。"彼奴"は狂人なのだから。
単に意味無く我が家を見ていただけなら、それも薄気味悪いがまだいい。然しアラタをどこかで目ざとく見つけ逢うために門までやって来ていたというのなら、私のもっとも恐れていたことがいよいよ現実となったのである。だから、彼奴がいつまでかは判らぬが病院に戻ったことは一応の安寧なのだ。
・・・・だが脳病院と云うのは仕組が杜撰なことが多いので、頭が治る保証も無ければ、入院の期間も判然とせぬし、いくらあちらが閉鎖空間でこちらが外界とは云えど、不安が消えることは無い。兄貴の住む外国の街へ二人で移住しようかとも考へている。だが父を置いては行けまい。狂人の記憶から、アラタが抜け落ちてくれるのを祈るばかりだ。】
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