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手癖の悪い猫
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(あのパーティ、たまーに街で見かけてたケド。なかなかカモだなーって、思ってたんだよな~)
シィナはそう考えながら、クツクツと笑う。
彼女が手にしているのは――さきほど街でくすねた、短剣。街で時たま見かけていた冒険者パーティの、リーダーらしい″勇者″の腰に据えられていたものだ。
それを見かけたとき、びび、とシィナの勘が働いた。あれはきっと、とても希少な武器だ。それで目をつけ、人混みに紛れて近づき――――さっ、と。
猫人族の血を引く彼女は、常人よりも動きが俊敏だ。
気付かれることなく、短剣を盗めた。
ちょろい。ちょろすぎぃ――と、シィナは笑う。
実は、スリを働いたのはもう本日二度目である。
朝、街に出てすぐ、とても高貴な身なりをした男から、高価そうな腕時計をいただいた。
なんとなく見覚えはあった。あとから思い出したが、その男はこの街の領主の息子だった。
金持ちだ。
腕時計なんてきっといっぱいコレクションしているんだから、一つくらいいいだろう。
そういうわけで、短剣と、腕時計。
収穫は二つ。どちらもかなり値を張るだろう。
少女は、スラム街の一角にある質屋に向かう。
こんな辺鄙なところに店を構えている(というよりもスラム街なので正式に『店を構えている』とすら言えない)のだから、ただの質屋ではない。
様々な盗品を横流しするという、かなりあくどい商売をやっているジジイの店だ。
街へ出て、スリを働く。盗んだものを売って金にする。
シィナはそうして暮らしてきた。
彼女には目標があった。
めいっぱい金を溜める。
そしていつか、孤児院を建てる。
シィナは、親がおらず、自分の詳しい出生さえ知らない。だがそんな子供は、このスラム街にはたくさんいる。
その日を生きるのに精いっぱいといった、苦しい生活をする子らだ。
いつの間にやら顔を見なくなった――なんて子も、多い。
特に最近はそうだ。スラム街で暮らす子供たちが、減っている気がする。スラム街は複雑に入り組んでいるから、誰にも気づかれないままひっそりと野垂死んでしまっている――――なんてことは十分にあり得る。
そんな環境は、もう、嫌だ。
自分は、一人でも生きていける。でも、他の子らはそうはいかない。
孤児院を建てて、その子らを保護してもらいたい。
それがシィナの夢。
そのために金持ちをカモにしていることに、罪悪感は抱かなかった。
なにせ……、
(大人はなんにも分かってないし。それに、ちょろいもん! 高価なもの、ダイジなものを盗まれたのに、ぜんぜん気付かない! あとから慌ててるところをこっそり陰から見るときもあるケド、あははっ、あれホント情けなくて面白いし!)
そんなことを考え、心中、嘲笑を浮かべるシィナ。
…………。
しかし、余裕の表情であくどい質屋へと赴く、途中。
ぴく、と、少女の猫耳が跳ねた。
(…………、ん?)
ふつと湧いた、違和感。
まだ谷間なんて見る影もない、少女らしい薄い胸の、その中心。
ふと、熱を感じた。
淡い熱は、意識をした途端にずっと熱く、大きくなった。
「――――っ!? にゃ、なに!?」
どくん、と、心臓が跳ねた。
手がびりびりとした。
少女が手に持つ、短剣。
それが、突如、奇妙な文様を浮かばせ始めたのだ。
/
かの冒険者パーティ、名を『蜘蛛のレグレッチ』という。
そのメンバーは、実に、用心深かった。
「まあ、心配ねえな。いつ盗人に遭っても大丈夫なよう、貴重な武器類にはぜんぶ術式を組みこんであんだからよ」
″勇者″はそう言って、にやりと笑んだ。
シィナが盗んだあの短剣――。
あれには、パーティのメンバーである、″魔術師″によって、呪いの術式が組み込まれていたのだ。
「今頃、その猫っ子は苦しんでるだろうぜ。ウチの″魔術師″は陰湿なヤロウだからな。ただの追跡用じゃなく、盗人を呪うように術式を組んでやがる」
「陰湿とはなんだね。他人の物を盗むような悪人には、当然の報いだ。全身が痺れて動けないまま、高熱にうなされて苦しむが良い」
「ははっ。スラム街だって? 汚ねえ道端で倒れて動けないんじゃあ、野垂れ死んだ死体だとでも思われて、助けてくれるヤツもいねえだろうなあ」
「ああ。居場所は分かるんだ。ゆっくり、追うとしよう」
愉快そうな顔でお互い顔を見合わせると、五人組のパーティは、静かに歩き出した。
――手癖の悪い小娘を、捕らえるために。
/
「…………」
彼らがスラム街の方へ向かって行くのを、ベルは遠巻きに見ていた。
彼らの会話も、聞こえていた。
(まったく、同じだ。俺の書いた小説と……)
『手癖の悪い猫』。そう題した小説。元パーティに置き土産として渡し、そののちどうやら半分は燃やされてしまったようだが……。あの小説と、まったく、同じ状況なのだ。
彼らのセリフまで同じとは、どうもいかないようだが。あんなに性悪な感じだったろうか? ……まあ、あんな感じでも不自然ではない。
彼らは有名な冒険者パーティであるが、その実、裏であくどいことをしているやばい連中なのだ。
ベルはそれを、知っている。
(……。″小説家″のスキルで書いた小説は、ノンフィクションだったのか……? すべて、現実に存在すること? いやでも、今、これから起ころうとしてる……。一種の未来予知みたいな??)
ベルは自身のスキルについて、あれこれと考えるが、ふと我に返る。
(いやいや、そんなことはどうでもいい。とにかく――シィナだ。面識はないけど、他人の気はしない。このまま放っておくのは……。いやでも――)
大勢の人が行き交う大通りの中、ベルは足を止め、思案していた――……。
/
「お、おじさん……。まいど、にゃ……」
スラム街の一角。
質屋――というか、″盗品の横流し屋″。シィナが以前から世話になっている店だ。
主人は、ガタイの良い褐色肌の男。目利きが良く、また世界中のお宝についての知識も非常に豊富な男である。
彼は、店に入って来た少女がやけにふらふらで、顔も上気し、額には玉のような汗も浮かばせている有様だったので、慌てて心配そうに駆け寄った。
「お、おい! どうしたシィナ。ふらふらじゃねえか!」
「だっ、ダイジョブ。それより、コレ……」
「お前、この短剣は……超レアもんだ。こんなもん持ってんの、生半可な冒険者じゃねえはずだ。よく盗ってきたな」
「う、うん。ちょろいもんだったよ……!」
「いやしかし、そいつは――呪いの術式が仕込まれてるんじゃねえか!?」
シィナが手に持つ短剣を見て、店の主人はそう言った。
彼は、魔力を探知する能力にも非常に秀でていた。
怪しい文様を浮かべているのであからさまなわけだが、そこから呪いの魔力がどろりと滲み出ているのを主人は確かに感じ取ったのだ。
「の、呪い――!?」
「ああ。こりゃ、相当強力な呪式だ。……お前、よく歩いてこられたな……」
(ううっ……。どうりで、さっきから体が熱いし、重いし……。これ、その術式ってやつのせいか。くっそー、あの勇者――!)
「じゃっ、じゃあ、買い取れない? これ……」
「そうだな。悪いが、買い取ってはやれねえ。だがとにかく、そいつを離せ、シィナ」
「う、うん……」
店の主人に促され、シィナはひとまず短剣をカウンターの上に置こうとするが……。
そのとき。
短剣の表面に浮かび上がっていた文様が、ぺりぺり、と音を立てながら捲れ上がった。
「え……?」
驚き目を丸くするシィナは――直後、苦悶の表情へと変わる。
浮かび上がった、黒くどろっとした『文様』。
短剣の表面から捲れ上がった幾筋かのそれは、少女の手にぎゅるぎゅると勢いよく巻き付いた。
「にゃ゛っ!?」
短剣の柄を握り込んだ拳の上から、細長く伸びて紐状になった『文様』が、ぐるぐると巻き付いて、きつく結ばれた。
ぎりぎり、と、小さな手を容赦なく締め付ける黒い紐。
シィナは、慌ててもう片方の手でそれを解こうとするが、魔術の紐は素手では触れない。
「痛っ……。にゃ、なにこれっ」
「この術式を組み込んだ″魔術師″はひどく陰湿なヤロウみたいだな。……盗人を、決して逃がさないようにしようってんだな」
「どういう、こと……?」
「術者は、術式の発信元を辿れる。お前の居場所は持ち主にバレバレってことだ。しかも、呪いから逃げられねえよう、こうやって縛り付けられるのさ」
「うぅ、じゃあ……」
「ああ。連中は短剣を取り戻すために、お前を追って来る」
「――――っ」
熱で赤らんでいた顔だったが、さあっと血の気が引いて、途端に青ざめていった。
シィナはそう考えながら、クツクツと笑う。
彼女が手にしているのは――さきほど街でくすねた、短剣。街で時たま見かけていた冒険者パーティの、リーダーらしい″勇者″の腰に据えられていたものだ。
それを見かけたとき、びび、とシィナの勘が働いた。あれはきっと、とても希少な武器だ。それで目をつけ、人混みに紛れて近づき――――さっ、と。
猫人族の血を引く彼女は、常人よりも動きが俊敏だ。
気付かれることなく、短剣を盗めた。
ちょろい。ちょろすぎぃ――と、シィナは笑う。
実は、スリを働いたのはもう本日二度目である。
朝、街に出てすぐ、とても高貴な身なりをした男から、高価そうな腕時計をいただいた。
なんとなく見覚えはあった。あとから思い出したが、その男はこの街の領主の息子だった。
金持ちだ。
腕時計なんてきっといっぱいコレクションしているんだから、一つくらいいいだろう。
そういうわけで、短剣と、腕時計。
収穫は二つ。どちらもかなり値を張るだろう。
少女は、スラム街の一角にある質屋に向かう。
こんな辺鄙なところに店を構えている(というよりもスラム街なので正式に『店を構えている』とすら言えない)のだから、ただの質屋ではない。
様々な盗品を横流しするという、かなりあくどい商売をやっているジジイの店だ。
街へ出て、スリを働く。盗んだものを売って金にする。
シィナはそうして暮らしてきた。
彼女には目標があった。
めいっぱい金を溜める。
そしていつか、孤児院を建てる。
シィナは、親がおらず、自分の詳しい出生さえ知らない。だがそんな子供は、このスラム街にはたくさんいる。
その日を生きるのに精いっぱいといった、苦しい生活をする子らだ。
いつの間にやら顔を見なくなった――なんて子も、多い。
特に最近はそうだ。スラム街で暮らす子供たちが、減っている気がする。スラム街は複雑に入り組んでいるから、誰にも気づかれないままひっそりと野垂死んでしまっている――――なんてことは十分にあり得る。
そんな環境は、もう、嫌だ。
自分は、一人でも生きていける。でも、他の子らはそうはいかない。
孤児院を建てて、その子らを保護してもらいたい。
それがシィナの夢。
そのために金持ちをカモにしていることに、罪悪感は抱かなかった。
なにせ……、
(大人はなんにも分かってないし。それに、ちょろいもん! 高価なもの、ダイジなものを盗まれたのに、ぜんぜん気付かない! あとから慌ててるところをこっそり陰から見るときもあるケド、あははっ、あれホント情けなくて面白いし!)
そんなことを考え、心中、嘲笑を浮かべるシィナ。
…………。
しかし、余裕の表情であくどい質屋へと赴く、途中。
ぴく、と、少女の猫耳が跳ねた。
(…………、ん?)
ふつと湧いた、違和感。
まだ谷間なんて見る影もない、少女らしい薄い胸の、その中心。
ふと、熱を感じた。
淡い熱は、意識をした途端にずっと熱く、大きくなった。
「――――っ!? にゃ、なに!?」
どくん、と、心臓が跳ねた。
手がびりびりとした。
少女が手に持つ、短剣。
それが、突如、奇妙な文様を浮かばせ始めたのだ。
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かの冒険者パーティ、名を『蜘蛛のレグレッチ』という。
そのメンバーは、実に、用心深かった。
「まあ、心配ねえな。いつ盗人に遭っても大丈夫なよう、貴重な武器類にはぜんぶ術式を組みこんであんだからよ」
″勇者″はそう言って、にやりと笑んだ。
シィナが盗んだあの短剣――。
あれには、パーティのメンバーである、″魔術師″によって、呪いの術式が組み込まれていたのだ。
「今頃、その猫っ子は苦しんでるだろうぜ。ウチの″魔術師″は陰湿なヤロウだからな。ただの追跡用じゃなく、盗人を呪うように術式を組んでやがる」
「陰湿とはなんだね。他人の物を盗むような悪人には、当然の報いだ。全身が痺れて動けないまま、高熱にうなされて苦しむが良い」
「ははっ。スラム街だって? 汚ねえ道端で倒れて動けないんじゃあ、野垂れ死んだ死体だとでも思われて、助けてくれるヤツもいねえだろうなあ」
「ああ。居場所は分かるんだ。ゆっくり、追うとしよう」
愉快そうな顔でお互い顔を見合わせると、五人組のパーティは、静かに歩き出した。
――手癖の悪い小娘を、捕らえるために。
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「…………」
彼らがスラム街の方へ向かって行くのを、ベルは遠巻きに見ていた。
彼らの会話も、聞こえていた。
(まったく、同じだ。俺の書いた小説と……)
『手癖の悪い猫』。そう題した小説。元パーティに置き土産として渡し、そののちどうやら半分は燃やされてしまったようだが……。あの小説と、まったく、同じ状況なのだ。
彼らのセリフまで同じとは、どうもいかないようだが。あんなに性悪な感じだったろうか? ……まあ、あんな感じでも不自然ではない。
彼らは有名な冒険者パーティであるが、その実、裏であくどいことをしているやばい連中なのだ。
ベルはそれを、知っている。
(……。″小説家″のスキルで書いた小説は、ノンフィクションだったのか……? すべて、現実に存在すること? いやでも、今、これから起ころうとしてる……。一種の未来予知みたいな??)
ベルは自身のスキルについて、あれこれと考えるが、ふと我に返る。
(いやいや、そんなことはどうでもいい。とにかく――シィナだ。面識はないけど、他人の気はしない。このまま放っておくのは……。いやでも――)
大勢の人が行き交う大通りの中、ベルは足を止め、思案していた――……。
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「お、おじさん……。まいど、にゃ……」
スラム街の一角。
質屋――というか、″盗品の横流し屋″。シィナが以前から世話になっている店だ。
主人は、ガタイの良い褐色肌の男。目利きが良く、また世界中のお宝についての知識も非常に豊富な男である。
彼は、店に入って来た少女がやけにふらふらで、顔も上気し、額には玉のような汗も浮かばせている有様だったので、慌てて心配そうに駆け寄った。
「お、おい! どうしたシィナ。ふらふらじゃねえか!」
「だっ、ダイジョブ。それより、コレ……」
「お前、この短剣は……超レアもんだ。こんなもん持ってんの、生半可な冒険者じゃねえはずだ。よく盗ってきたな」
「う、うん。ちょろいもんだったよ……!」
「いやしかし、そいつは――呪いの術式が仕込まれてるんじゃねえか!?」
シィナが手に持つ短剣を見て、店の主人はそう言った。
彼は、魔力を探知する能力にも非常に秀でていた。
怪しい文様を浮かべているのであからさまなわけだが、そこから呪いの魔力がどろりと滲み出ているのを主人は確かに感じ取ったのだ。
「の、呪い――!?」
「ああ。こりゃ、相当強力な呪式だ。……お前、よく歩いてこられたな……」
(ううっ……。どうりで、さっきから体が熱いし、重いし……。これ、その術式ってやつのせいか。くっそー、あの勇者――!)
「じゃっ、じゃあ、買い取れない? これ……」
「そうだな。悪いが、買い取ってはやれねえ。だがとにかく、そいつを離せ、シィナ」
「う、うん……」
店の主人に促され、シィナはひとまず短剣をカウンターの上に置こうとするが……。
そのとき。
短剣の表面に浮かび上がっていた文様が、ぺりぺり、と音を立てながら捲れ上がった。
「え……?」
驚き目を丸くするシィナは――直後、苦悶の表情へと変わる。
浮かび上がった、黒くどろっとした『文様』。
短剣の表面から捲れ上がった幾筋かのそれは、少女の手にぎゅるぎゅると勢いよく巻き付いた。
「にゃ゛っ!?」
短剣の柄を握り込んだ拳の上から、細長く伸びて紐状になった『文様』が、ぐるぐると巻き付いて、きつく結ばれた。
ぎりぎり、と、小さな手を容赦なく締め付ける黒い紐。
シィナは、慌ててもう片方の手でそれを解こうとするが、魔術の紐は素手では触れない。
「痛っ……。にゃ、なにこれっ」
「この術式を組み込んだ″魔術師″はひどく陰湿なヤロウみたいだな。……盗人を、決して逃がさないようにしようってんだな」
「どういう、こと……?」
「術者は、術式の発信元を辿れる。お前の居場所は持ち主にバレバレってことだ。しかも、呪いから逃げられねえよう、こうやって縛り付けられるのさ」
「うぅ、じゃあ……」
「ああ。連中は短剣を取り戻すために、お前を追って来る」
「――――っ」
熱で赤らんでいた顔だったが、さあっと血の気が引いて、途端に青ざめていった。
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