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小話 昼下がりのサロンにて 新婚夫婦
しおりを挟む結婚の儀から数日が過ぎた。
王城はまだ余韻に包まれているものの、日常は徐々に戻りつつあった。
ミレナシアは幸せだった。
胸の奥がふわりとあたたかくなり、そのあたたかさが一日中ほどけない。
切ない白い結婚の日々のことなど、あの日カインから本当のプロポーズをされた日に全部帳消しになっている。
我ながらなかなかに簡単なものだった。
(きっとこれがチョロいってことなのですわね、ご先祖様……)
そう自覚したところで、ほほえみは止まらなかった。
仕方ない。恋とは得てしてそういうものである。
朝の挨拶を一緒にし、同じ食卓で同じ紅茶を飲み、視線が合ったらふたりで微かに笑う。
それだけで一日が光に満ちる。
ただ何というか、ふれあいとかいちゃいちゃとか、そう言ったことに関しての進展は全くもって未だにない。
カインが不器用なほど真面目なせいである。
ミレナシアは(その真面目さもとっても素敵……)となっているため、今のところ問題は発生していない。
***
そんなある日の午後だった。
「殿下。少し、話があるのですが」
紅茶の香りが満ちる小さなサロン。
窓の外は陽の光。
ミレナシアは白いカップを手にして、ぱちりと瞬いた。
「はい。どうされました?」
カインは言葉を選ぶように、視線を横へそらし、戻し、また少しそらした。
「……そのうちにユリウスと、美術館へ行くことになりまして。その……殿下も一緒にどうかと」
「まあ。嬉しいです、とても」
ミレナシアの顔がぱっと明るくなる。その後で、浮かぶ疑問にはてと首を傾いだ。
「でも珍しいですわね。美術館へお二人で……それに、わたくしまでお誘いいただけるなんて」
カインは、ごくりと喉を鳴らした。
「いや、その。あいつの……嫁が、いるのだというものですから」
「……あら」
ミレナシアはにこりとした後で、静かに考えた。
(学芸員にそんな方がいらしたかしら……?)
ユリウスは美術品に詳しいから、美術館に知り合いが多い。
けれど、その中の誰かと甘い意味での交流があるという話は、とんと聞いたことがなかった。
(………あっ)
そこで、彼がこの王城にて常套句にしている言葉が思い浮かぶ。
その言葉には本当のことと嘘のことがあって、おそらくカインは、その話をユリウスから直々にされた、のだと思う。
ミレナシアは口を開いた。
「カイン様。その……もしかすると、なんですけれど……」
「はい」
「ユリウス様が、以前こうおっしゃっていたのを、わたくし彼から聞いていまして……」
曰く。
『もーーー毎日毎日見合い見合い縁談縁談! やってられないんだよねえ。いっそのこと絵の中の人間に恋しちゃった、なんて話どうだろう……? いやあながち冗談でもないんだけど、きっと申込みも減るんじゃないかな』
彼の声色すら真似て再現してみせたミレナシアの話を、カインは額へ青筋立てて聞き終えた。
「ユリウスゥゥゥ――――!!」
サロンにはいないはずの副団長へ向けた、騎士団長の怒号が轟いた。
ミレナシアは真正面から風を受けた気になった。こころなしか髪までちょっと後ろへ靡いた気がする。
「あ、あいつっ……くそっ……! 後で覚えとけよ……!」
ミレナシアとカイン。二人の頭にはおそらく同時に、ユリウスがウインクなぞしている顔が浮かんだ。
「あのでも懇意にしてる画家の方がいらっしゃるのは本当みたいですわよ」
「では、その方が」
「御年おいくつだったかしら、確か曾祖父さまと同じ頃の……」
「……」
カインの顔から、今度こそ表情というものが抜け落ちた。
ミレナシアはそっと手を伸ばし、彼のカップへ紅茶をもう一度注いだ。
「大丈夫です、カイン様。わたくしたちは本当の夫婦ですから」
何が大丈夫なのか。しかしこれは、ミレナシアのこのところの決まり文句であったので、カインは仕方なしと息を抜く。
それから、ようやくカップに手を伸ばした。
「とりあえず後で殴ります」
「訓練の範囲でお願いしますわね」
「………善処はします」
サロンには穏やかな笑いが戻り、紅茶の香りが揺れた。
「今度、二人でもどこかへ出掛けませんか」とカインに言われ、ミレナシアが勢い込んで叫ぶまであと少し。
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