6 / 39
最強天使、那須塩原へ参る
しおりを挟む
「遊よ。そこのフライパンも一緒に洗おう」
「ありがとうございます!」
虚言を重ねてしまったせめてもの償いとして、皿洗いなう。
なう、じゃない。最強天使、もはやキッチン担当である。人間を救うため日々大空を翔けている俺が、いまや栃木の民家でスポンジを握っている。なにやってんだ、俺。
「サミュエルさんさ、あとで一緒に出掛けませんか?」
ソファででんぐり返しをする遊の提案に、俺は反応した。これは遊を知るチャンスだ!遊に関するミッションを見つけてコンプリートすれば、颯爽と俺は上界へ戻ることができるぞ。
「俺も参加していいのか?」
「はい! でも、スーツは暑いからさ。洋服に着替えたほうがいいかも?」
確かに、真夏にこの格好は厳しい。堅苦しくもある。皿洗いを終えた俺は、鞄を持ち上げた。
「どこか着替える場所を借りたいのだが」
「リビングで、このまま着替えていいですよ!」
…………。
ここで脱げと。初対面の家族の前で、パンツ一丁になれというのか。最強変態天使ではないか。ばーちゃんがいるぞ?レディがいるぞ?今度こそ、通報される未来が見えるのだが。
「お前じゃないんだから。サミュエルさん、二階に俺たちの部屋があるのでどうぞ」
蒼くんが苦笑いをしてたしなめ、俺は美浜兄弟と共に階段を上がった。
「ここが俺の部屋なので、好きに使ってください!」
開け放たれたドアの向こうは、いかにも高校生らしい部屋が広がっていた。漫画にフィギュア、勉強机。なぜかベッドの中央に置かれた枕。物はやや多いが、整頓されているぞ。
「のっちほどー!」
遊はそう叫びながら、側転で隣の蒼くんの部屋へ消えていく。む、お主さては忍者の末裔か!?
俺は鞄を開き、財布とスマホを取り出した。ファイルや封書を端へ寄せ、私服を手にする。ネイビーのTシャツに、黒のパンツ。シンプル・イズ・ベストだ。かつては、白Tシャツを着たこともあったのだが——。
「おや? サミュエル様、天使アピールでしょうか。ズボンも白になさったら完璧かもしれませんよ?」
バレットにそうからかわれ、二度と着るものかと誓った。
……と、スマホがオーロラ色に輝いている。噂をすれば、バレットからのメッセージだ。俺は人差し指でタップをし、内容を確認した。
『一方通行にはなりますが、私からはメッセージ、画像、添付ファイルを無制限にお送りできます。今後は腕時計でのやりとりはお控えになり、スマホをご利用くださいませ』
画像が添付されているぞ。優秀なバレットのことだ。俺がミッションコンプリートを早急にこなせるよう、遊の【困りごとリスト】を送ってくれたに違いない。俺は期待を込めて画像をタップした。
『生ドーナツ界隈』
ローザと共に生ドーナツを頬張る、バレットの写真だった。張り倒してやろうか。
「サミュエルさん! 着替え終わりました?」
「あ、ああ……」
財布とスマホをポケットに入れつつ、俺は内心吠えていた。膨大な書類がどうのこうの言ってたくせに、さっさと東京で休暇を満喫しているではないか!我が無双執事、バレットよ!
「サミュエルさんはさ、温泉好きですか?」
「うむ。好きだが」
「じゃあ一緒に行きましょう!」
ふむ。疲れた心身を癒す温泉、悪くない。……いや、いいのか?俺のミッション!
「あっちで温泉入ったあとにさ、おやつも食べられるので。サミュエルさんはスイーツ好きですか?」
甘党の俺は何度も頷いた。生ドーナツに勝るものかは知らんが、期待していいだろう。なにせ、あの旨い餃子を作る遊のおすすめだ。俺は何気なく腕時計に目を向け、そしてその衝撃に顔を突き出した。午前十一時過ぎ……え?
つまり、さっきのはブランチだったのか?遊と蒼くん、いったい何時から餃子を包んでいたんだ……?遊の困りごとリストの前に、俺の疑問リストが急増中である。
「温泉は、遊の家からどのくらい離れてるんだ?」
「ちょっとだけ車に乗ります!」
「ほう。十分程度か?」
「いえ! 那須塩原のほうまで行こうと思ってて、車で一時間くらいです!」
一時間を「ちょっと」と言い切る。栃木はワンダーランドである。
だが、遊の家に俺が残ったところで何も進展しないぞ。そもそも、美浜家の人間でもない俺が留守番するのは不自然だ。宅配便がきたらまずい。なぜ荷物を受け取ろうとしたのかはさておき、ここは俺も温泉に行くほかないだろう。
「サミュエルさんの着替え、俺のリュックに入れますよ!」
「おお、ありがとう」
大木に落下しスーツを破りつつ尻もち、魔法を手品だと誤解され、昼食に餃子をご馳走になり、そして家族の日帰り温泉旅行に同行。
……いいのか?これで(震)。最強天使たるもの、いつなんどきも不安など抱くべきではない。だがこの状況、それ以外の感情が湧かぬ。
ポケットでスマホが振動した。救いのバレットよ、遊についての有益な情報を頼む!俺は美浜兄弟に背を向け、こっそりとメッセージを確認した。
『サミュエル様。硫黄温泉は大変刺激臭が致します。ゆで卵の海に飲み込まれたような香りですが、その泉質は素晴らしく、ツヤ肌になりますゆえ、存分にお楽しみくださいませ。休暇をありがとうございます』
バレット……。いま俺が欲しいのは、温泉ガイドではない。
——続く——
読んでいただきありがとうございます!いいね、お気に入り、感想などで応援してくださると嬉しいです!ぜひ続きもお楽しみください^^
「ありがとうございます!」
虚言を重ねてしまったせめてもの償いとして、皿洗いなう。
なう、じゃない。最強天使、もはやキッチン担当である。人間を救うため日々大空を翔けている俺が、いまや栃木の民家でスポンジを握っている。なにやってんだ、俺。
「サミュエルさんさ、あとで一緒に出掛けませんか?」
ソファででんぐり返しをする遊の提案に、俺は反応した。これは遊を知るチャンスだ!遊に関するミッションを見つけてコンプリートすれば、颯爽と俺は上界へ戻ることができるぞ。
「俺も参加していいのか?」
「はい! でも、スーツは暑いからさ。洋服に着替えたほうがいいかも?」
確かに、真夏にこの格好は厳しい。堅苦しくもある。皿洗いを終えた俺は、鞄を持ち上げた。
「どこか着替える場所を借りたいのだが」
「リビングで、このまま着替えていいですよ!」
…………。
ここで脱げと。初対面の家族の前で、パンツ一丁になれというのか。最強変態天使ではないか。ばーちゃんがいるぞ?レディがいるぞ?今度こそ、通報される未来が見えるのだが。
「お前じゃないんだから。サミュエルさん、二階に俺たちの部屋があるのでどうぞ」
蒼くんが苦笑いをしてたしなめ、俺は美浜兄弟と共に階段を上がった。
「ここが俺の部屋なので、好きに使ってください!」
開け放たれたドアの向こうは、いかにも高校生らしい部屋が広がっていた。漫画にフィギュア、勉強机。なぜかベッドの中央に置かれた枕。物はやや多いが、整頓されているぞ。
「のっちほどー!」
遊はそう叫びながら、側転で隣の蒼くんの部屋へ消えていく。む、お主さては忍者の末裔か!?
俺は鞄を開き、財布とスマホを取り出した。ファイルや封書を端へ寄せ、私服を手にする。ネイビーのTシャツに、黒のパンツ。シンプル・イズ・ベストだ。かつては、白Tシャツを着たこともあったのだが——。
「おや? サミュエル様、天使アピールでしょうか。ズボンも白になさったら完璧かもしれませんよ?」
バレットにそうからかわれ、二度と着るものかと誓った。
……と、スマホがオーロラ色に輝いている。噂をすれば、バレットからのメッセージだ。俺は人差し指でタップをし、内容を確認した。
『一方通行にはなりますが、私からはメッセージ、画像、添付ファイルを無制限にお送りできます。今後は腕時計でのやりとりはお控えになり、スマホをご利用くださいませ』
画像が添付されているぞ。優秀なバレットのことだ。俺がミッションコンプリートを早急にこなせるよう、遊の【困りごとリスト】を送ってくれたに違いない。俺は期待を込めて画像をタップした。
『生ドーナツ界隈』
ローザと共に生ドーナツを頬張る、バレットの写真だった。張り倒してやろうか。
「サミュエルさん! 着替え終わりました?」
「あ、ああ……」
財布とスマホをポケットに入れつつ、俺は内心吠えていた。膨大な書類がどうのこうの言ってたくせに、さっさと東京で休暇を満喫しているではないか!我が無双執事、バレットよ!
「サミュエルさんはさ、温泉好きですか?」
「うむ。好きだが」
「じゃあ一緒に行きましょう!」
ふむ。疲れた心身を癒す温泉、悪くない。……いや、いいのか?俺のミッション!
「あっちで温泉入ったあとにさ、おやつも食べられるので。サミュエルさんはスイーツ好きですか?」
甘党の俺は何度も頷いた。生ドーナツに勝るものかは知らんが、期待していいだろう。なにせ、あの旨い餃子を作る遊のおすすめだ。俺は何気なく腕時計に目を向け、そしてその衝撃に顔を突き出した。午前十一時過ぎ……え?
つまり、さっきのはブランチだったのか?遊と蒼くん、いったい何時から餃子を包んでいたんだ……?遊の困りごとリストの前に、俺の疑問リストが急増中である。
「温泉は、遊の家からどのくらい離れてるんだ?」
「ちょっとだけ車に乗ります!」
「ほう。十分程度か?」
「いえ! 那須塩原のほうまで行こうと思ってて、車で一時間くらいです!」
一時間を「ちょっと」と言い切る。栃木はワンダーランドである。
だが、遊の家に俺が残ったところで何も進展しないぞ。そもそも、美浜家の人間でもない俺が留守番するのは不自然だ。宅配便がきたらまずい。なぜ荷物を受け取ろうとしたのかはさておき、ここは俺も温泉に行くほかないだろう。
「サミュエルさんの着替え、俺のリュックに入れますよ!」
「おお、ありがとう」
大木に落下しスーツを破りつつ尻もち、魔法を手品だと誤解され、昼食に餃子をご馳走になり、そして家族の日帰り温泉旅行に同行。
……いいのか?これで(震)。最強天使たるもの、いつなんどきも不安など抱くべきではない。だがこの状況、それ以外の感情が湧かぬ。
ポケットでスマホが振動した。救いのバレットよ、遊についての有益な情報を頼む!俺は美浜兄弟に背を向け、こっそりとメッセージを確認した。
『サミュエル様。硫黄温泉は大変刺激臭が致します。ゆで卵の海に飲み込まれたような香りですが、その泉質は素晴らしく、ツヤ肌になりますゆえ、存分にお楽しみくださいませ。休暇をありがとうございます』
バレット……。いま俺が欲しいのは、温泉ガイドではない。
——続く——
読んでいただきありがとうございます!いいね、お気に入り、感想などで応援してくださると嬉しいです!ぜひ続きもお楽しみください^^
92
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます
neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。
松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。
ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。
PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。
↓
PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる