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シーズン1/第一章
ロームルスの秘剣①(ミアとの邂逅)
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【新暦3820年/第6の月/10日】
【ロームルス地区/マルス街道――兵士たちに追われ、走る少女】
「――はあっ、はあっ」
左右を背の高い木々に見下ろされながら、少女は走る。十二、三歳といったところだろうか。あどけない顔を、絶望の色に染めている。
森の中の街道は整備がしっかりと行き届いているわけではなく、所々、石や木の根が剥き出しになっている。それらに足を取られないよう注意しつつ、少女は懸命に走る。
なにか家紋のようなマークが小さく刺繍されているが、それ以外は茶色一色の地味なローブで身に包んでいる。サイズが合っていないのか、ぶかぶかだ。
走っているため、風に煽られてフードがめくり上がり、息も絶え絶えの苦しそうな表情と、そして何よりその美しいブロンドの髪が露になっている。背に垂らせば腰まで届きそうな長いブロンドヘアが、風になびき、尾を引くように流れている。陽光を照らして煌めき、光の粒が舞う。
少女は、なにやら棒状のものを大事そうに抱えている。一メートルほどの長さで、布できっちりと包まれたものだ。
――そんな少女を、軽い武装をした三人の兵士が追う。チェインメイルを着用して頭には兜をかぶり、そして腰には剣を携える。
軽装とはいえ少なからず重量のある装備だが、それでも訓練された兵士の足は速く、少女との距離をじりじりと縮めている。
少女はちらりと振り返り、それを確認した。捕まるわけにはいかない――そう奮起して、一層足に力を込めた。しかし……、
「きゃあっ」
つい、突き出した木の根に足を取られてしまった。短い悲鳴を上げながら、小さな体が地面を転がる。
「へへへ、……さあ、観念して下せえ、お嬢様」
「あう……」
息を荒げつつ体を起こす少女を見下ろしながら、兵士が下品な言葉をかける。少女は恐怖に体を震わせながらも、きっ、と男たちを睨む。
「これだけは――渡せないわ!」
棒状の包みを、ぎゅっと抱き寄せる少女。転んだときに足を負傷したのか、すぐに立ち上がれない。それでもずりずりと後ずさり、少しでも距離を取ろうとする……。
しかし、すぐに大きな木の幹に背が触れる。
「いい加減諦めて下せえよ、お嬢様。もう追いかけっこは終いだ。逃げらんねえよ。……それとも、」
兵士は少女にゆっくり歩み寄ミアがら、腰に差した剣に手をかける。
「多少痛い目を見なきゃ大人しくしねえってんなら、それでも構わねえぜ」
「――ひっ」
剣が抜かれる。スラリ、と冷たい音が鳴る。
少女の顔が恐怖で引きつり、瞳の端に涙の粒が浮かぶ。もはやさきほどのように強気な言葉を出すことはできない。
十二、三歳の少女だ、武装した男三人に追い詰められ、あまつさえ剣先を向けられている状況では当然と言える。
少女はぎゅっと目を瞑り、同様に、ぎゅっと、力強く包みを抱きしめる。
だだだだだだ――……
そのとき。遠くの方からけたたましい足音が聞こえてきた。
一体何か、と少女が驚いて目を開けたとき、『青いもの』が横切った――。
「え――?」
街道の先から、何者かが走って来て、その勢いのまま兵士に突撃した。兵士は、街道を挟んで向こう側の木々の方へ突き飛ばされ、草の茂みの中に顔から突っ込む。
突然現れたその男は、道の中心に堂々と立っている。
一体何が起こったのか、理解するよりも前に少女の頭の中に浮かんだ感慨と言えば、ただ、派手な格好の男だ――ということだけだった。
辺りには草木や土しかないこの場において、全身を明るい青色に包まれたその男は、異様なほどに浮き立っていた。
「――大丈夫か?」
こちらに背を向けたままで、男は言う。
少女は、ぽかん、としたままで返答はない。
「……ああ、そうだな。危なかった、ぎりぎりだったよ」
男はそのまま、この場の誰に目線を遣るともなく、しかし誰かに対して話すような口調でそう言った。そんな妙な言動、妙な格好、はっきり言って不審な男である。
不審なれども、しかしこの男は、状況からしてどうやら自分を助けてくれたらしいと理解し、少女は、わずかに安堵の息をつく。
「――……な、何者だ、貴様っ!」
兵士の一人が、荒々しく声を上げる。当然の疑問である。
「ふん。『名乗るほどの者ではない』」
腰に手をついて、堂々と言う男。
「……うるさいな、一度言ってみたかったんだよ、コレ」
またもや、一人で誰かと会話をしている。
突き飛ばされていた兵士が、ずれた兜を直しつつ、茂みから出て来る。くそ、と悪態をつきながら、男に対峙し、剣を構えた。
「やってくれたな……。てめえが誰だか知らねえが、邪魔をするなら容赦はしねえ、――かかれッ」
その兵士の言葉を受け、他の二名の兵士もすぐに剣を抜き、構えた。
/
【兵士たちと対峙する剛太郎】
直前、背負ったリュックが邪魔になりそうだったので、羽織っていたローブごと脱ぎ捨てた。せっかく町民やあのメイドから頂いたものを乱暴に脱ぎ捨てるのは憚られたが、さすがにゆっくりと脱いでそっと地面に置いておく余裕はなかった。
そうしてアルトラセイバーの青いスーツを露にした姿で、少女に斬りかかろうとしていた兵士を突き飛ばした。
無防備な女の子に対して剣を振り上げている男――こいつらが何者なのか、どういう状況なのかは分からないが、こうして明らかに『悪者』然とした行動をしてくれていると、こちらとしても庇うべき相手を見誤らなくて済むので、ありがたい。
「ふう。さて……確かに、『いかにもファンタジーっぽい』感じだな」
地面に腰を落とした少女を背に、剣を構えた三人の兵士と対峙しているこの状況。冷静になると、さきほどのミュウの言葉に深く共感した。
《ていうか、さっきからずっと声に出てるわよ》
「あ」
ミュウに言われ、ようやく自覚した。
彼女の言葉は、俺にしか聞こえない。俺が彼女へ話しているとき、周囲からは俺が独り言を言っているようにしか聞こえないのだ。
俺からも、声に出さずとも頭の中で彼女へ話しかけることはできる。が、意識をしていないと声に出してしまう。実際、家に一人でいるときに彼女と会話する場合、ずっと声に出しているのだ。
少女が襲われようとしていたところへ颯爽と駆け付けたはずが、『ぶつぶつ独り言を言う危ないやつ』になってしまっていた。くそ、めちゃくちゃ恥ずかしい――と、次々に斬りかかって来る三人の兵士たちをひらりひらりと往なしながら後悔した。
「くそ、なんだこいつ、三人がかりでかすりもしねえっ」
さきほど突き飛ばした兵士が、いかにも小物っぽいことを言う。
風を切る、鋭い刃――明らかに本物の剣だ。ミュウのエネルギーによって強化された肉体とはいえ、あんなものでざっくりと斬られれば普通に致命傷だ。
ただし、彼らの動きは、強化された俺の動体視力を以って見るとまるで児戯だ。
きっとしっかりと訓練された兵士なのだろう、きっと三人で上手く連携して無駄なく連撃を仕掛けてきているだろう、――しかしまあ、なんだ、はっきり言って雑魚だ。
《はい。エネルギー供給かんりょー》
「さんきゅ――っと」
小声でミュウに礼を言いつつ、俺は彼女から受け取ったエネルギーを拳に集中させて思いっきり振り抜いた。ちょうど、俺に向かって真っすぐ振り下ろされた剣に対し、その剣身の側面を拳で打ち抜いたのだ。
バギイイイイ、と、激しい音を響かせ、剣が砕けた。
「なっ、なんだと――」
と、兵士が驚嘆の声を上げたときには、その腹に俺の蹴りが入っているわけである。砕けた剣の柄を握りしめたまま吹っ飛んで、大木の幹にびたん、と貼りついた。
その光景を見て愕然と固まっているもう二人の兵士、隙あり、と、あっさり剣を奪う。
木の根元で伸びている兵士と、武器を失った二人の兵士、そして俺は二人の剣を持っている。もはや力の差は歴然、勝敗は決したようなものである。
「ホレ。そいつを連れてさっさと消えろ」
表情に気迫を込めるよう努めて、俺はすっかり戦意を失った二人の兵士に向けて言った。
「は、はいぃっ」
背を叩かれたようにびくん、と反応し、二人の兵士はもう一人を担ぎ上げて去っていった。
こうして引き際を見極めてあっさり逃げてくれると、こちらとしても無駄な体力を使湧く手済むので、ありがたい。
「……あ、これ、どうしよう」
奪った二本の剣。返す間もなかった。
《いいじゃん、もらっちゃえば》
心の中の悪魔が囁くように、頭の中のエネルギー体が囁く。
((しかし、こんな刃が剥き出しの状態じゃあ、なあ……))
しばし逡巡した末に、結局、その剣は路傍に突き立てておくことにした。仕方がない。
「あ、あの……」
背後から、遠慮がちな少女の声がした。ああ、そうだった、と思い出し、振り向く。地味な色のローブで身を包んだ、ブロンドヘアの少女が地面にへたり込んでいる。
「大丈夫か?」
「あっ、こ、これに触れないで!」
俺はへたり込んだままの少女に手を貸そうと思ったのだが、差し出した手が露骨に拒まれてしまった。そんな俺をミュウが脳内で嘲る。
ただし、今の少女の反応は、自分に触れられるのを嫌がったというより、その腕に抱きかかえる棒状の包みに触れられるのを避けたようだった。
「……ご、ごめんなさい。少し足をくじいただけだから、大丈夫」
過剰に拒絶してしまったことを悪く思ったのか、律儀に謝罪しつつ、少女はゆっくりと立ち上がる。十代半ばほどだろうか、背も低く、まだ顔立ちには幼さが残っている。
「助けてくれて、ありがとう。……あなたは、何者なの?」
「何者、っていうと、なんといったものか。……ひとまず名前は、剛太郎。今田剛太郎だ」
「ゴウタロウ……、変わった名前ね」
「まあ、そうだよな……」
昨日、町で会ったあのメイドは俺の名前を『素敵だ』と言ってくれていたが、むしろこの少女のように『変な名前だ』と思う方が、こちらの世界の人間としては自然な反応だと思う。
「君は?」
「私は、ミア。――ミア・エルディーン」
名を名乗った少女は、顔を上げ、じっと俺を見据えて言う。
エルディーン? 聞いた覚えがある。なんだったか……と考えているうち、少女が、がばっと身を乗り出して来て言う。
「ゴウタロウさん、あなた、すごいのね! 剣を持った兵士を三人相手に、素手で勝っちゃうなんて……!」
「あ、ああ、まあな。アレだよ、特別な訓練をしているから」
異世界の少女を相手に、ダークエネルギーだとか説明するわけにもいかないので、適当に濁す。
「特別な訓練……」
ぽつりと呟きつつ、考え込むように少し間を置く。
それから、なにかを決心したのか、ずいと身を乗り出して、彼女は言うのだ。
「ゴ、ゴウタロウさん、お願いがあるの!」
「な、なんだ?」
「――あなたのこと、私の護衛として、雇わせてほしいの!」
少女ミアは、真剣なまなざしで俺を見ていた。
【ロームルス地区/マルス街道――兵士たちに追われ、走る少女】
「――はあっ、はあっ」
左右を背の高い木々に見下ろされながら、少女は走る。十二、三歳といったところだろうか。あどけない顔を、絶望の色に染めている。
森の中の街道は整備がしっかりと行き届いているわけではなく、所々、石や木の根が剥き出しになっている。それらに足を取られないよう注意しつつ、少女は懸命に走る。
なにか家紋のようなマークが小さく刺繍されているが、それ以外は茶色一色の地味なローブで身に包んでいる。サイズが合っていないのか、ぶかぶかだ。
走っているため、風に煽られてフードがめくり上がり、息も絶え絶えの苦しそうな表情と、そして何よりその美しいブロンドの髪が露になっている。背に垂らせば腰まで届きそうな長いブロンドヘアが、風になびき、尾を引くように流れている。陽光を照らして煌めき、光の粒が舞う。
少女は、なにやら棒状のものを大事そうに抱えている。一メートルほどの長さで、布できっちりと包まれたものだ。
――そんな少女を、軽い武装をした三人の兵士が追う。チェインメイルを着用して頭には兜をかぶり、そして腰には剣を携える。
軽装とはいえ少なからず重量のある装備だが、それでも訓練された兵士の足は速く、少女との距離をじりじりと縮めている。
少女はちらりと振り返り、それを確認した。捕まるわけにはいかない――そう奮起して、一層足に力を込めた。しかし……、
「きゃあっ」
つい、突き出した木の根に足を取られてしまった。短い悲鳴を上げながら、小さな体が地面を転がる。
「へへへ、……さあ、観念して下せえ、お嬢様」
「あう……」
息を荒げつつ体を起こす少女を見下ろしながら、兵士が下品な言葉をかける。少女は恐怖に体を震わせながらも、きっ、と男たちを睨む。
「これだけは――渡せないわ!」
棒状の包みを、ぎゅっと抱き寄せる少女。転んだときに足を負傷したのか、すぐに立ち上がれない。それでもずりずりと後ずさり、少しでも距離を取ろうとする……。
しかし、すぐに大きな木の幹に背が触れる。
「いい加減諦めて下せえよ、お嬢様。もう追いかけっこは終いだ。逃げらんねえよ。……それとも、」
兵士は少女にゆっくり歩み寄ミアがら、腰に差した剣に手をかける。
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「――ひっ」
剣が抜かれる。スラリ、と冷たい音が鳴る。
少女の顔が恐怖で引きつり、瞳の端に涙の粒が浮かぶ。もはやさきほどのように強気な言葉を出すことはできない。
十二、三歳の少女だ、武装した男三人に追い詰められ、あまつさえ剣先を向けられている状況では当然と言える。
少女はぎゅっと目を瞑り、同様に、ぎゅっと、力強く包みを抱きしめる。
だだだだだだ――……
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「――大丈夫か?」
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またもや、一人で誰かと会話をしている。
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「やってくれたな……。てめえが誰だか知らねえが、邪魔をするなら容赦はしねえ、――かかれッ」
その兵士の言葉を受け、他の二名の兵士もすぐに剣を抜き、構えた。
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直前、背負ったリュックが邪魔になりそうだったので、羽織っていたローブごと脱ぎ捨てた。せっかく町民やあのメイドから頂いたものを乱暴に脱ぎ捨てるのは憚られたが、さすがにゆっくりと脱いでそっと地面に置いておく余裕はなかった。
そうしてアルトラセイバーの青いスーツを露にした姿で、少女に斬りかかろうとしていた兵士を突き飛ばした。
無防備な女の子に対して剣を振り上げている男――こいつらが何者なのか、どういう状況なのかは分からないが、こうして明らかに『悪者』然とした行動をしてくれていると、こちらとしても庇うべき相手を見誤らなくて済むので、ありがたい。
「ふう。さて……確かに、『いかにもファンタジーっぽい』感じだな」
地面に腰を落とした少女を背に、剣を構えた三人の兵士と対峙しているこの状況。冷静になると、さきほどのミュウの言葉に深く共感した。
《ていうか、さっきからずっと声に出てるわよ》
「あ」
ミュウに言われ、ようやく自覚した。
彼女の言葉は、俺にしか聞こえない。俺が彼女へ話しているとき、周囲からは俺が独り言を言っているようにしか聞こえないのだ。
俺からも、声に出さずとも頭の中で彼女へ話しかけることはできる。が、意識をしていないと声に出してしまう。実際、家に一人でいるときに彼女と会話する場合、ずっと声に出しているのだ。
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「くそ、なんだこいつ、三人がかりでかすりもしねえっ」
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風を切る、鋭い刃――明らかに本物の剣だ。ミュウのエネルギーによって強化された肉体とはいえ、あんなものでざっくりと斬られれば普通に致命傷だ。
ただし、彼らの動きは、強化された俺の動体視力を以って見るとまるで児戯だ。
きっとしっかりと訓練された兵士なのだろう、きっと三人で上手く連携して無駄なく連撃を仕掛けてきているだろう、――しかしまあ、なんだ、はっきり言って雑魚だ。
《はい。エネルギー供給かんりょー》
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小声でミュウに礼を言いつつ、俺は彼女から受け取ったエネルギーを拳に集中させて思いっきり振り抜いた。ちょうど、俺に向かって真っすぐ振り下ろされた剣に対し、その剣身の側面を拳で打ち抜いたのだ。
バギイイイイ、と、激しい音を響かせ、剣が砕けた。
「なっ、なんだと――」
と、兵士が驚嘆の声を上げたときには、その腹に俺の蹴りが入っているわけである。砕けた剣の柄を握りしめたまま吹っ飛んで、大木の幹にびたん、と貼りついた。
その光景を見て愕然と固まっているもう二人の兵士、隙あり、と、あっさり剣を奪う。
木の根元で伸びている兵士と、武器を失った二人の兵士、そして俺は二人の剣を持っている。もはや力の差は歴然、勝敗は決したようなものである。
「ホレ。そいつを連れてさっさと消えろ」
表情に気迫を込めるよう努めて、俺はすっかり戦意を失った二人の兵士に向けて言った。
「は、はいぃっ」
背を叩かれたようにびくん、と反応し、二人の兵士はもう一人を担ぎ上げて去っていった。
こうして引き際を見極めてあっさり逃げてくれると、こちらとしても無駄な体力を使湧く手済むので、ありがたい。
「……あ、これ、どうしよう」
奪った二本の剣。返す間もなかった。
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((しかし、こんな刃が剥き出しの状態じゃあ、なあ……))
しばし逡巡した末に、結局、その剣は路傍に突き立てておくことにした。仕方がない。
「あ、あの……」
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ただし、今の少女の反応は、自分に触れられるのを嫌がったというより、その腕に抱きかかえる棒状の包みに触れられるのを避けたようだった。
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「助けてくれて、ありがとう。……あなたは、何者なの?」
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