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第四章
5月2日(木):遅刻をした朝
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【京一】
目が覚め、ゆっくり上半身を起こして時計を見る。
「…………」
やってしまった。寝坊だ。
僕はいつも授業開始直前に教室に入っているわけだが、そのいつもの電車にさえ間に合わない。
言い訳の弁もたたない、直球ど真ん中スレートの遅刻である。
寝坊し、いつもの電車に間に合わない旨を晃にメッセージで伝えたところ、何かのキャラが腹を抱えて笑い転げているスタンプが返される。あのやろう。
ここまでがっつり遅刻だと、いつも以上にきつく凛に睨まれるなあ、と思いながらも急いで用意を済ませて最寄り駅へ向かった。
ピ、と、定期券をかざして改札を抜け、プラットホームに出る。
いつも学生や会社員がまばらにいるホームだが、この時間では一人もいないだろう――と思ったが、一人、電車を待っている人がいた。
遠目だが、学生だと分かる。制服は見慣れたもので、女子だった。
駅舎からホームに出た直後、朝日が鋭く差し込み、視界が白く覆われた。
すぐにホームの屋根の下に入り、陽性残像がすうっと薄まった後――ホームに立つ先客の後ろ姿がはっきりと見え、そこで僕は驚愕した。
凛だった。
ホームの端の方で姿勢よく立ち、電車を待っていたのは、凛だったのだ。
次に来る電車に乗って学校へ到着しても、その頃には一限目は終了している時間なのだが。
凛は僕に気付くと、ものすごく苦い顔をした。
「り、凛がこんな時間に登校なんて、……どうしたんだ?」
動揺のあまり挨拶も忘れ、僕は彼女に言った。
「……別に。私だってそういう日もあるわよ」
ツン、とそっぽを向いて、凛はそう言う。
そういう日もあると言うが、僕の知る限り彼女が遅刻をしたことなんて今まで一度もない。それは高校生になってからだけでなく、小・中学生の頃を含めての話だ。
電車は、すぐに来た。
凛と並んで座り、電車に揺られる。いつもの登校時には、大方いびきをかいて爆睡する晃が隣にいるので、こうして彼女と一緒に登校するのはとても違和感がある。
いや僕が違和を感じるどころの話ではなく、現況は平時の状況とは明確に違うのだ。この電車は遅刻の便なのに、凛が一緒に乗っているのだから。
「凛が遅刻するなんて、初めてだよな……」
「そうだったかな」
「そうだよ。今までそんなことなかったから。なのに今日はどうして?」
「別に、なんでもいいでしょ」
見た限り、あるいはこうして話す様子からして、取り立てて体調が悪いというわけではなさそうだ。
僕に対してやや攻撃的な口調で話すのもいつも通り。あまりじっと顔を見るのは憚られるが、一見した限りでは顔色が悪いようにも見えない。
「もしかして、寝坊した?」
隣に静かに座る彼女に、僕は訊ねてみた。
「あんたと一緒にしないでよ」
「じゃあなんでこんな時間に?」
「…………」
むむ、と口をつぐむ凛。
「うるさいな、もう。なんだっていいでしょ」
そう言って彼女は顔を背ける。
その態度にはこれ以上聞いてくるなという硬い意思が感じられた。
ここで、無理に問い質そうとすれば、凛に嫌われてしまうかもしれない。
もともと僕への好感度など取り立てて高くはないだろうが、いっそ地平に近いその好感度が地の底にまで下落しかねない。
しかし……なにか悩みがあるなら、聞くだけでも聞いてやりたい――そうは思うが、言いたくないことを無理に聞き出すのは良くない。
仮にそれが相手の助けになってやりたいという正義心に基づいてであれ、配慮を欠くのは好ましくない。自らの正義を無理に押し付けるのは、いっそ悪にさえなり得ると僕には思えるのだ。
だから、僕にはそれ以上の詮索はできなかった。
だが、かといって放っておくことはできない。
そう……今まで一度も遅刻なんてしたことがなかった凛が、こんな時間に登校していること――あるいは、この二日で彼女の『夢』に異変が生じていること、それらを考えれば、彼女がなにか問題を抱えていることは確実なのだ。
出来ることなら力になってやりたいと思う心と、しかしでは彼女が何に悩んでいるのかが聞き出せないという状況とで、僕の中にむず痒いジレンマが渦巻いていた。
ガタン――、と、電車が揺れ動く。
目が覚め、ゆっくり上半身を起こして時計を見る。
「…………」
やってしまった。寝坊だ。
僕はいつも授業開始直前に教室に入っているわけだが、そのいつもの電車にさえ間に合わない。
言い訳の弁もたたない、直球ど真ん中スレートの遅刻である。
寝坊し、いつもの電車に間に合わない旨を晃にメッセージで伝えたところ、何かのキャラが腹を抱えて笑い転げているスタンプが返される。あのやろう。
ここまでがっつり遅刻だと、いつも以上にきつく凛に睨まれるなあ、と思いながらも急いで用意を済ませて最寄り駅へ向かった。
ピ、と、定期券をかざして改札を抜け、プラットホームに出る。
いつも学生や会社員がまばらにいるホームだが、この時間では一人もいないだろう――と思ったが、一人、電車を待っている人がいた。
遠目だが、学生だと分かる。制服は見慣れたもので、女子だった。
駅舎からホームに出た直後、朝日が鋭く差し込み、視界が白く覆われた。
すぐにホームの屋根の下に入り、陽性残像がすうっと薄まった後――ホームに立つ先客の後ろ姿がはっきりと見え、そこで僕は驚愕した。
凛だった。
ホームの端の方で姿勢よく立ち、電車を待っていたのは、凛だったのだ。
次に来る電車に乗って学校へ到着しても、その頃には一限目は終了している時間なのだが。
凛は僕に気付くと、ものすごく苦い顔をした。
「り、凛がこんな時間に登校なんて、……どうしたんだ?」
動揺のあまり挨拶も忘れ、僕は彼女に言った。
「……別に。私だってそういう日もあるわよ」
ツン、とそっぽを向いて、凛はそう言う。
そういう日もあると言うが、僕の知る限り彼女が遅刻をしたことなんて今まで一度もない。それは高校生になってからだけでなく、小・中学生の頃を含めての話だ。
電車は、すぐに来た。
凛と並んで座り、電車に揺られる。いつもの登校時には、大方いびきをかいて爆睡する晃が隣にいるので、こうして彼女と一緒に登校するのはとても違和感がある。
いや僕が違和を感じるどころの話ではなく、現況は平時の状況とは明確に違うのだ。この電車は遅刻の便なのに、凛が一緒に乗っているのだから。
「凛が遅刻するなんて、初めてだよな……」
「そうだったかな」
「そうだよ。今までそんなことなかったから。なのに今日はどうして?」
「別に、なんでもいいでしょ」
見た限り、あるいはこうして話す様子からして、取り立てて体調が悪いというわけではなさそうだ。
僕に対してやや攻撃的な口調で話すのもいつも通り。あまりじっと顔を見るのは憚られるが、一見した限りでは顔色が悪いようにも見えない。
「もしかして、寝坊した?」
隣に静かに座る彼女に、僕は訊ねてみた。
「あんたと一緒にしないでよ」
「じゃあなんでこんな時間に?」
「…………」
むむ、と口をつぐむ凛。
「うるさいな、もう。なんだっていいでしょ」
そう言って彼女は顔を背ける。
その態度にはこれ以上聞いてくるなという硬い意思が感じられた。
ここで、無理に問い質そうとすれば、凛に嫌われてしまうかもしれない。
もともと僕への好感度など取り立てて高くはないだろうが、いっそ地平に近いその好感度が地の底にまで下落しかねない。
しかし……なにか悩みがあるなら、聞くだけでも聞いてやりたい――そうは思うが、言いたくないことを無理に聞き出すのは良くない。
仮にそれが相手の助けになってやりたいという正義心に基づいてであれ、配慮を欠くのは好ましくない。自らの正義を無理に押し付けるのは、いっそ悪にさえなり得ると僕には思えるのだ。
だから、僕にはそれ以上の詮索はできなかった。
だが、かといって放っておくことはできない。
そう……今まで一度も遅刻なんてしたことがなかった凛が、こんな時間に登校していること――あるいは、この二日で彼女の『夢』に異変が生じていること、それらを考えれば、彼女がなにか問題を抱えていることは確実なのだ。
出来ることなら力になってやりたいと思う心と、しかしでは彼女が何に悩んでいるのかが聞き出せないという状況とで、僕の中にむず痒いジレンマが渦巻いていた。
ガタン――、と、電車が揺れ動く。
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