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第一章
4月12日(金):夢について
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【京一】
「小智クン。昨日はどうもありがとうございましたネ」
放課後。
今日は図書委員の仕事も山本の頼み事もないし、さっさと帰ろうとしたところ、真田先生に呼び止められた。
「昨日、山本クンに代わって化学準備室の掃除、手伝ってくれたそうじゃないですか。宮本クンに聞きましたヨ」
「ああ、いえいえ」
本日、念願のカエルの解剖授業を実施できたためか、妙ににこやかな真田先生。彼自身は爽やかな心持ちだろうが、その笑顔は少々不気味である。
「しかし、掃除の手伝いをしてくれる真面目さがあるのなら、やはり普段の授業ももう少し真面目に受けてほしいもんですけどネ。キミはいつも居眠りばかりですから」
またその話か。進路面談のときも言われたが。
昨日のことを労うふりをして、実は居眠りの注意をするのが目的なのか、なるほど担任として、生徒が授業中に居眠りをしてばかりなのが相当気にかかっているらしい。……意外とちゃんとした教師である。
「日中に眠気を堪えられないというのは、やはり慢性的な睡眠不足ではないでしょうかネ、小智クン。……たとえば寝る直前まで、暗い部屋でスマホの画面などを見続けているとか。そういった習慣があると、睡眠の質は落ち、眠りが浅くなりますからネ」
「はあ……」
わざわざ面と向かって言われずとも、よく聞く話だ。確かにそういった習慣がついてしまっているが、イマドキの高校生ともなればむしろそれが普通ではないだろうか。
「そして睡眠が浅いというのは、鮮明な夢をよく見るということですネ。夢、よく見ると言っていましたよネ、小智クン」
「え、ええ……」
「いえネ、小智クン、以前に夢についての話をしたとき、ずいぶんと興味深そうに聞いてくれていましたのでネ。また少し、夢についてのお話しをしたいと思ったのですヨ」
「え?」
進路面談のときのことか。
そのとき、僕は興味深そうにしていたつもりはないのだが……。というか、今僕に話しかけてきた目的は、昨日のことを労うのでも、居眠りの注意をするのでもなく、夢うんちくを語りたいがためだったのか。……やはり、変わった教師である。
「フム、――夢。以前もお話ししたように、夢には二種類ありましてネ。
浅い睡眠時に見る鮮明なる夢と、深い睡眠時に見る淡い夢。前者は、せいぜい『寝ながら想像する映像』、我々が一般的に夢と認識するのはこちらの方ですが、後者――ノンレム睡眠時に見る夢の方こそ、真なる夢とも言える、特別なモノなのですヨ。
というのも、深い睡眠時は意識が深層部にまで落ちているわけですから……その際に見る夢は、すなわちその人の意識の根幹部とも言える情景なのです。強いこだわり、秘めた憧れや趣味嗜好、行動理念、心の原風景――ああ、興味深い! その夢は当人の記憶には残らないですが、……もし他人の深層夢を覗き見られたなら、とても面白いと思いませんか?」
「え、えっと……?」
白熱する、生物教師。僕は困惑しながら長身の彼を見上げることしかできなかった。
「――ああ、すみませんネ。つい熱が入ってしまいました。私、夢についてとても関心があるのですヨ。元々は、大学時代の所属ゼミの教授が夢について研究をしていて、その方に色々と教えてもらったのですが」
「そ、そうなんすか……」
「エエ。――そうだ、小智クンもその大学に進学したらどうですかネ。その教授はまだ在籍していますから、お話しを聞けますヨ。そういえば来月あたり、その大学のオープンキャンパスがありましたネ、二年生の内からそういうものに参加しておくのも大切ですヨ。職員室のデスクに資料も置いていますから、今から取ってきてあげます」
「え? いえ別に、そんな……」
「遠慮することはありません、すぐ取って来るから、ちょっと待っていなさい」
そう言って真田先生は颯爽と歩いて行ってしまう。
突然、オープンキャンパスに行くことを推奨されてしまった。……なんだろう、少々歪だが、彼なりに生徒の進路などを真面目に考えてくれているということなのだろうか。掴めない人である。
/
「さっき真田先生につかまってたけど、何を話してたんだ?」
電車の中。晃が同情するような顔で聞いてきた。
「いや、よくわからない」
「なるほど」
僕の不明瞭な説明であっさり納得する晃。
「ところで、晃」
話題を変え、気になっていたことを彼に聞く。
「……凛って、カエルがかなり苦手だったみたいだけど。子供の頃、カエルにまつわるようなこと、なにかあったっけ?」
「えっ、京一、お前忘れてたのかよ?」
心底意外そうな顔でこちらを見る晃。僕は肩を竦めると、彼は電車のつり革をぼんやり見上げながら話し始める。
「うーん、あれはいつだったっけかな、小学校低学年だったか。俺とお前と凛と、あとイブとクララ。いつもの五人で外で遊んでてさ。たぶん追いかけっことかだったんだろ。凛が転んでじまって、前に手をついたところに丁度カエルがいたんだ。
――そのまま、べちゃっとな……。
ありゃもうモザイク必至だったね。凛はショックでめそめそ泣くし、つられたクララがそれ以上に大泣きするしで、たいへんだった。当時の俺らにしたら結構な事件だったなあ」
「……そういえばそんなこと、あった気がする」
晃に詳細を聞かされてはじめて思い出した。
それがトラウマになって、凛はカエルが大の苦手になったのだ。見るだけでも嫌なのに、解剖なんてもってのほかだろう。
それでも授業を休まないどころか、仲の良い宮本に弱音を吐くことすらしなかった。凛は、そういう人間だ。
トラウマに打ち勝ってみせようと、彼女は気を振り絞って本日の授業に臨んだことだろう。
――たとえば。
そんな日の前夜に夢を見たとして。その内容が、苦手なカエルになんとか立ち向かおうと奮起するといった内容だったとしても、不自然ではない気がする……。
「小智クン。昨日はどうもありがとうございましたネ」
放課後。
今日は図書委員の仕事も山本の頼み事もないし、さっさと帰ろうとしたところ、真田先生に呼び止められた。
「昨日、山本クンに代わって化学準備室の掃除、手伝ってくれたそうじゃないですか。宮本クンに聞きましたヨ」
「ああ、いえいえ」
本日、念願のカエルの解剖授業を実施できたためか、妙ににこやかな真田先生。彼自身は爽やかな心持ちだろうが、その笑顔は少々不気味である。
「しかし、掃除の手伝いをしてくれる真面目さがあるのなら、やはり普段の授業ももう少し真面目に受けてほしいもんですけどネ。キミはいつも居眠りばかりですから」
またその話か。進路面談のときも言われたが。
昨日のことを労うふりをして、実は居眠りの注意をするのが目的なのか、なるほど担任として、生徒が授業中に居眠りをしてばかりなのが相当気にかかっているらしい。……意外とちゃんとした教師である。
「日中に眠気を堪えられないというのは、やはり慢性的な睡眠不足ではないでしょうかネ、小智クン。……たとえば寝る直前まで、暗い部屋でスマホの画面などを見続けているとか。そういった習慣があると、睡眠の質は落ち、眠りが浅くなりますからネ」
「はあ……」
わざわざ面と向かって言われずとも、よく聞く話だ。確かにそういった習慣がついてしまっているが、イマドキの高校生ともなればむしろそれが普通ではないだろうか。
「そして睡眠が浅いというのは、鮮明な夢をよく見るということですネ。夢、よく見ると言っていましたよネ、小智クン」
「え、ええ……」
「いえネ、小智クン、以前に夢についての話をしたとき、ずいぶんと興味深そうに聞いてくれていましたのでネ。また少し、夢についてのお話しをしたいと思ったのですヨ」
「え?」
進路面談のときのことか。
そのとき、僕は興味深そうにしていたつもりはないのだが……。というか、今僕に話しかけてきた目的は、昨日のことを労うのでも、居眠りの注意をするのでもなく、夢うんちくを語りたいがためだったのか。……やはり、変わった教師である。
「フム、――夢。以前もお話ししたように、夢には二種類ありましてネ。
浅い睡眠時に見る鮮明なる夢と、深い睡眠時に見る淡い夢。前者は、せいぜい『寝ながら想像する映像』、我々が一般的に夢と認識するのはこちらの方ですが、後者――ノンレム睡眠時に見る夢の方こそ、真なる夢とも言える、特別なモノなのですヨ。
というのも、深い睡眠時は意識が深層部にまで落ちているわけですから……その際に見る夢は、すなわちその人の意識の根幹部とも言える情景なのです。強いこだわり、秘めた憧れや趣味嗜好、行動理念、心の原風景――ああ、興味深い! その夢は当人の記憶には残らないですが、……もし他人の深層夢を覗き見られたなら、とても面白いと思いませんか?」
「え、えっと……?」
白熱する、生物教師。僕は困惑しながら長身の彼を見上げることしかできなかった。
「――ああ、すみませんネ。つい熱が入ってしまいました。私、夢についてとても関心があるのですヨ。元々は、大学時代の所属ゼミの教授が夢について研究をしていて、その方に色々と教えてもらったのですが」
「そ、そうなんすか……」
「エエ。――そうだ、小智クンもその大学に進学したらどうですかネ。その教授はまだ在籍していますから、お話しを聞けますヨ。そういえば来月あたり、その大学のオープンキャンパスがありましたネ、二年生の内からそういうものに参加しておくのも大切ですヨ。職員室のデスクに資料も置いていますから、今から取ってきてあげます」
「え? いえ別に、そんな……」
「遠慮することはありません、すぐ取って来るから、ちょっと待っていなさい」
そう言って真田先生は颯爽と歩いて行ってしまう。
突然、オープンキャンパスに行くことを推奨されてしまった。……なんだろう、少々歪だが、彼なりに生徒の進路などを真面目に考えてくれているということなのだろうか。掴めない人である。
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「さっき真田先生につかまってたけど、何を話してたんだ?」
電車の中。晃が同情するような顔で聞いてきた。
「いや、よくわからない」
「なるほど」
僕の不明瞭な説明であっさり納得する晃。
「ところで、晃」
話題を変え、気になっていたことを彼に聞く。
「……凛って、カエルがかなり苦手だったみたいだけど。子供の頃、カエルにまつわるようなこと、なにかあったっけ?」
「えっ、京一、お前忘れてたのかよ?」
心底意外そうな顔でこちらを見る晃。僕は肩を竦めると、彼は電車のつり革をぼんやり見上げながら話し始める。
「うーん、あれはいつだったっけかな、小学校低学年だったか。俺とお前と凛と、あとイブとクララ。いつもの五人で外で遊んでてさ。たぶん追いかけっことかだったんだろ。凛が転んでじまって、前に手をついたところに丁度カエルがいたんだ。
――そのまま、べちゃっとな……。
ありゃもうモザイク必至だったね。凛はショックでめそめそ泣くし、つられたクララがそれ以上に大泣きするしで、たいへんだった。当時の俺らにしたら結構な事件だったなあ」
「……そういえばそんなこと、あった気がする」
晃に詳細を聞かされてはじめて思い出した。
それがトラウマになって、凛はカエルが大の苦手になったのだ。見るだけでも嫌なのに、解剖なんてもってのほかだろう。
それでも授業を休まないどころか、仲の良い宮本に弱音を吐くことすらしなかった。凛は、そういう人間だ。
トラウマに打ち勝ってみせようと、彼女は気を振り絞って本日の授業に臨んだことだろう。
――たとえば。
そんな日の前夜に夢を見たとして。その内容が、苦手なカエルになんとか立ち向かおうと奮起するといった内容だったとしても、不自然ではない気がする……。
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