ゆめゆめうつつ【真面目委員長の幼馴染が夢の中で魔法少女に・・?】

喜太郎

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第一章

4月10日(水):奇妙な夢

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 【京一】

 薄紅色のもやの中を、すいすいと泳ぎ進む。――小人を追って。

 突如、視界がぱっと晴れる。見えたのはアスファルトの地面。
 ――あ、地面だ。と思った途端、今まで浮遊していた体に重力を感じた。そして、勢いよく迫りくる地面に対して為すすべなくそのまま顔から突っ込む。

「いってえ……、いや、痛くないな」
 やはり、夢だから。

 体を起こす。足は確と地面についており、浮遊感もない。


 辺りを見回す。
 アスファルトの道路。
 それを挟み整列する近代住居。
 住宅以外に目立つ建物はなく、遠く向こうに山々の稜線が見える。

 日本全国に無数にあるだろう、ごく一般的な住宅街の景色である。

 だが、そんな『どこにでもある景色』であっても、僕にはここが『どこの景色か』が明確に分かる。無数の候補から確かにそこであると択一できるのは、――ここが小さな頃から見慣れた景色、僕の住む近所の町並みであるからだ。

 ――などと冷静に考えていながら、また困惑もしている。


「なんでこんなところにいるんだ……?」

 ぽつりと、呟く。

 さきほどまでのもやだけの空間と打って変わって、とても『現実的』な風景。しかし間違いなく夢の中である。試しに頬をつねってみるが、さっき地面に顔をぶつけたときと同じく、やはり痛みはない。


「おい、キューピー?」

 あの珍妙な小人の名を、呼んでみる。――しかし、返答がない。僕の呼びかけは、住宅地の閑散とした空気の中に虚しく溶けて行った。

 小人はいなくなっていた。

 まあ察するに、僕はあの奇妙な小人にここへと『案内』されて来たということなのか。しかし当の案内人は、案内をするだけして忽然と姿を消してしまった。あくまで相手を目的地に送り届けることがヤツの役割なのだろうか。

 なぜ僕ここへ連れて来られたのだ?

 いや、連れて来られたと言うのも妙なのだろうか。夢の中なのだから、僕が自分の頭で想像して造り出した景色であるとする方が自然なのではないか。
 夢世界の渡航だとか案内人だとか、そんなものは結局ただの『夢の設定』、僕の脳内妄想による産物だ。冷静になるとやはりそうだと思えて来る。

 所詮夢なら、今の状況も、もやだらけの世界から近所の街並みという場所へと場面転換しただけだと理解できる。

 とすれば、また別の場所を思い浮かべれば景色が変わるのでは……と思い、試してみるがだめだった。景色に変化はない。

「…………」


 立ち竦んでいるだけではどうにもならない。
 僕は歩を進めてみた。

 アスファルトを踏みしめる硬い感触が足裏にしっかりとある。足音も鮮明に耳に入ってきた。夢とは思いがたい感覚の鮮度だ。


 ここは確かに僕の住む住宅地の中。僕の家からそう遠くない位置だ。現実にある通り、遜色なく景色が造られている。実は自分はもうすでに目を覚ましていて、寝ぼけたまま外へ出てきたのではないかとさえ思える。

 人の気配は全くない。閑静な住宅地を、ただ無心で歩く。

 気がつくと小学校の前に来ていた。記憶のままの懐かしい学び舎が目の前にある。


 僕の足は自然と校門を抜けていた。
 卒業以来の景色だ。所々に馴染みのある遊具が並んでいるが、どれも小さい。記憶ではもっと大きな印象であったが。

 校舎内に入る。やはり人気はなく、静かな玄関ホールに僕の足音だけが反響した。

 堂々と並ぶ木製の靴箱。ひとつひとつの蓋に名前が記されている。懐かしい、古い作りのため開け閉めの際に軋んだ音がするのだ。
 昔は一番高いところには背伸びをしなければ届かなかった気がするが、今見るとずいぶん低い。靴箱の隣には傘立てがあり、いくつもの『置き傘』が並んでいた。持ち手部分にはしっかりと名前が書いてある。中には折れて使い物にならなそうなものも見受けられる。

 玄関ホールの高い天井を見上げる。ふう、と息をつく。


 ひとたび冷静になると、いよいよこの状況に対する疑問がぐっと湧き上がる。
 なぜ僕は小学校にいるのか。
 僕が ここにいるのがあの小人の『案内』によるのだとすれば、その目的は何なのだ。
 分からない。
 いや、そもそも意味などなく、すべて僕のくだらない想像が夢として現れているだけなのか。

 呆然としていると、ふと、声が聞こえた。


「あー、きょーいち、こんなとこでなにしてんのー!」
 溌剌とした少女の声だった。

 唐突な呼びかけに我に返り、天井を見上げていた顔を戻して正面に視線を向ける。

「どしたの? 変な顔して」

 腰に手を当ててこちらを見据える少女。後頭部には立派なポニーテールを携えている。


 驚いた。
 そこにいるのは、凛だった。

 しかも、幼い。小学校低学年ぐらいの時分の姿。ちょうどその背景にぴったりと馴染んでいる。


「もう、急いで、授業始まっちゃうよ!」

 彼女は手招きをするようにして僕に言う。突然の事態に思考が追いつかない。しかし彼女は僕の動揺など知る由もなく無慈悲に急かすのだ。

「ほら、上履きに履き替えてさ、早く」

 考える余地もなく、僕は幼い凛に促されるまま外靴を脱ぐ。靴箱の蓋に書き連ねられた名字を目で追ってゆくと、最上段のひとつに僕の名前が見えた。僕は靴箱の蓋に手を伸ばす。

 ……届かない。

 自分の靴箱に手が届かない。つま先立ちをしてようやく届き、外靴と上履きを入れ替えた。上履きを履いて居直ったところで強烈な違和感に気付く。先ほどまでと見える景色が違うのだ。
 ……いや、景色は一緒だが高さが違う。目線の位置が低くなっているのだ。


「……もっと変な顔になってるよ? なに、どしたの?」

 訝しげな顔で僕を見る凛。その凛とも目線の高さが同じだった。いやむしろ凛の方が少し高い。――そうだ、小学生の頃は彼女の方が、少し身長が高かった。

 明らかに自分の体格が幼くなっていた。ちょうど小学校低学年の頃ぐらいと思われる。

「行こ行こ」

 急な肉体の変化に驚いている間もなく、凛が僕の手を引いていく。僕は彼女に連れられるまま廊下を歩き、教室へと入った。


 教室内には同じ年頃の子供たちがいた。
 当時の同級生たちの懐かしい顔が並んでいるのかと思ったが、みんなどれも見覚えのない顔。顔をよく見ようとしてもぼやぼやとしてあまり判然としない。つまりこの夢において彼らはモブということなのだろうか。凛だけが、はっきりと確認できる存在として目の前にいた。

 子供の頃の自分。隣の席には同じく幼い凛。釈然としない気持ちのままとりあえず成り行きを見守ろうと席に座っていると、先生がやってきて授業が始まった。小学生の授業。当然のことながら幼稚な内容。


 何だろうかこの夢は。

 次第に冷静になっていき、改めてこの状況の奇妙さが自覚されてくる。自覚した途端、おとなしく小学生の授業など受けている自分が途端に恥ずかしくなってきた。
 しかし、かといってこの状況から黙って教室を出ていくのもなんだか憚られる。どうしたものかと考えてあぐねていると、また突然、事態が一変した。


 地面が、大きく揺れ出したのだ。モブの子供たちが騒ぎ出す。どうやら地震が起こっているようだ。先生の指示でみな一斉に机の下に潜る。

「きょーいちも早く!」

 凛に言われて僕も机の下に潜る。なんだか懐かしい感じだ。

 しばらくすると揺れは収まり、みんなゆっくりと顔を出す。地震にやたらテンションをあげた子供たちがわあわあと騒ぎ出した。実に子供らしい。先生が生徒の無事を確認していると、ある生徒が窓の向こうの校庭を指さして言う。


「みんな見て! 運動場になにかいるー!」

 その子に促されるまま児童たちは窓に張り付くようにして外を見る。
 僕も気になり、必死に背伸びをして群がる子供たちの頭越しに校庭を見た。……そこには、得体の知れない何か巨大な生物がいた。

 赤い塊。
 異様なシルエットがうねうねと艶めかしく蠢いている。


「おっきなタコだーっ」

 子供が叫んだ。……その通り、そこには、全長三十メートルはあろうかというほど巨大な、タコがいた。


「……へ?」

 思わず素っ頓狂な声が出てしまう。


 タコが、その大きな体躯をうねらせ、おもむろに校舎の方に顔を向ける。子供たちが一斉に悲鳴を上げた。
僕はというと、あまりの超展開に思考が停止していた。

 混乱しつつも、ふと周囲が気になり見回した。
 子供たちの中に、凛がいないのだ。
 正直、この異様な事態の中で唯一現実的な存在に思える凛だったが、どこにも姿がない。逃げたのだろうか。しかし、彼女が周りの子供たちに声もかけずに一人で逃げ去ったりするだろうか、と、奇妙な夢の中なのにそこだけ現実的な疑問が抱かれた。


「待ちなさーい!」
 どこからともなく聞こえたその声が、騒然とする教室内に響く。

 するとまた突然、子供たちが窓の外を指さし始めた。――子供たちの指さす先、鋭い太陽光の中に小さな黒い影が見える。その影は空からものすごい速さで飛来し、瞬く間に校庭に降り立った。


「「あ、あれはーっ」」

 子供らは声をそろえて叫ぶ。

「「マジカル☆リンちゃんだっ」」


 箒とステッキを携えてそこに立つ少女は、さきほどまで近くにいたはずの幼い凛だった。

 黒いとんがり帽子を目深にかぶり、黒いローブに身を包み、ステッキと箒を携えている。ローブの下に覗く服にはセーラーカラーの襟がついており、穿いていたスカートはチェック柄に代わっている。

 古典的な『魔女』のスタイルに少々アレンジを施したような、そんな姿で、巨大生物と対峙している。


 僕は今一度、心の中で叫ぶ。――なんだこの夢は。

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