ゆめゆめうつつ【真面目委員長の幼馴染が夢の中で魔法少女に・・?】

喜太郎

文字の大きさ
17 / 72
第二章

4月15日(月):調理実習

しおりを挟む
 【京一】

 僕はかねてより、『家庭科』という科目の意義についてはいささか懐疑的であった。
 もちろん、いずれ社会に出る者として家庭科を学ぶことに意義はあるはずだ。家庭に関しての法律を学んだり、自身のライフコースを考えさせられたり、あるいは衣食住に関する知識など、それら座学での授業は、確かに、意義あるものだと思える。

 では実習はどうか。
 裁縫や調理を、高校の授業で実践することに意義はあるのだろうか。家庭科は決して主婦技術を学ぶ科目ではないはずだ、ならばわざわざ授業でこれらを実践する必要などないのではなかろうか。

 ――などと心中でぼやきながら、僕は必死に材料の分量を量っていた。

 お菓子作り。
 高校二年にもなってこんな実習をさせられるとは。家庭科担当の中年の女教師は、新学年に入ってまだ馴染めていないであろうクラスを和ませようなどと考え、これを実施した。そんなお節介も含め、少々変わった教師なのである。自身の欲望に基づいてカエルの解剖を実施した真田先生といい勝負だ。


 任意のグループを作り、各グループで好きに菓子を作る。
 僕は、晃と山本と三人でのグループを組んだ。

 不慣れな男でも簡単に作れるレシピなど調べればいくらでも出てきた。
 だが、安易なレシピに逃げてどうする、せめて少しでも男らしいスイーツ作ってやろうぜ、などと男の悪ノリが湧き上がり、審議の結果、『コーヒーゼリー』を作ることに決まった。それも、でかでかとしたボウルいっぱいに作って三人でがっついてやろう、という算段。

 いやまあ、それでも決して難しいレシピではなかったはずだ。
 ただし少しでも分量を間違えてしまっては凝固しないし、そのうえ授業時間内にゼリーを固めるためにはレシピを無視して多少強引な手段を用いらなければならなかった。


「おい、京一。なんだこれ」
「さあなぁ……。コーヒーゼリーでないことだけは確かだな」
「おーっ。アニメとかでよくあるよな、不器用な女の子が料理したら黒い物体ができちゃうやつ! ……アレ、ほんとにできるんだな」

 僕ら三人の目の前に置かれたモノ――大きなボウルいっぱいに溜まっているのは、どろどろとした黒い液体だ。完全な液体ではなく、わずかばかりに凝固し始めている様が一層怪しい。まるで「テケリ・リ」などと奇妙な鳴き声を発する怪生物のよう。

 不慣れな男がレシピを捻じ曲げて強引にお菓子など作っては、成功するはずもない。僕らは苦い思いを味わわされた。……ちなみに味は苦くはなかった。砂糖を入れすぎたのか、妙に甘ったるくて食べられたものではない。いやでも調理実習で作ったものを捨てられようか。

 僕はジャンケンに負けた。


「……なにそれ」

 僕らのテーブルのそばを通りかかった凛が、顔を歪ませて言う。

 チョキを出してストレート負けした僕が一人で半分以上を平らげて残りはわずかになっていたが、ボウルの隅にちんまりと残るそれだけでさえ、通りすがりに目につくほど奇怪なオーラを放っていたらしい。


「……コーヒーゼリー」
「そのチャレンジ精神は立派ね」

 それだけ言って、凛はそそくさと行ってしまった。――と思ったが、何かを手にしてすぐに戻って来た。凛と、そして隣には宮本もいる。


「これ、うちのグループで作ったやつ」

 凛が、すとん、とテーブルに置いた皿の上には、小さなチョコレートケーキが載っていた。
 しっとりした生チョコ。これはパウンドケーキというやつだ。

「君たちのトコは……失敗しちゃったみたいだね。可哀想だから、持ってきてあげたよ。でも余ってるのはこれだけだから、仲良く分けて食べてね」
 宮本が、笑顔でそう言った。まるで慈悲深い天使である。

 生チョコケーキを置いて、そのまま二人はすぐに自分たちのグループのテーブルに戻っていった。どうやら凛と宮本と、そのほか数名の女子で一つのグループを組んでいるらしい。
 宮本は、確かお料理研究会に所属している。凛は、毎日台所に立っているはず。この二人が作ったものなのだから、クオリティが高いことは食べるまでもなく分かる。


「……おい京一」
 晃が、ふと僕の顔を見て言う。
「これはお前に全部くれてやるよ」

「えっ」

「凛と宮本がここに持ってきたのは、悔しいけど、これはほぼお前に渡しに来たようなもんだろ」

「なんでだよ」

「それはそうだよな、委員長は俺たちの方なんかまったく見てなかった。委員長の目は、――京一、お前に向いてたぜ。まあ憐みの目だったけど」

 山本も、ウンウンと頷きながらそんなことを言うのだ。

「え、あ、いや……」

「いいんだ気にするな。お前はこのおぞましいモノを半分以上引き受けてくれた。その礼もある。ほれ食えよ」

「ああ。この残りの少しは、俺たちがなんとか食ってみせる。京一はそいつで癒されていてくれ」

 晃が、なにか漢気を感じさせるように僕にチョコケーキを薦めてくる。やはり山本もそれで異議なさそうに頷いている。

 いや、でも……。
 実は僕は、チョコが苦手なのだ。

 彼女らの作ったこのチョコケーキは間違いなく完成度が高く、おいしいのであろうが……チョコ嫌いである僕は生憎それを美味しく頂けない。
 しかし、とてもそんなことを言い出せる空気ではなかった。

 ここは逆に僕が漢気を見せなければならない。……僕は譲ってくれた二人の友人にお礼を言いつつ、凛と宮本が作ったチョコレートケーキにかじりついた。


       /


「ふう……」

 帰宅し、自室で制服から部屋着に着替える。

 今でも、なんとなく甘ったるい味が残っているような錯覚になる。
 なんとか、苦手だということを悟られずにチョコケーキを食べることが出来た。
 まさか暗黒物質のごとく異物を切り抜けたのちに、さらなる関門が待っていようとは。

 さすがに吐くなんてことはしないが、でもあの一切れを全部食べるのは、少し気分が悪くなってしまった。どうしても嫌いだという認識を持ってしまっている以上、もう体が受け付けないのである。いや、僕が苦手でなければ絶対に美味しいケーキなのだと思うが。


 凛が宮本と共に僕らのテーブルへあれを渡しに来たということは、彼女は僕がチョコ嫌いであると知らなかったということだろう。
 あのときの凛は、お前の苦手なものをくれてやるぞなどという態度ではなかったし、そもそも彼女はそういう悪ふざけはしない。

 ただし思い返せば、僕がチョコ嫌いになった場面に、凛はいたような気がする。

 あれは小学校に上がったばかりの頃だったか。
 ――二月十四日に、凛がチョコをくれた。
 それは、ふわふわの生チョコケーキだった。しかも、今日のように余りの一切れ分などではなく、しっかり一個分。母親と一緒に作ったのだという(今になって察するにおそらくほとんどは母親が作ったのであって、凛は手伝い程度だったのだろうが)。

 凛がくれたチョコケーキ。もらったのはすごくうれしかったのだが、食べると、申し訳ないが気持ち悪くなってしまったのだ。

 今日と同じで、僕が苦手でなければ美味しい出来だったに違いないのだが。何かこう、しっとりしていて濃い味が口に残る感じがどうしても不快に思えてしまう。自分のそういった嗜好を、そのときに初めて自覚した。
 頑張って食べたが、しかしどうしても気持ち悪いのが顔にでてしまって、凛にものすごく謝られたし、逆に僕もものすごく謝ったし、……せっかくチョコをくれたのに、気まずい空気になってしまった。

 幼い頃の苦い思い出を頭に浮かべつつ、僕はベッドに横になり、静かに瞼を閉じた……。


 ……
 …………


「ドモドモ、京一サン!」

 僕は、薄紅色のもやの中で小人と対面していた。

「はいはい、ドーモ……」
「んー、なんデス、元気ないデスヨ? 挨拶は元気よく、これ鉄則デス!」

 僕の顔の前で浮揚する小人は、腰に両手を据え、溌剌な声でそう言う。


 始めにこいつと会ってから、すでに六日ほど経っただろうか。この夢は、今なお毎晩続いている。安らかな眠りを享受できる夜が訪れる気配は未だ見えないのだ。

 こいつが僕の夢の中に現れるのは、曰く、僕が不健全でふしだらな夢を見ていたから。そんな僕に健全で清純な他人の夢を見せつけ、性根を叩き直すのが目的であるらしい。
 それが『夢の案内人』たるこの小人の役目なのだとか。
 もう改心するからこんな意味不明な夢を見せるのは勘弁してくれ――と何度か懇願したものの、こいつは聞く耳を持たない。


 以前もそう宣言されたように、これからもまだまだ継続して、毎晩、僕の夢に介入して来るつもりでいるらしい。
 夢は、小人のフィールドだ。
 夢世界を自由に行き来し、『明晰夢』の力だとかを持つこの小人に対し、せいぜい子羊のごとき僕では抗いようはないのだ。

 そんな夜も、六日目を数えればすでに慣れてしまっていて、もう小人の登場に動ずることもない。今はもう大人しく、ただ小人の『案内』に従うのみである。


 昨日までと同じく、もやの中を推進してゆく小人。夢世界での『案内』だ。
 僕は、ぱたぱたと上下するその羽を追う――……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。 ​「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」 ​「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」 ​「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。

処理中です...