ゆめゆめうつつ【真面目委員長の幼馴染が夢の中で魔法少女に・・?】

喜太郎

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第四章

5月3日(金):その日の夢は

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 【京一】


 その日、我が家の夕食の席には凛がいた。

 父の入院中はもちろん彼女は家で一人きりとなる。それをうれい、食事はうちでしていきなさいと母が凛を誘ったのだ。
 はじめは恐縮して断ろうとしていた凛だったが、母の強引さに負けてしまったらしい。母は強し。


「うちは男だらけだから、凛ちゃんがいると嬉しいわあ」

 母はいつになく上機嫌だった。
 それもあって、他所の家での食事ながら凛も居心地の悪さなどは特に感じていない様子である。むしろ楽しげにしている。
 慎ましい笑顔を見せる彼女は、手芸部の部室でいるときと同じように見えた。


 対して僕はというと、正直、居心地は悪い。

 悪い、とは違うが、なんというか、同じ食卓に凛がいるというのが激しく違和感で、どうにも気が休まらないのだ。
 母は嬉しがって手の込んだ料理を作ったが、僕にはその味をたのしむ余裕はなかった。


「じゃ、おやすみ」
 夕食を済ませ、うちを出るとき、彼女は僕にそう挨拶した。落ち着いた笑顔だ。

「あ、うん、じゃあ」

 僕は、挨拶を返す。



 夜、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。
 午前から病院に付き添って、夜には凛が我が家の食卓に加わっていた――振り返ると実に奇妙な一日だったと思う。こうして就寝の構えの今なお、妙な気分だ。

 そういえば、と頭に浮かんだのは、夢について。

 かれこれ二十日ほど前から見続けている、魔法少女の夢。
 ここ最近、主人公たる『リンちゃん』が手こずっていた強敵は、昨日の夢でついに消滅した。
 あれが、凛の悩みと関係があるというなら、今晩の夢ではもうあの強敵は出ず、それまで通り、魔法少女の爽快な活躍劇を見られるのだろうか。


 夢について考えを巡らせているうち、呼応するように、それへの扉が開かれる。
 次第に意識はまどろみ、眠りの世界へとゆっくり流れ入るのだ……。


 …………
 ……


        /


『もうすぐ始まるね。楽しみだな』

 りんがうれしそうに言う。ぼくは、りんと並んでテレビの前にすわっていた。

 ちらりと時計をみた。午後五時前――、あ、そうだ。もうすぐ『カミカゲマン』がはじまる時間だ。そのつぎは、りんの好きな『マジカル☆マリーちゃん』。


 そのときテレビ画面には、ドラマの再放送がながれていた。

 ドラマの中で、告白のシーンがあった。男の人が女の人につきあいを申しこむのだ。

 ……ぼくはそれをみて、自分も、おもいを告げなければという気になった。


『あの、りんちゃん、ぼくと、つきあってくださいっ』

 がんばって、ことばを、しぼり出した。

 りんがおどろいた顔でぼくをみる。はずかしそうに少しだけ顔をうつむかせて、それから、言った。


『……うん、いいよ。わたしも、きょういちのこと、すきだったの』

 そう言って顔を上げたりんは、やさしい笑顔をしていた。


 りんと、両おもい――ぼくは、とてもうれしくて、その場でぴょんと飛びはねた。

 すると、そのまま体がふわりと浮いた。

 ぐん、と、天井にむかって落下していく。あれ、おかしい、と思ったときには、もうおそく、そのまま天井に頭をぶつけた…………。


        /


 目が覚めた。
 ベッドから体がずり落ちて、床に頭をぶつけていたのだった。

 カーテンの隙間からちらと見える外の景色は、まだ薄暗い。朝ではない。


 ゆっくりと上半身を起こして、そのまま呆然とする。

 夢を、見ていた。

 いや、でもおかしい。いつもと違う。


 薄紅色のもやも見なかったし、小人も登場しないし、それに夢の中で「これは夢だ」という自意識がなかった。
夢に見たのは、幼い頃の記憶。
 まるで当時のまま、子供の頃の感情のまま、記憶の映像を再生しているようだった。

 いや、といっても、明らかに事実と異なる改竄かいざんがなされていたが。


 僕は、ずっと小人による『案内』で、他の人の夢の世界へと行っていた。九割は凛の夢、『マジカル☆マリーちゃん』の世界だったが。

 夢の導入で小人に会うこともなく、もちろん、彼女の『案内』を受けていない。
 僕には夢の世界を自由に渡航するなんて力はない、小人に連れてもらわなければ、他人の夢には入れない。

 だからあれは、誰か他人の夢ではない。

 僕の夢だ。

 案内人に導かれたわけではない、ただの夢。
 いつぞや担任教師が言っていた理論で言うところの、深い夢ではなく浅い夢の方だ。
 レムだかノンレムだかよくわからないが、とにかく、心の奥底に普遍的に存在する無意識の世界ではなく、表層意識にきわめて近いところで造られる夢世界、――まさしく僕が寝ながら頭の中で想像した映像。僕の妄想の産物だ。

 夢の中で凛に告白をして、それを受け入れさせる……。


 かつて、宮本を相手にそのような夢を見たことがあった。
 それは、そうだ、初めて図書委員の当番をした日。去り際、宮本が不意にとても蠱惑的な笑みを見せてきたもので、僕は彼女につい惹かれ、不覚にもときめいた。そしてその晩、そんな夢を見たのだ……。


 本日、病院の待合室での、凛の……。

 そしてその晩の夢で……。

 それが何を意味するか――、いや、あまり深く考えるのは止そう。


 僕はかぶりを振り、もう一度ベッドに入る。
 布団を深くかぶった。
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