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しおりを挟む「柊さんは灰枝さんのお友達ですか?」
ベンチに戻ると沢尻は尚も質問を続けてくる。なぜこれほど固執してくるのだろうと不思議に思うが、隠すこともないので少し苛立ちながらも素直に答えた。
「違う。俺の弟と灰枝が知り合いなだけだ。このバイトも弟を介してありついた。灰枝と会ったのは今日で2回目だ」
「なんだ、そうだったんですか。弟さんも映像関係のお仕事を?」
「いや床屋をやってる。じいさんの店を継いでな。じいさんはまだ生きてるが」
「へえ、床屋さんかあ。まだお若いんでしょうに大したものだなあ」
「ああ立派な男さ。弟は顔も中身もすべて俺と正反対に育ってくれたからな。あんたの犬よりずっと賢くて優しいぞ」
「ははは、そうですか。いい弟さんをお持ちでうらやましい。…ところで話は戻りますが、これからずっとあなたがルイくんのお世話係りをなさるんですか?」
「ずっとかどうかはわからんな」
「契約期間を設けてる?」
「契約なんてたいそうなやり取りは交わしとらん。奴の仕事の繁忙具合によるだろ。奴が暇になれば連動して俺も暇を出されるということだ」
「なるほど。…いいなあ、灰枝さんの家政婦か…」
「いいか?」
「あっ…いや、あの…こ、こんな楽なバイトがあったら、学生のときに飛びついたろうなって」
「たしかに楽だ。楽すぎるくらいだ。世の中の労働の仕組みが崩壊しそうなほど」
陽が傾き始め、じっと座っていると底冷えしそうな寒さになってきた。もう充分に運動をさせたのか、「じゃ、僕はそろそろ」と沢尻が立ち上がり、エイリアンたちにリードを取り付けた。
「またなルイ」
ルイの身体を撫でてやり、「失礼します」と去っていく。駐車場までその姿を目で追うと、メルセデスの巨大なエンブレムがついたジープのような車に乗り込み、颯爽とミドリホームを後にした。
「…運動させたいなら歩いてくればいいのになあ」
ともあれ奇妙な男と犬が去ったことに安堵し、自分たちもそろそろ帰ろうと思いリードをつけてやると、ルイが足元にころんと寝そべった。
「おい寝るな。帰るぞ」
「………」
ぐいぐいと引っ張っても起き上がる気配はない。無理やり立たせようとしても脱力しきっており人形のように転がってしまう。彼はふてくされたような顔で疲れたと訴えているのだ。
「貴様…」
こんなことなら沢尻の車に乗せてもらえばよかったと悔やみつつ、10キロ以上ありそうなルイを抱きかかえ、ぜえぜえと息を切らしながら帰路についた。
ー「おかえりなさい。ルイ、いい子にしてました?」
玄関で足を拭いてやりリードを外すと、ルイはドッグランと同じように一目散にリビングへと駆けて行った。
「(ちっ、可愛くねえ…)ああ、問題なかった」
「よかった。長い時間ありがとうございます。寒かったでしょう」
「平気だ。だが明日からもう少し早い時間に散歩に行こうと思う」
「わかりました。お任せします」
作り置きの料理もひととおり完成し、タッパーやスライダー付きの保存パックに小分けして、内容をざっと説明する。冷蔵庫のボードにも全てのメニューの冷凍、冷蔵、チルドなどの保存場所を書き込み、「今後はあんたの食う量によって調整する。
足りなくなったら追加で作るから言ってくれ」と伝えた。未来は今すぐ「一生養う」とプロポーズしたくなる衝動をこらえ、「時生さんに頼んで本当によかったです」と心からの感謝を述べた。
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