ゆめゆめうつつ【真面目委員長の幼馴染が夢の中で魔法少女に・・?】

喜太郎

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第四章

5月4日(土):かつての憧れ

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 【京一】


「せっかくの連休なんだから部屋の片づけしておきなさいね」

 母にそう言われて、仕方なく自室の片づけをした。
 当初、連休中は気兼ねなく惰眠だみんをむさぼろうと思っていたのに。昨日も今日も、うまくいかない。

 とはいえ、片付けというのは取り掛かるまでは非常に億劫ながら、一度軌道に乗ってしまえばなかなかどうして熱中するもので、存外、はかどった。


 片づけの最中、押入れの奥からあるビデオテープが出てきた。
 今やすっかり見かけなくなったVHS。

 ラベルには汚い文字で、『カミカゲマン』と書かれている。幼い頃の僕が書いたものだ。
 我が家のビデオデッキはかなり前に引退してしまっているので、それを再生することはできない。中でテープが絡まっているようなので、どのみち再生は無理そうだが。


 『忍者ヒーロー・カミカゲマン』。
 凛の好きだった『マジカル☆マリーちゃん』と続けて放送されていて、その時間は二人で並んでテレビ画面に食い入るように観ていた。――確か、毎週土曜の17:00の放送だったと思う。

 テープの再生はできずとも、脳裏には鮮明に蘇る。



 陰ながら街の平和を守る影のヒーロー。
 主人公は普段は冴えないコンビニアルバイトである。
 渡すタバコを間違えて客に怒鳴られたり発注を間違えて店長に怒られたり、
 恋人もおらずボロアパートで寂しい一人暮らし、
 これといって没頭する趣味もなく起伏のない平凡な日々を過ごす、……とにかく惨めな男なのだ。

 だが、ひとたび街に怪物が現れるとすぐさま『カミカゲマン』として参上し、影を操る能力で敵を倒して平和を守る。
 しかし、戦いが終わるとたちまち陰へと潜んで帰ってしまう。その正体を明かすことはしないどころか、その場で称賛を受けようとさえしない。
 彼はまさしく、影のヒーローなのだ。



 僕はそのアニメが好きでたまらなかった。『カミカゲマン』に憧れていたのだ。

 なぜそこまでそのアニメが好きだったのか、そのビデオデッキを眺めていると、ふとその理由を思い出した。


 僕は当時、いつも兄の背中の陰に隠れるようにしていた。優秀で格好良い兄に憧れながら、自分は兄とは対極だと思っていた。そんな自分がひどく惨めだと思っていたのだ。

『おまえは和哉の背中に隠れてばっかりだな、まったく』

 そんな僕のことを、父がそうなじった。とりたてて厳格な父ではないが、思わずそんなことを言いたくなるぐらい、確かに当時の僕は気弱で内気だった。

 自分でも分かっていたことだが、しかし他人からそれを指摘されて何とも思わないわけはないのだ。
 父に悪気もなかろうが、幼い心が持つ傷に丁寧に塩を塗り込まんとするそんな一言――父の言葉にショックを受けて泣きべそをかいていた僕だったが、そっと兄が歩み寄って来た。
 そして彼は言ったのである。


『なーに泣いてんだよ京一。陰に隠れてたっていいじゃないか。いっそ陰からみんなのことを見守って、そして誰かが困ってたら陰から助けてやればいいんだ。ホラ、ちょうどこの間見てたろ、あのアニメ。――カミカゲマンみたいにさ』


 その言葉は、当時の僕にとって鮮烈なものだった。

 その言葉があって、僕は『カミカゲマン』に強いあこがれを抱くようになったのだ。

 当然、今この歳になってそれを日ごろ意識するようなことはないが、しかしその憧れは心の奥底にしっかりと根付いていたわけである。


        /


 なんとか部屋が片付いた頃には、もう夕方だった。惰眠計画は見事に頓挫とんざ。しかしまあ、部屋がきれいになったので、これは明日により心地良い惰眠を味わうための投資ということで納得する。

「京一、もうすぐごはんだから、」

 部屋の扉がノックされ、母が声をかけてきた。ごはんだから降りてこい、だと思ったが違った。

「凛ちゃんを呼んできてちょうだい」


 昨日と同じく、凛を食卓に招こうとする母。
 そこに異はないが、しかしなにゆえそれを息子に頼むのか、母よ。


 隣家へ行き、チャイムを鳴らす。変な感じだ。

 玄関から出てきた凛の顔を見て、途端に、――今朝の夢を思い出してしまった。
 幼い頃に凛に告白したときの夢。いや、記憶の再現ではなく、明らかな改竄かいざんを含んでいた。
 僕は夢の中で、凛に告白を受け入れさせた。例の小人の手もなく、目覚めたのちでも夢の内容が頭に残る……それはすなわち浅い睡眠下での夢、端的に言えば僕の『脳内妄想』なのだ。

 凛は自然な顔で僕を見るが、僕は内心戸惑っている。なるべく自然体でいようと気を張った。逸る動悸を抑え、あくまで冷静を装うのだ。


 同じ食卓に母と父と幼馴染がいる。
 昨日と同じ状況だが、まだ慣れない。

 むしろ昨日より緊張した。いやに緊張した。
 比して隣に座る凛は、まるでかねてからずっとこうしてきたかのように自然体で、大人しくも爽やかな笑顔を携えて小智家の食卓に加わっている。

 夕食後、凛が僕に言う。


「京一、数学の課題、どうせ終わってないよね?」

「……うん、まあ、終わってないけど……」

「じゃあ一緒にやろうよ。私もまだ残ってるから」

「お、おう」

「問題集持って、私の部屋来なよ」

「へっ?」
 思わず、素っ頓狂な声が出た。


「だって私が取りに戻って持ってくるよりも、その方が早いし。ちょうど今日、部屋の片づけしたからきれいだよ」

 淡々と、凛はそう言う。


 どういう風の吹き回しだ、凛が僕を部屋に招くなんて。
 いや、僕の部屋に入りたいと言われるよりはまあ抵抗は薄いが、……なんてそんなことはどうでもよくて、そもそも彼女が僕と一緒に課題をやろうなんて言い出したのが不可解。


 よく分からないが、しかし別に断る理由があるわけではなく……僕は自室から問題集を取ってきて、そのまま凛と共に彼女の部屋へと向かった。
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