4 / 72
第一章
4月10日(水):担任は変わり者
しおりを挟む
【京一】
高校生活も二年目に突入し、進路、という言葉をいやでも意識しなくてはならなくなってくる。僕としてはまだ先延ばしにしたいことであるが、大人たちがそれをずいずいと押し付けて来るわけである。
本日から、放課後に進路面談というものが行われる。出席番号の順に毎日五人ずつほど面談を受けるのだ。僕は初日となる。
「小智クンは、進学希望ですか?」
担任の真田先生が、クイ、と眼鏡を上げて尋ねてきた。
「まあ、そうですかね」
「志望大学はありますカ?」
「まだ、特には」
「将来の職種希望などはありますカ?」
「いえ、それもまだ、特には」
「フム。難儀ですネ」
そう言ってまた、眼鏡をクイと持ち上げる。
真田先生は、僕や凛、晃、宮本など在籍している2―Aの担任教師であり、担当科目は生物。
始め、コミカルな話し方をする教師だなと、印象を受けた。話し方だけでなく格好もいささかコミカルだ。毎日必ず白衣を着て、大きめの眼鏡をかけており、髪の毛はあまり整えられておらずボサボサ気味。
進級してまだ日が浅いので、彼の独特な雰囲気には馴染めていない。そのうえで、一対一の面談など、はっきり言って居心地は悪かった。
「小智クン、君は去年の成績はそれほど悪くはなかったようですネ。きっと今から身を入れて勉強すれば、県内の国立大学を目指すのも不可能ではないと思いますがネ」
「はあ……」
県内の国立大? そもそもそんな敷居の高い大学を目指すだけの理由がないし、あったとしても、僕がそれを目指すというのはさすがに夢を見すぎだ。
きっと、そういう道もあると提示して、生徒を焚きつけようというこの人なりの意図があるのだろう。こんな風貌でありながら、存外、進路面談をただ事務的に済ますような淡白な教師ではないらしい。
「小智クン、私はそれだけキミの伸びしろはあると思っているわけですヨ。しかし、気になるのは授業中の居眠りが多いことですネ。私の授業でもよく気持ちよさそうに眠っているでしょう」
「……すみません。どうしても眠くなってしまって、つい」
「睡眠不足ですかね、小智クン」
「そうかもしれませんね」
「……ふむ。キミは夢をよく見る方かな?」
「え? ……ええ、まあ。確かに夢はよく見るほうかもしれませんけど……」
例えば昨晩などは、宮本に告白をするという、他人には決して知られたくないような恥ずかしい夢を見たものだ。
……だが、なぜ真田先生は急にそんなことを聞いてきたのか。
「えっと、何の話ですか?」
「いやネ、睡眠についてのお話ですよ。睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠という区別があるんですけど、レム睡眠の方が浅い眠りの状態です。――この浅い眠りの最中に、目覚めた後も覚えているような『濃い夢』というのを見るわけです。したがって体感的に『夢をよく見る』人というのは、睡眠が浅い人間だと言える。小智クンが夢をよく見るというなら、やはり睡眠不足なんですネ」
「はあ……」
なぜか唐突に夢うんちくを語り出した生物教師。
「あ、でも、ノンレム睡眠の最中には夢を見ていない、というわけではないんですヨ。深い眠りについているときでも、人は夢を見ている。でもこのとき意識は深層部にまで落ちているので、その夢は淡く、普通なら目覚めた後には覚えてはいないわけですネ」
「…………」
「おっと、つい話し込んでしまいましたネ。いえネ、私、夢というものに非常に関心がありましてネ。……まあとにかく、夢をよく見るというならすなわちキミは睡眠が浅く、慢性的な寝不足だということです。ならば、授業中につい居眠りをしてしまうのもある程度致し方なしとするべきでしょうかネ、うむ」
癖のある喋り方の生物教師は、なにか一人で勝手に納得している様子。なんだかよくわからないが、とにかく早く帰りたい。
結局、なにやら夢についての話を滔々と語られて、奇妙な居心地のまま進路面談は終えられる。僕は短く挨拶をし、逃げるように面談室から出た。
/
昨日は、図書委員で。
本日は、面談で。
二日続けて、帰宅時間が遅れてしまった。本来なら、ホームルームが終わり次第すぐに教室を出て帰路に就いている筈なのである。
そう、いつもならすでに自室にいて、ジャージに着替えてだらだらと過ごしているだろう時刻、だが僕はまだ駅で電車を待っている。向こう側の大きなホームには、部活終わりの爽やかな疲労感を身にまとう同校の生徒たち。対してこちらの小さなホームは閑散としている。
昨日も感じた位相。
同じ時間に同じ場所にいるのだから、同じ感慨に耽るのは道理。
そうだ、宮本はあちら側、僕はこちら側であるとし、したがって彼女への恋心は現実で叶うものではないと自身を戒めたのだったか。……それでその晩のうちに彼女と結ばれる夢を見るなんて、我ながら呆れる。
「また、辛気臭い顔してる」
同じ時間に同じ場所にいるのだから、同じく彼女に会うのは道理。――凛が、僕の座るベンチの隣に並び立った。
味気ない電車移動を経て、最寄り駅へ着く。凛と共に改札を抜ける。
いつもは授業が終わってすぐに帰る僕である、勤勉な彼女とこうして二日連続で下校を共にするなんて妙な心地だ。といっても、特に悪い心地ではない。たまたまタイミングが合致したので一緒に帰っている。会話はないが、気まずくもない。
そう。浮ついた感情などもなく、近くも遠くもなくただ普遍的に接する。
それこそ、リアルな幼馴染像であると思うのだ。思うというか、いま実際にそうあっている。
「じゃ」凛が短く言う。僕は、「あ、うん。じゃあ」と返し、お互い隣り合った家々に入っていった。
帰宅後は、学校で課された宿題を適当に片づけ、あとは本を読んだりゲームをしたりして自堕落に過ごす。
断っておくが、僕は宿題などに対しては割合にちゃんと取り組む方なのだ。やる気があるというよりは、提出をしなかったために先生から色々と言われるのが面倒だからという消極的な理由だが。
夕食後、自室のベッドに寝転んでスマホなど弄る。ぼうっとしていると、次第にあくびを繰り出す間隔が狭くなっていった。――眠い、と思ったときには、すでにもう意識は半ば落ちかけているのだ。やがてそのうち眠りの世界へと落ちていった…………。
高校生活も二年目に突入し、進路、という言葉をいやでも意識しなくてはならなくなってくる。僕としてはまだ先延ばしにしたいことであるが、大人たちがそれをずいずいと押し付けて来るわけである。
本日から、放課後に進路面談というものが行われる。出席番号の順に毎日五人ずつほど面談を受けるのだ。僕は初日となる。
「小智クンは、進学希望ですか?」
担任の真田先生が、クイ、と眼鏡を上げて尋ねてきた。
「まあ、そうですかね」
「志望大学はありますカ?」
「まだ、特には」
「将来の職種希望などはありますカ?」
「いえ、それもまだ、特には」
「フム。難儀ですネ」
そう言ってまた、眼鏡をクイと持ち上げる。
真田先生は、僕や凛、晃、宮本など在籍している2―Aの担任教師であり、担当科目は生物。
始め、コミカルな話し方をする教師だなと、印象を受けた。話し方だけでなく格好もいささかコミカルだ。毎日必ず白衣を着て、大きめの眼鏡をかけており、髪の毛はあまり整えられておらずボサボサ気味。
進級してまだ日が浅いので、彼の独特な雰囲気には馴染めていない。そのうえで、一対一の面談など、はっきり言って居心地は悪かった。
「小智クン、君は去年の成績はそれほど悪くはなかったようですネ。きっと今から身を入れて勉強すれば、県内の国立大学を目指すのも不可能ではないと思いますがネ」
「はあ……」
県内の国立大? そもそもそんな敷居の高い大学を目指すだけの理由がないし、あったとしても、僕がそれを目指すというのはさすがに夢を見すぎだ。
きっと、そういう道もあると提示して、生徒を焚きつけようというこの人なりの意図があるのだろう。こんな風貌でありながら、存外、進路面談をただ事務的に済ますような淡白な教師ではないらしい。
「小智クン、私はそれだけキミの伸びしろはあると思っているわけですヨ。しかし、気になるのは授業中の居眠りが多いことですネ。私の授業でもよく気持ちよさそうに眠っているでしょう」
「……すみません。どうしても眠くなってしまって、つい」
「睡眠不足ですかね、小智クン」
「そうかもしれませんね」
「……ふむ。キミは夢をよく見る方かな?」
「え? ……ええ、まあ。確かに夢はよく見るほうかもしれませんけど……」
例えば昨晩などは、宮本に告白をするという、他人には決して知られたくないような恥ずかしい夢を見たものだ。
……だが、なぜ真田先生は急にそんなことを聞いてきたのか。
「えっと、何の話ですか?」
「いやネ、睡眠についてのお話ですよ。睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠という区別があるんですけど、レム睡眠の方が浅い眠りの状態です。――この浅い眠りの最中に、目覚めた後も覚えているような『濃い夢』というのを見るわけです。したがって体感的に『夢をよく見る』人というのは、睡眠が浅い人間だと言える。小智クンが夢をよく見るというなら、やはり睡眠不足なんですネ」
「はあ……」
なぜか唐突に夢うんちくを語り出した生物教師。
「あ、でも、ノンレム睡眠の最中には夢を見ていない、というわけではないんですヨ。深い眠りについているときでも、人は夢を見ている。でもこのとき意識は深層部にまで落ちているので、その夢は淡く、普通なら目覚めた後には覚えてはいないわけですネ」
「…………」
「おっと、つい話し込んでしまいましたネ。いえネ、私、夢というものに非常に関心がありましてネ。……まあとにかく、夢をよく見るというならすなわちキミは睡眠が浅く、慢性的な寝不足だということです。ならば、授業中につい居眠りをしてしまうのもある程度致し方なしとするべきでしょうかネ、うむ」
癖のある喋り方の生物教師は、なにか一人で勝手に納得している様子。なんだかよくわからないが、とにかく早く帰りたい。
結局、なにやら夢についての話を滔々と語られて、奇妙な居心地のまま進路面談は終えられる。僕は短く挨拶をし、逃げるように面談室から出た。
/
昨日は、図書委員で。
本日は、面談で。
二日続けて、帰宅時間が遅れてしまった。本来なら、ホームルームが終わり次第すぐに教室を出て帰路に就いている筈なのである。
そう、いつもならすでに自室にいて、ジャージに着替えてだらだらと過ごしているだろう時刻、だが僕はまだ駅で電車を待っている。向こう側の大きなホームには、部活終わりの爽やかな疲労感を身にまとう同校の生徒たち。対してこちらの小さなホームは閑散としている。
昨日も感じた位相。
同じ時間に同じ場所にいるのだから、同じ感慨に耽るのは道理。
そうだ、宮本はあちら側、僕はこちら側であるとし、したがって彼女への恋心は現実で叶うものではないと自身を戒めたのだったか。……それでその晩のうちに彼女と結ばれる夢を見るなんて、我ながら呆れる。
「また、辛気臭い顔してる」
同じ時間に同じ場所にいるのだから、同じく彼女に会うのは道理。――凛が、僕の座るベンチの隣に並び立った。
味気ない電車移動を経て、最寄り駅へ着く。凛と共に改札を抜ける。
いつもは授業が終わってすぐに帰る僕である、勤勉な彼女とこうして二日連続で下校を共にするなんて妙な心地だ。といっても、特に悪い心地ではない。たまたまタイミングが合致したので一緒に帰っている。会話はないが、気まずくもない。
そう。浮ついた感情などもなく、近くも遠くもなくただ普遍的に接する。
それこそ、リアルな幼馴染像であると思うのだ。思うというか、いま実際にそうあっている。
「じゃ」凛が短く言う。僕は、「あ、うん。じゃあ」と返し、お互い隣り合った家々に入っていった。
帰宅後は、学校で課された宿題を適当に片づけ、あとは本を読んだりゲームをしたりして自堕落に過ごす。
断っておくが、僕は宿題などに対しては割合にちゃんと取り組む方なのだ。やる気があるというよりは、提出をしなかったために先生から色々と言われるのが面倒だからという消極的な理由だが。
夕食後、自室のベッドに寝転んでスマホなど弄る。ぼうっとしていると、次第にあくびを繰り出す間隔が狭くなっていった。――眠い、と思ったときには、すでにもう意識は半ば落ちかけているのだ。やがてそのうち眠りの世界へと落ちていった…………。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…
senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。
地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。
クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。
彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。
しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。
悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。
――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。
謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。
ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。
この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。
陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる