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シーズン1/第一章
カウント1
しおりを挟む【新暦3820年/第6の月/11日】
【剛太郎】
はっ、と目を覚ますと、眼前にしっとりと濡れたタオル地が見えた。
きれいに折り畳まれたそれの両端を細い指がつまんでいて、ゆっくりと近づけられているところだった。
「わひゃっ」
素っ頓狂な女性の声が聞こえたかと思うと、途端にその指が離されて、べちょっ、と濡れタオルが目に覆いかぶさって来た。
「ああっ、ご、ごめんなさい! おでこの濡れタオルを交換しようとしたんですけどっ、ゴウタロウさん、いきなり目を開くので驚いて落してしまって……」
慌ててそう言い、俺の目を塞いだ濡れタオルを取り上げたのは、――黒髪ロングのメイド、キアルだった。
「キアル……?」
俺は、ベッドに寝かされていた。
真上は白いクロス天井で、ベッドが面した右手の壁に窓があり、温かい陽光が差し込んできている。
左手には、キアルが椅子に腰かけて俺の顔を窺っていた。天使の姿でこそないが、窓から差す陽の光を受けて、彼女の頭頂部にはきれいな輪っかが出来ていた。
「ちょっと、失礼しますね。……あ、今度はちゃんと手で」
キアルがそう言って手を差し出してきた。静かに、俺の額に手を当てる。
突然、暖かく柔らかい手に触れられて驚いた。「ごめんなさい、じっとしていて」と宥められ、言われるがまま大人しくする。
彼女はもう片手で自らの額に触れ、「んー……」と控えめに唸る。どうやら自分と比較して俺のおおよその体温を計測しているらしい。
その所作で、思い出した。
教会で彼女に額を触れ合わされて、高熱と疲労のうえに動揺が重なって俺はついに意識を手放してしまったのだ。次に目覚めたらこのベッドの上だったわけだが、果たしてここはどこだろうか。
「よし、もう熱は引いてきたみたいですね。よかったです」
そう言って、ふふ、と微笑むキアル。その笑顔には、少女らしさと淑やかさを織り交ぜたような不思議な魅力が感られた。
「あの、キアル……。ここはどこだ? なんで俺、ここで寝てるんだ? ていうか何、俺、熱出してたのか?」
俺はゆっくりと上体を起こしつつ、彼女に尋ねた。
「あ、はい……。えっと、ここはエルディーンのお屋敷です」
エルディーンの屋敷。ミアの生家であり、キアルがメイドとして勤める屋敷だ。
確か、魔獣の森を抜けたところ、街道沿いに建っていると聞いた。
なるほど。教会で倒れた後、ここへ運び込まれたということか。まあ、あの場には魔人たちもいたし、図体のでかい俺でも運ぶのに苦労はなかっただろうと察せられる。
「剛太郎さん。やっぱり、あのとき急激な治癒のせいで体に負荷がかかってしまったようです。一晩中、すごい熱でした。……すみません、私がもっとゆっくり落ち着いて治癒させていれば……」
一晩? もうすでに、日付が変わっているのか。かなりの時間、眠っていたらしい。
「いや、そんな。謝ることはないよ。君には命を救われたわけだから。当然だけど、死ぬのに比べたら、熱出して倒れるくらい何でもないよ。……むしろ、まだちゃんとお礼も言えてなかったな。助けてくれてありがとうな、キアル」
俺がそう言うと、彼女は少し照れくさそうにはにかんだ。
「そういえば……もう、天使の姿じゃないんだな」
ふと、彼女を見て気付いた。
「え、ええ。前世の記憶が戻ったからと言って、ずっとあの姿のままというわけではないですね。あれは、天使の力――エンジェルフォースを使うとき、天使だったときの姿を取り戻すのであって、普段の私はいつも通り普通の人の体です」
見ての通り、と言うように、軽く胸を張って言うキアル。
確かに、頭の上に輪っかがあるわけでも、背中に羽が生えているわけでも、あるいは両肩から第二第三の腕が生えているわけでもなく、――今の彼女はごくごく普通の人間の体だ。
「天使の力……。君は、俺と同じく異世界の人間だって言ったけど、でも普通の人間ではなかった、わけだよな……?」
「はい。私は天使亜葵という名前の人間だったわけですけど、でもそれも一度転生をしたあとでして。そもそも言えば、私は天界の存在――『ハクティリカ』という名の天使だったのです。今ここにいるキアルとしての私は、三つ目の生だということになるですが……でもまあ、前世はあくまで前世。私は私です。昔の私は別物で、私は変わらず、キアルなんです」
「なるほど……」
「まあ前世の記憶を思い出したといっても、正直、なんだか実感がないんです記憶だって、ふわっとしてるというか、まだ少し靄がかってるみたいな、そんな感じですね」
要するに、前世の記憶を思い出し、それに付随して『天使の力』を取り戻した彼女だが、――しかしあくまでキアルはキアル、以前の自我と混濁することもなくそのまま彼女自身だということだ。
「でも、普通の人間じゃないっていう話をすれば、剛太郎さん……あなたも、正直、普通だとは言い難いのではないでしょうか……?」
「え?」
「だって……。確かにあなたは向こうの世界の『ニッポン』から来た人で、ここで言う異世界人――私と同じだとは思います。でも、少し失礼な言い方かもしれませんが……あなたの強さは人間としては異常です。魔人に勝ったり、おそろしい魔剣と張り合ったり、聞けば魔獣の群れを一人で圧倒したらしいですし。剛太郎さんのその力は、一体、何なのですか?」
遠慮がちに、彼女は尋ねてきた。
「ああ……、そうだな。君の話を聞かせてもらったんだから、俺の方もちゃんと話しておくべきだな」
「は、はい。できれば、聞かせていただきたいですっ!」
興味深々といった様子で、少し身を乗り出すキアル。
「実は、俺の頭の中には、宇宙から飛来してきたエネルギー生命体が棲みついているんだが……、」
「ふへっ!?」
話の冒頭からすでに驚き目を丸くするキアル。俺は構わず、話を続ける。俺が持つ力と、今ここに至る経緯について――……。
/
「な、なるほど……。剛太郎さんの頭の中には、ミュウさん、というエネルギー生命体がいて……それを狙ってやってくる宇宙人と戦う中、突然、こちらの世界にやって来たと」
「ああ」
「では、私のように一度死んでこちらの世界で転生したというのではないのですね。……剛太郎さんに、死んだ経験がないというなら、それは良かったです」
「まあ、そうだな。俺はまだ死んだことがないな……」
俺は、ミュウのことや向こうでの戦いのことなど、詳しく彼女に説明をした。
宇宙の未知のエネルギーやらそれを狙う宇宙人の存在やら、普通ならば容易に信じてもらえなさそうな話だと思うが、彼女はすんなり受け入れ納得してくれた。まあ、彼女自身も元々は天界の住人という突飛な存在であるわけで、常識観念の器は当然広いだろう。
「パンドラにいる『マリーメリー』っていう魔女が、異世界間を行き来した経験があるらしくて。その魔女に話しを聞けば、俺も元の世界に戻ることができるかもと思って、旅を始めたところだったんだ」
「元の世界に帰るつもりなんですか?」
「ああ。だって、俺はまだ向こうでやるべきことがあるからな。急いで、一日でも早く帰らなきゃ。……って言いつつ、昨日は魔剣の騒動に首を突っ込んで、しかも危うく死にかけるまでなっておいて、急いでるなんて説得力ないけどさ」
「いえ、そんな。それは私たちにはとってもありがたいことですから。ええ、本当に……改めてお礼を言わせてください。剛太郎さんはミアお嬢様を助けて下さいましたし、剛太郎さんが命がけで戦ってくれたからこそ、私も助かりましたし、何より、大切な記憶を思い出すこともできました。本当に、ありがとうございます」
「いや、いいよ、お礼なんて。……これはもう俺の趣味みたいなもんだし」
「趣味、ですか?」
「そう、趣味」
「…………」
キアルは、ふと俺から視線を逸らして、黙ってしまった。
もしかして引かれているのだろうか?
人助けが趣味だとか言って、しかもその趣味のせいで死にかけているし。変な奴だと思われてもおかしくはないかもしれない。
《いや、別に、彼女の場合はそういうことを思ってるんじゃないと思うけど……》
ミュウはそう言うが、俺はともかく話題を変えようと思った。
「あ、そういえば……エシリィは、あの後どうなったんだ?」
魔剣の支配から逃れられて、無事なのは確かなのだろうが、あのあと彼女がどうしたのかが気になる。……いや、というか、それだけではない。
「エシリィだけじゃないな、魔人の兄弟とかも。ていうかこの屋敷はアルベルトってやつに占拠されてたんだよな。そいつはどうなったんだ? ……いや、ていうか、魔剣だ。魔剣はどうなったんだ?」
俺が気を失ってから、今ここへ至る経緯がまだよくわからない。
この状況から察するに、色々ともう丸く収まってはいるのだろうが、その辺の話を詳しく聞きたい。
「……あの、えっと、剛太郎さん。すみません、詳しくお話しをする前に、まずはお着替えされませんか? 一晩中高い熱で、きっとたくさん汗をかいているはずですから。そのままでは風邪を引いちゃいます」
まくしたてる俺を、キアルがそっと制止して言った。
確かに、服が汗でじっとりと濡れている。どうやら相当の高熱だったらしい。ちなみにこの服は俺の物ではない。屋敷にあった服を貸してくれたのだろう。
「替えの服、持ってきますから。……大人しく待っていてくださいね? 熱は引いたとはいえ、まだ動いちゃだめですよ」
彼女はそう言って、すっ、と立ち上がり、部屋を出て行った。
ぱたん、と扉が閉められ、部屋に一人になる。
去りゆく間際、メイドは、にこ、と笑んでいた。その場に和やかな余韻すら残す素晴らしい笑顔だった。――それは、ダフニスで初めて会ったとき魅せられた笑顔と同じだ。
《なあに、ときめいてんのよ》
頭の中に、冷たい声が響いた。
《……ま、それも無理ないかもね。あのコには感謝しなさいよ。熱出してうなされるあなたを、あのメイドが夜通しあなたの看病してくれていたのよ。あんなに優しく接してくれちゃったら、惚れっぽいあなたには敵わないわよね》
((いや別にそういうんじゃ……。って、そうか。死に際から助けてくれた上に、看病まで……。これじゃあまだ礼を言い足りないな))
《それと、まあ……どうやらあなたは覚えてないようね》
((覚えてない? 何をだ?))
《んーん。教会であなたが気を失うとき……ちょっとした事故があったわけだけど。あなたに自覚がないなら、このまま知らない方がいいかしら》
((何の話だよ?))
ミュウが何を言っているのか分からず、聞き返すも、脳内での返答はなかった。
/
【キアル】
ぱたん。と扉を閉めて、私は一人廊下へ出ました。
ふう、と、息をつきます。
着替えを取りに行く、というのを口実に、部屋を出ました。
……正直、平静を装うのが限界だったのです。
あのまま話していたら、つい動揺が顔に出てしまいそうでした。
たぶん、剛太郎さんはアレを覚えていないようです。確かに、彼が気を失った瞬間の出来事だったので、自覚がないのは仕方ありません。……まあ、その、その方が私としては助かります。
だってアレは事故ですから。
うん、そう、事故です。
彼が覚えていないのならいっそ都合が良いのです。
「キアル? どうしたの、廊下で立ち尽くして……」
「わひゃっ」
いきなり声をかけられて、私はまた素っ頓狂な声を出してしまいました。
「あ、ごめん。驚かすつもりじゃなかったんだけど……」
そう言って、ブロンドの髪をなびかせつつ歩み寄ってくるのは、ミアお嬢様です。
「お嬢様。おっ、おはようございますっ」
「……おはよう」
お嬢様がご自分で起床されるなんて、驚きです。
いつもは私がお嬢様を起こしに行くのですが、今日は剛太郎さんのご様子を見ていたので失念していました。
「なんだか妙な気分。今日、こうして普通に起きていると、昨日のことが夢だったように思える」
「そう、ですね。昨日はたいへんな一日でしたね」
「ええ。驚いたわ。まあ、アルベルトが屋敷を占拠したり、魔人が襲ってきたりっていうこともそうだけど……。私が眠っている間に色々あったみたいで、後から聞いて驚いたもの」
お嬢様は、街道で騎士団と鉢合わせとなったところで、そのまま不意打ちのように眠らされてしまいました。
思うに、それは戦いに巻き込まないようにとのエシリィさんの配慮だったのでしょうけれど。
そんなお嬢様が目を覚まされたのは、剛太郎さんが気を失った直後のことでした。
彼女はそれまでの複雑な状況の変遷を全く知らなかったわけですから、目覚めてすぐ、私から説明をしました。あの場に至るまでのことの流れと、そして私自身のこともです。
「まさか、アルベルトが教会の人間だったなんて。頼りにしようとしていた騎士団がアルベルトと通じていたなんて。と思えば魔人が味方側について、そしたら師団長さんが魔剣を使ってしまって……。
ゴウタロウさんがそれを止めたけど、瀕死の重傷になって――なんていうときにキアルが前世の記憶を思い出してふしぎな力を使って? みんなの怪我を治しちゃうなんて。
……なんかもう、ものすごく突飛な話だもの」
それは確かにそうでしょう。目を覚ましてすぐに、それらの話をまとめてお話ししてしまったものですから。混乱するのも当然です。
「今になってようやく頭を整理できた感じよ。あのとき、一気に話されたってぜんぜん理解できなかったもの。……ただでさえややこしい話なのに、しかもキアルったら、あのときは動揺しまくりで、話がしどろもどろで聞けたもんじゃなかったんだから」
「あ。えーっと、それはぁ……」
「ふふ。まあ、しょうがないわよね。『あんなこと』があった後じゃ、落ち着いていられるわけないものね」
そう言って、お嬢様はいじらしくにやりと笑うのです。
…………。
あんなこと……。
そうです、確かに、断じて些細な出来事ではないのです。
お嬢様はまだ眠っているところだったので、その現場を見てはいませんでした。
しかし、私があんまりに動揺しているものですから問い詰められてしまって、私はつい、言ってしまったのでした。――彼女が目覚める直前に起こってしまった、とある事故について。
/
……
…………
「死なせません」
全身には数えきれないほどの切創、指が欠け、左目は裂かれ、そしてついに腹部を剣が貫通してしまった――。
それでもなお、倒れず、魔剣の毒に侵され苦しむ女性騎士からその悪しき剣を引き剥がしてみせた、彼。
剛太郎さんは魔剣を投げ捨て、そのまま教会の床へ倒れてしまいました。
もはや命は風前の灯火。そのままではもう一分とも持たなかったでしょう。
目の前の命を救いたい。
懸命に願いました。その切実な想いが、心の奥底から湧き上がっていた不思議な感覚を明確なものにしたのです。
――そうです。それまで燻っていたものを確かな力として覚醒させたのは、何よりもその想い、彼を死なせたくないという意志でした。
覚醒した力――天使の力を使って、私は彼の傷を癒しました。
ただし、時間をかけてゆっくりと治すべきでした。
あまりに重症だったせいで、一気に治癒させてはかえって体に負荷がかかってしまいます。
まだ屋敷を占拠しているでしょうアルベルトさんを、エシリィさんが連れ出してくれると言います。魔剣の暴走も止まって、これでいよいよこの騒動も収束するでしょう。
ただし、そこで不意に魔人さんが提言したのです。
「おいおい、魔剣のことが片付いたからって、それで終わりじゃねえだろう。魔剣があろうがなかろうが、中央教会は俺たち魔人に戦争を吹っかけようとしてるんだろ? そんなモン、黙っていらんねえぜ!」
そうでした。
そもそも彼らがここまで懸命に戦ってくれたのは、あるいは私自身も必死になっていたのは、魔剣を教会の手に渡しては戦争を助長してしまうということを懸念したためです。
戦争なんて起これば、たくさんの人が傷つき、死んでしまいます……。
そんなこと起こさせるわけにはいきません。それは、私も当然、魔人さんたちも、そして――エシリィさんも同じく考えているようでした。
エシリィさんや魔人さんが『これから』のことについてお話ししているところで、ふと、剛太郎さんの様子がおかしいことに私は気づいたのです。
「剛太郎さん……?」
教会の入り口付近、大きな柱に背を預けていた剛太郎さんが、がくん、とバランスを崩して倒れそうになったのです。
私は急いで駆け寄って、彼の体を支えました。
「ちょちょ、剛太郎さん!? 大丈夫ですかっ?」
両手で懸命に俺の体を支えながら、声をかけました。
剛太郎さんは背も高くてしっかりした体型ですので、正直、非力な私では彼を支えるのはなかなか支えるのはつらかったです。
彼は意識がもうろうとする中でも、私に全体重をかけないように足を踏ん張ってくれているようでした。
急激な治癒をしてしまったせいで体が熱を持ってしまっているのだという事実に、そこでようやく気づきました。
「えっと、失礼します」
両腕で彼の体を支えていましたので、額を寄せるしかありませんでした。
額が触れ合うほどまで顔を寄せるというのは、正直ちょっと恥ずかしいことかもしれませんが、そのときは必死で、そこまで意識していませんでした。
とっても熱い……。
ああ、やっぱり、私のせいだ。
――と、悔いるのも一瞬のことでした。
ついに気を失ってしまい、脱力する彼。
「あっ、ちょ、剛太郎さ――……」
いや、まあ、その体勢ではそうなることは容易に想像ができたはずなのです。
額を触れ合わせている状態から、彼が気を失って倒れてくれば、そうなっちゃいます。
私が浅はかでした。
おばかでした。
だから、それは私の過失による事故なのです。
「ふむぐゅっ!?」
唇が触れ合った瞬間、私は驚きのあまりそんな妙な声を出してしまいました。
だって、びっくりしたんですもん……。
…………
……
/
そんなことがあって、今朝、目を覚ました剛太郎さんと顔を合わせているとつい動揺してしまって、――そして逃げるように部屋を出てしまったわけです。
すでに一夜が経過しているというのに、その瞬間の……か、感触が忘れられなくて、思い出すとつい顔が熱くなってしまいます。
熱を持った頬に両手を当てて冷まそうとしているところ、ミアお嬢様がいじらしく笑みながら言うのです。
「キアル、なんでそんなとこに突っ立ってんのかと思ったて声かけたけど、……そっか。その部屋、ゴウタロウさんを寝かしてる部屋か」
「へっ? え、ああ、はい。そうですけど……」
昨日のことを思い出しているところ、彼の名前を出され、びくっと肩を震わせてしまいました。
「もしかしてもう目を覚ました? ……あなたのハジメテのお相手さんは」
「ちょっ――」
お嬢様ってば、言い方が、どストレートすぎます!
「だって、ハジメテでしょ? キアルって、小さい頃からこの屋敷でメイドとして働いているわけだし、あなたにそんな浮いた話なんてないのは私もよく知ってるわよ」
「う、……でも、その、事故ですから。事故の場合、ノーカンってことになるんじゃないでしょうか。ええ、ノーカンですよ……」
「ノーカンでいいの?」
そう言って、お嬢様はまたいじらしくにやりと笑うのです。
「いいの、って……どういうことですか?」
「うーん。キアルってばさ、ほんと鈍感よね。他人のこともそうだし、何より自分のこともね」
「…………」
いえ。
自分のことは、分かります。
他人のことって、一体何のことを指しているのかは分からないですが、少なくとも今は分かるのです、――自分の気持ちは。
昨日は目まぐるしいうちに時間が過ぎて行って、心を冷静に落ち着かせる余裕はありませんでした。
でも、今日になって、ようやく自覚できたわけです。
果たしていつからなのか。
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いいえ、もしかすればこれは私が及び知らないときからすでに定められた一種の運命なのかもしれない。
――確かに、『ハジメテ』です。
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私の魂はそんな経緯で今ここに至っているのですが、――ここへ至ってようやく、私は初めて、恋心なるものを芽生えさせたのです。
「うーん、そうですね……」
私はふと考えてみて、お嬢様に言いました。
「せっかくだから、カウントしておきます」
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