ゆめゆめうつつ【真面目委員長の幼馴染が夢の中で魔法少女に・・?】

喜太郎

文字の大きさ
1 / 72
第一章

4月9日(火):図書室にて

しおりを挟む
【京一】


『おーい、京一きょういち。早く来いよ』

 遠くから僕の名を呼ぶ声。陽気な男の子の声である。

 首を巡らし、辺りを見回す。
 周囲はどこもかしこも緑色と茶色ばかり。雑木林の中、僕は地面に尻をついて座り込んでいた。なぜこんなところにいるのだろう、と、記憶を辿ってみたものの、どうにも頭にもやがかかったような感覚があり、うまく思考が働かない。


『みんな遅いよー』

 さきほどの男児の声に続いて、今度は女の子の声が飛ぶ。どちらも声の調子が明らかに幼く、そして立ち上がった僕の目線の高さも幼子のそれであった。

 生い茂る草木によって姿が見えないが、どうやら声の主二人は少し離れたところできゃっきゃと騒いでいる様子だ。


『まったく、もう。あきらもイブも、急ぎすぎ』
 すっ、と僕の隣に少女が立ち並んだ。やはり同じく、幼い。
『クララのことも、ちゃんと待ってあげればいいのに』


 呆れたようにそう言う少女の、そのかたわらには、さらに背の低い少女がもう一人。

『あうう。ごめんなさい。わたしが歩くのおそいから……』


 僕の隣に立っているのは、りん
 そして凛の服の裾を片手で掴みつつ、もう片方の手で小さなクマのぬいぐるみを大事そうに抱えているのは、クララだ。ぐす、と半べそを掻いている。

 先を行く二人は、晃とイブ。
 いかにもやんちゃ少年らしい半そで短パンの少年が、目当ての虫を発見したのか前方の気を指差して駆けていき、その後を少女が追いかける。少女のそのブラウンの髪は、木々の合間から差し込む陽光を受けてきらきらと輝いている。


 どうやら僕らはこの雑木林に虫捕りに来たらしい。
 昔はよくこの五人で遊んでいた。僕と凛と晃は同い年、イブとクララは一つ下だ。


『私たちも、行こ行こ』

 凛がそう言って、後ろ頭に垂らしたポニーテールをふわりとなびかせ、歩き出す。僕とクララも並んで歩く。


 風がそよいで、木の葉の触れ合う音が広がる。森の中でいて、それはまるで海岸で聴くさざ波の音のようだった。
 爽やかな森の中に、無邪気な子供たちの声が調和する。
 とても穏やかな気持ちになった。
 いっそ浮遊感さえ伴うほどの、深い安らぎである。

 そんな安らぎに身をゆだねていたところ、不意に、視界がぼやけ始める。草木の輪郭線がぼやぼやとして定まらない。さらに、グラデーションのように色彩が沈下していく。次第に何も見えなくなっていく……。

 視覚映像が途切れる中、ただ子供たちの楽しげな声だけが耳の奥でこだましていた。

 …………
 ……

  /

 かくん、と首が揺れて、スイッチが切り替わるように意識が覚醒した。

 ゆっくりと、頭を上げた。……呆けた頭が次第に働き始める。
 明瞭な輪郭線を得た視界が写したのは、さきほどと一転して、屋内風景だった。

 そこでようやく、今さっきまでの情景は夢だったのだと気づく。どうやらうたた寝をしながら幼い時分を夢に見ていたようだった。


 ここは図書室だ。

 室内は、しん、と静まり返っている。窓の向こうにグラウンドがあり、運動部員の血気盛んな掛け声が遠く聞こえる。閑散かんさんとした室内で薄く掛け声が聞こえてくるのが、ちょうど心地よいBGMのようになっていて、なるほど眠くなるわけである。


「あ。小智くん、起きた?」
 顔を覗き込むようにして、隣に座る女生徒が声をかけて来る。寝起きの頭にもやさしい、穏やかな声である。

「ごめん。すっかり寝てたや……」
「もう。小智くんってほんとう居眠り多いんだね」

 宮本有紗みやもとありさが、なじるようにそう言う。僕が授業中にいつも居眠りこけているのを知って言っているのだろう。

「ま、でも仕方ないよね。座ってるだけだとどうしても眠たくなっちゃうもの」


 図書室のカウンターの中で、僕と宮本は二人で並んでパイプ椅子に座っていた。

「図書委員って楽な仕事だと思ってたけど、あんまり退屈なのも考えものだね」

 宮本は僕にだけ聞こえるように小さく言って、肩をすくめた。茶色がかったセミショートの髪がふわりと持ち上がる。


 立候補だと時間がかかるからという担任教師の意向によって、生徒の担当委員はクジによって決められた。
 僕が今こうして宮本有紗と一緒に図書室のカウンターの中で座っているのは、すなわち僕のクジ運がそのとき抜群に冴え渡っていたためである。

 宮本はかわいい。いやもう抜群に。

 クラスのマドンナという言葉があるが、彼女はまさしくそれである。

 同じクラスになってまだ日は浅いが、彼女の魅力はよくわかる。明るい笑顔で周囲を和ませたり、と思えばどこか抜けているような天然さで不意に相手を笑わせたりする。
 その柔らかな空気感や、また僕のような者でも例外にせず誰にでも気さくに話しかけるわけ隔てのない優しさから、男子はもちろん女子にも受けがいい。いつもクラスの中心にいる。それが宮本有紗である。

 ちなみにマドンナという言葉は聖母マリアを意味し、転じて魅力的な女性を指す言葉になったそうである。なるほど確かに彼女の清廉潔白な笑顔と屈託のない優しさはまさしく聖母のそれである。


 クジの結果が発表されたとき、小学校来の腐れ縁の友人が暑苦しく顔を近づけてきて言っていた。

『図書委員ってあれだろ、狭いカウンターの中でずっと二人で並んで座ってるじゃん。宮本と一緒に図書委員なんて、お前それ最高じゃねえか。フラグの一つや二つすぐに立つんじゃねえの』

 表示される複数の選択肢を巧みに選び分けることで幾人の美少女を攻略していく類のゲームが大好きな彼は、すぐにそういうことを言う。あほか、とその時は返した。

 もちろん僕にも宮本と仲良くなりたいという願望はある。あるのだが、しかし気がつけば宮本の隣でうたた寝をこいていて、ばっちり夢まで見る始末。授業中ならいざ知らず、こんな場面でも居眠りしてしまうなんて僕の睡眠欲の強さには我ながら呆れる。


「あ、もうすぐだ」

 壁に掛けられた時計を見て、宮本が言った。つられて僕も時計を見る。もうすぐ、というのは図書室の閉館時間のことだ。

「本当だ。思ったより早かった」

 僕がぽつりと言うと、宮本がこちらに顔を向けなおして、「まあね、小智くんけっこう長く眠ってたものね」と、わざと意地悪っぽく言った。

「う、ごめん」
「ふふ、いいよ。誰もカウンターに来なかったし。気持ちよさそうに眠ってたけど、なにかいい夢でも見てたの?」
「え? い、いやそんな、別に大した夢では……」

 僕は慌ててそう言った。
 さっき見ていた夢というと、幼い頃の自分が友人と虫捕りをして遊んでいた情景……。それを説明するのは妙に気恥ずかしかったし、何より本当に大した夢じゃないと思う。

「えー、そうなの? ……ま、どんな夢見てたかなんて聞かれたら恥ずかしいよね」
 そう言って潔く身を引く宮本。察しが良い上に気遣いが出来る、さすがだ。

 壁に設置されたスピーカーから、聞き馴染んだチャイムの音が鳴った。

「時間だね」
 宮本はそう言って席を立ち、読書をする数名の生徒に退室を促していった。僕も立ち上がり、周囲の簡単な片づけをする。

 読書家たちが退室し終えれば、図書委員の仕事は終わりだ。僕らも帰り支度を急ぐ。


「そういえば、」

 鞄を背負って歩き出そうとした宮本が、何か思い立ったようにふと足を止めた。

「小智くんって、けっこうかわいい寝顔してるんだね」


「なっ――」
 突然、予想外なことを言われて僕は硬直してしまった。

「あ、ごめんね。悪いとは思ったんだけど、つい寝顔を覗き込んじゃって。……えっと、それはホラ、他人が恥ずかしがるトコこそどうしても見たくなっちゃう心理でさ」

 宮本は歩みを再開してから、言葉をつづけた。

「でも、委員の仕事中に居眠りする方が悪いですからね。……今度からは覗かれないように、ゆめゆめ、気をつけることだねっ」

 くすっと笑ってそう言い、彼女は足早に図書室から出て行った。

 優しげな、しかしどこかいたずらっ子でもあるような笑顔。そこには天使と小悪魔を同時に思わせるような怪しい魅力があった。


 ――やられた、と、思った。


 男子みんなの人気を博している宮本に対して、もちろん僕も例にもれず好印象はあった。ただし、さすがに本気の恋をしていたわけではない。確かに可愛いなと思うし、いい子だなと思うし、ある種の憧れもある。でもそれは彼女のような美少女には誰しも普遍的に抱き得るもので、取り立てて恋愛感情の枠には入らないだろう。

 ……というのは、ついさきほどまでの話。

 さすがに、あんな不敵な笑顔を間近で見せられると。
 不覚にもときめいてしまった。いやもう、抜群に。


 ――かくして、僕こと小智京一は、クラスのマドンナこと宮本有紗に惚れてしまったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。 ​「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」 ​「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」 ​「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。

処理中です...