ゆめゆめうつつ【真面目委員長の幼馴染が夢の中で魔法少女に・・?】

喜太郎

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第四章

5月3日(金):待合室にて

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 【京一】


 本日からゴールデンウィークになった。連休だ。
 例年なら、さて思う存分だらだら過ごしてやろうと意気込むところ。
 もちろんそのつもりではあるが、それよりもまず気にかかることがあった。
 凛のことだ。

 結果的に言うと、その日は色々とあって自堕落な休日とはならなかった。


 凛の父親が入院することになったのだ。

 入院といっても重大な病が発覚したわけでなく、ただの検査入院である。
 とは言えその検査の結果で重大な病など発覚する可能性を否定はできないわけだが、その場合にも早期対処ができる。そのための検査入院。別に、悲観的になるものではない。


 どうやら、凛の父はここのところ働き詰めで疲労を蓄積させてしまっていたらしい。



 凛の父というと、思い出すことがある。
 小学生の頃、ある年の運動会で、夜勤明けで疲れ切っている体で娘の活躍を見にやって来た。彼の妻(すなわち凛の母親)や、僕の両親までも制止する中、その疲労困憊こんぱいの体で父兄参加競技にまで出場したのだ。
 もはや体からどんよりと負のオーラを発していたが、それでも娘には爽やかな笑顔を向けていた。

 凛の父親は、そんな人なのだ。

 ここ数年はまともに会う機会はなかったが、たぶん今でも変わらずそういった『無理をする』体質なのだろう。今回、それが崇ってしまったわけだ。


 話しによればどうやら今日も無理を押して仕事に行こうとしていたところを、凛が休んでくれと強く言ったらしい。
 だから、こうなった。
 凛がいなければ、きっとさらに無理を続けていたに違いなく、そしてその先で良くないことが起こっていた可能性はある。


 そこで察したのは、数日前から凛が悩んでいたのはそのことだったのだろうということ。

 以前から凛が心配をしていたが、彼女の父は頑として、自らの体にムチを打っていた。ある種の頑固者だと言える。凛の父だけあるな、と思う。


 つまり凛は、父のその頑固さ、無理をしてでも頑張るという『』を前にして、どうしても身を引いてしまって強く言えなかったのだ。
 それが今朝になって、意を決し、仕事を休んでほしいと訴えることができた。


 昨日の夜、夢の中で僕が行ったことがその手助けとなったのかどうかは分からない。そんなことは、確認のしようがないのだ。
 ――今なお思うが、結局あの夢のことはすべて僕の脳内妄想の産物であったのかもしれないし、あの小人の言っていたことなどを信じる根拠など何一つないのだ。

 夢の世界で怪物を倒したから凛の悩みが解消された?
 そんなこと、つい一夜明けた今になって思い返しても、なんだかバカらしいように思える。昨晩はいたって真面目な思いで夢に臨んだものだが、そんな自分が少し気恥ずかしくさえある。


 だから、凛が父に進言できた理由も、ただ彼女が勇気を出せたということに他ならないのだ。僕が手助けしたなんて烏滸おこがましい。
 なにせ凛はとても強い人間なのだから。僕はそれをよく知っている。



 欠勤を決め、念のため病院で診てもらおうということになり、そして検査入院の運びとなった。
 凛の父の入院に際して、僕の母が色々と世話をした。隣人に世話をかけてしまうことに恐縮する彼を、「こういうときはお互いさまだから」と言って堂々となだめる母。なんというか、母は強し、と感じた。


 母に連れられて、僕も病院に行った。
 だが僕が同伴したところでなんの役にも立つわけでもなく。

 久しぶりに見た凛の父親は、確かにいかにも仕事疲れを溜め込んでいる様子ではあったが、しかしながらその表情はどこか清々しくもあった。
 いやでも、そこに僕がいることにはさしたる意味はないはずである。なにゆえ息子を連れてきたのか、母よ。


 凛と顔を合わせると、彼女はなにやら複雑そうな顔をしていた。

 清々しい顔をしていた父親に比べると、いくらか浮かない様子だ。その表情から、胸中にどのような思いを秘めているのかは図りかねた。



 入院手続きの最中、僕は凛とともに待合室の片隅で待たされていた。
 静寂な病院の中、凛と並んで座っているとなにやら緊張してしまって、紙コップのコーヒーをガバガバと飲んだ。飲み物用の容器が燃えるゴミにすぐ変わる。
 それを捨てに行くため、あるいは気まずい空間から一時離脱するため、僕は立ち上がった。

 ……『気まずい』?
 妙だな、凛と二人の空間で、そのように感じたことは今までなかったが。


「これで、よかったのかな……」

 僕が、自らの内に不意に湧いた感慨を不思議に思うと同時、凛がぽつりとつぶやいた。


「病院で診てもらえるなら安心だけど、でも父さんも急に仕事を休んだから職場の人に怒られるかもしれないし、もし元気になっても戻りづらいかもしれない……。私がもっとはやく言ってれば、よかったんだよね。私がもっとしっかりしてればこんなに大ごとにならなかったよね……」

 僕のほうを見るでもなく、ただ俯いて自分の足元を見ながら力なく言う凛。


「…………」


 僕は少し考えてから、言った。


「凛は悪くないよ」

「え……?」


「というか別に大ごとでもないだろ、ただの検査入院だしさ。そりゃもっと早く言ってれば入院までしなくても良かったかもしれないけど、でも凛が最後まで何も言わなかったらおじさんはあのまま無理を続けて倒れてたかもしれない。『もしも』の話をするんなら、わざわざ悪い方だけ考えなくてもいいんじゃないか」


 なぜかすらすらと、自然と言葉が出た。
 それが自分の考えであるというよりは、そう言えば凛の気持ちが安らぐだろうと感じたまま口を出た言葉だった。


「…………」

 凛はなにかを言おうとしていた。

 しかし喉元にひっかかって言いづらそうな様子だ。


「……あ、……」

 凛は、ゆっくりと顔を上げた。

 潤んだ瞳で僕のことを見上げる。


「…………ありがと」


 しぼり出した、小さな声。
 言った途端に彼女はくっと唇をつぐみ、恥ずかしそうに顔を背けた。ポニーテールが、ひらりと揺れる。


「お、おう……」

 思わず、上ずった声になってしまった。何に対する感謝の言葉なのかもよくわからなかったが、あまりの不意打ちに戸惑ってしまった。

 そのまま沈黙。

 いたたまれなくなり、そういえば紙コップを捨てに行こうとしていたのだと思い出して僕はそそくさとゴミ箱に向かう。
 踏み出した足がおぼつかなくて、敷き詰められた蒟蒻の上でも歩いているかのようだった。


 なんだろう、この感じ。初めて見た。凛のあんな顔。



 不覚にもときめいてしまった。――いやもう、抜群に。
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