シャッター音と君と

沐猫

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 食事を終えたあと、ディスカウントストアで自宅になかったものを買った。
 一花と一緒に買い物をしていると『同居』というのが現実味を増してる気がして、嬉しいような気恥ずかしいような浮ついた心持ちだった。

 帰宅後は、スマホの遠隔操作で沸かしておいたお風呂に一花を追いやった。
 そして俺はというと、ベランダで一服していた。一花の前ではどうしても煙草に火を付けるのは躊躇われる。

「これからどうなるか……」

 深く長めの息を吐いて、上を向く。眼前に広がるのは遮るもの一つない、都内ではあまりない月と星の輝きだけがそこにはあった。
 一花との同居生活とか自身のダイナミクスについてとか、考えても仕方ないと思ってもやはり気にせずにはいられず、想像しえる危険は排除しようと思考を巡らせていたが、本当にどうでも良くなるくらい美しい光景だった。

 俺は付けたばかりの煙草を消して、部屋に急ぎ戻る。
 リビングの一角に設けている作業場にある一眼レフカメラを持ち出してシャッターを切る。撮った写真をすぐに確認したが、映し出された画像に納得いかず、設定を変えて、またシャッターを切る。その作業を繰り返し繰り返し、少しずつ変化する星空を、どうにか自身が捉えている姿に収めたくてがむしゃらに撮影を続けた。

「直翔さん、もういいの?」

 撮影に一区切りついたタイミングで一花に声をかけられた。
 お風呂から上がりルームウェアを着た一花は、首にタオルをかけてこちらを見ていた。赤みの引きかけた頬を見るかぎり、上がってから少し時間が経っているようだった。

「あぁ。撮りたいものは撮れたからな」

 ベランダから部屋に戻り、カメラを作業机に置いて、改めて一花を見る。ソファに座ってテレビを付ける一花の髪はまだ水気を含むようにペタリとしていた。

「相変わらずきちんと髪を乾かしていないのか?」
「暑くて、ちょっと涼んでたんだよ」
「いつもそう言って自然乾燥させてるのは小さい時からだろ」

 俺はドライヤーを取りに脱衣所に向かった。
 そういえば実家に姉が一花を連れて泊まりに来ていた時も同じことをやっていたな。急に大きくなった気がしていたが、変わらないところ見つけると懐かしさと安心感を覚えてしまう。俺が実家を出てからは一花と会うことも減ったから。
 今日会ったのだって2年ぶりだった。

「ほら、一花くんこっちに座って。乾かすから」
「ふふっ。まだ僕の髪を乾かしてくれるの? そんなに僕を甘えさせていいの?」
「いいんだ。俺の前では存分に甘えてくれていい」
「……ふーん。それじゃ、直にいちゃんお願いしまーす」

 昔の呼び名で俺を呼ぶ一花に、当時の可愛らしい一花の姿が重なるようでドライヤーをかけながら鼻歌を歌っていた。



 翌朝
 ふっと目が覚めた。スマホで時間を確認すると8時を少し回ったところだった。いつもだったらまだ寝ている時間である。
 そもそも昼近くに起きることがほとんどだ。夜型人間だということもあるが、朝早くから起きる必要がない。仕事の打ち合わせがなければ、気が向くままにカメラを持って撮影するし、写真の選定なんかも締め切りに間に合えばいつやっても良いから、本当に自由が利く。

 このまま二度寝という気持ちではなかったので、布団から出る。
 昨日は寝る間際に一花とどちらが寝室で寝るか問題をまた議論することとなったわけだが、俺が主張を譲るわけもなく、リビングで寝ました。

 一花はまだ寝ているのだろう。環境が変わったことだし、移動の疲れもあったのかもしれない。
 昨日のうちに買っておいた食パンとハムと卵で2人分トーストを作る。トーストが焼き上がるまでただ眺めるのもなんだからと無意識に煙草とライターに手が延びる。煙草を咥え、換気扇の電源を入れてから火を付けた。
 煙草と徐々に漂ってくるトーストの香りに、こんな気持ちの良い朝は本当に久しぶりだと思った。

 そういえば昨日一花が出かけたいと言っていた。入学式は一週間後で、大学へのルートや家の回りを探索したいのだと。ここから大学へは電車で10分、バスで20分といったところか。電車の方が乗車時間は短いがなんせ人がわんさか乗っている。俺としてはバスを勧めたいところだ。

 2本目の煙草に手を伸ばしたところで寝室から物音が聞こえた。一花が起きたのだろう。
 俺は煙草をそのまま箱に戻し、頃合になったトーストをオーブントースターから出して皿に乗せた。

「おはよう、直翔さん」
「おはよう一花くん」
「美味しそうな匂いで目が覚めた」
「トーストを焼いたんだ。一花くんの分もあるからどうぞ。飲み物はどうする? 割となんでもあるよ」

 寝室を出たほぼ真正面に台所があるから、換気扇を回していても微かに匂いが入ってしまったかな。
 台所で準備をする俺の後ろに一花は立った。

「どうした?」
「コーヒーある?」
「もちろんあるよ」
「そう。なら、どこに何があるか知りたいから見ててもいい?」

 そう言って隣に移動してきた一花に、俺は飲み物や調味料、調理器具の場所を教えたのだった。
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