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呼び鈴に独り言のように「はーい」と答えて、玄関を開けると、何故か甥がいた。
甥が俺の自宅に来たことは今までなかったし、そもそも呼んだことがない。
キャリーケースとボストンバックを持った甥は、戸惑っている俺を余所に満面の笑みで突拍子もないことを言った。
「直翔さん、居候させてください」
??、……!?!?
あ……、えーっと?イソウロウ?居候……。うーん。うん。
とりあえず一花を玄関に立たせたままっていうのは良くない。全くもって宜しくない。
「話は部屋で聞くから、一花くん上がって。先に謝っておくけど、ここそんなに広くないから」
この世にはダイナミクスという男女の性とは別の性がある。
俺がダイナミクスを初めて体感したのは、姉の息子である橋本一花に出会った時だった。
3歳になったばかりの一花は、まだ人見知りをすると言われていたが、初対面だった俺に溢れんばかりの笑みを向けてきた。それはもう妖精かあるいは天使のように可愛らしい笑顔で、慌てて写真に収めたのを今でもはっきり覚えている。この子の笑顔は俺が守ってあげたいと思った。それからは一花に会う度、一挙一動を見守って、出来る限りの世話を焼いていた。
そしてその一花が今、何故か俺の自宅の机を挟んだ正面に座っているわけだが。
俺は一花を部屋に招き入れて、リビングの椅子に座るよう伝え、自身は冷蔵庫の中にあったジャスミン茶を2人分コップに注いで席に着いた。
「それで、居候と言っていたけど、どういうことかな? 俺には全く話が読めないんだ」
「いきなり来ちゃってごめんね。直翔さんに会いたい気持ちが先走っちゃった。まあ、サプライズ成功ってことで」
手を口元に添えてクスクスと笑う一花は相変わらず可愛い。いや、気をしっかり持て、俺。今は居候の理由を聞いているところだろう。
一花に対する自身の甘さに痛感しつつ、気持ちをもう一度引き戻す。
「一花くん。俺の質問に答えてくれてないよ」
「そうだった。僕が進学することは知ってるよね? 自宅から通学するにはちょっと遠いんだよね。まあ通えなくはない距離だけど、そのことを家でボヤいてたら、母さんが直翔さんの家が大学の近くよって。それで前は急げで荷物まとめて来ちゃったというわけ」
悪びれる様子もなく、無邪気に話す一花の様子に頭が痛くなったような気がした。
一花の進学については、姉に聞いていた。というか、一花に関することはある程度共有してもらうようにしている。庇護対象の一花のことを把握することで俺のDom性は制御できるからだ。
その時、メッセージの受信音が鳴った。内容はおおよそ検討がついていたが、念のために確認する。
案の定、姉からだった。
『直翔のところに一花が向かったから、面倒見てあげて。あんた一花に対しては世話焼くの得意でしょ。
P.S. あんたのことは信じてるけど、一花と一緒にいることでダイナミクスがどう作用するかは分からないから、抑制剤は飲んでおくように。一花を傷付けてたら許さないから
姉より』
かなり一方的なメッセージではあるが、想定通りだ。
抑制剤については、姉に言われなくても、一花を部屋に入れ、お茶を用意した時にすでに飲んでいる。
「誰から?」
「一花くんのお母さんから。もう少し早くメッセージをくれれば、呆けた顔を晒さずに済んだのに。タイミングが悪い」
まさか姉は狙って遅めのメッセージを送ってきたのだろうかと邪推したが、気にしても仕方ないと意識の外に追い出した。
「うん。事情は分かった。狭いところだけど、歓迎するよ。それじゃ、中を案内するから着いてきて」
狭いと言ってはいるけど、間取りは2Kで風呂トイレは別である。洋室はリビングと寝室として使っている。
だから、一花を泊めておくことは特に問題ない。
「ここがトイレで、こっちが風呂場。寝室はここ。一花くんはここで寝てね。シーツとかは後で替えておくから、心配しないで。
それでさっきの場所が、リビング兼作業部屋ってところかな。荷物は寝室に置いておいて、足りないものとかあれば遠慮なく言ってね。用意するから」
「説明ありがとう。ところで直翔さんはどこで寝るの?」
一花は部屋をキョロキョロと見回しながら聞いてきた。まあ居候という立場だと俺の寝所も気になるか。
「あぁ、リビングのソファで寝るよ。あれ、折りたたみ式の簡易ベットになるから」
「居候させてもらうんだから、僕がソファでいいよ」
「ダメだよ。一花くんは寝室で寝て。学生の君はきちんと睡眠が必要でしょ? それに俺の仕事って終わりは自分で決めるようなものだから、下手したら朝なんてこともザラなんだ。子供は遠慮せずに甘えておきなさい」
「……すぐ子供扱いするんだから」
近頃は子供扱いすると明らかに不機嫌になる一花。18歳だし、大人だと言われれば、間違ってはいないが、一花は可愛い甥っ子なのだ。
写真を見ると可愛いよりもカッコ良い比率が上がっているのは確かだが、もう少しだけ構い倒させて欲しいのが本音である。
「不貞腐れるなよ。一花くんを甘やかすのは俺のエゴだから、な。
そういえばそろそろ夕食の時間だな。買い出しついでに外食するか。何か食べたいものある?」
「そうだね。強いて言うと肉かな」
「肉ね、OK。じゃああそこに行こうかな。必要なものだけ持ってきて。それじゃ行こうか」
甥が俺の自宅に来たことは今までなかったし、そもそも呼んだことがない。
キャリーケースとボストンバックを持った甥は、戸惑っている俺を余所に満面の笑みで突拍子もないことを言った。
「直翔さん、居候させてください」
??、……!?!?
あ……、えーっと?イソウロウ?居候……。うーん。うん。
とりあえず一花を玄関に立たせたままっていうのは良くない。全くもって宜しくない。
「話は部屋で聞くから、一花くん上がって。先に謝っておくけど、ここそんなに広くないから」
この世にはダイナミクスという男女の性とは別の性がある。
俺がダイナミクスを初めて体感したのは、姉の息子である橋本一花に出会った時だった。
3歳になったばかりの一花は、まだ人見知りをすると言われていたが、初対面だった俺に溢れんばかりの笑みを向けてきた。それはもう妖精かあるいは天使のように可愛らしい笑顔で、慌てて写真に収めたのを今でもはっきり覚えている。この子の笑顔は俺が守ってあげたいと思った。それからは一花に会う度、一挙一動を見守って、出来る限りの世話を焼いていた。
そしてその一花が今、何故か俺の自宅の机を挟んだ正面に座っているわけだが。
俺は一花を部屋に招き入れて、リビングの椅子に座るよう伝え、自身は冷蔵庫の中にあったジャスミン茶を2人分コップに注いで席に着いた。
「それで、居候と言っていたけど、どういうことかな? 俺には全く話が読めないんだ」
「いきなり来ちゃってごめんね。直翔さんに会いたい気持ちが先走っちゃった。まあ、サプライズ成功ってことで」
手を口元に添えてクスクスと笑う一花は相変わらず可愛い。いや、気をしっかり持て、俺。今は居候の理由を聞いているところだろう。
一花に対する自身の甘さに痛感しつつ、気持ちをもう一度引き戻す。
「一花くん。俺の質問に答えてくれてないよ」
「そうだった。僕が進学することは知ってるよね? 自宅から通学するにはちょっと遠いんだよね。まあ通えなくはない距離だけど、そのことを家でボヤいてたら、母さんが直翔さんの家が大学の近くよって。それで前は急げで荷物まとめて来ちゃったというわけ」
悪びれる様子もなく、無邪気に話す一花の様子に頭が痛くなったような気がした。
一花の進学については、姉に聞いていた。というか、一花に関することはある程度共有してもらうようにしている。庇護対象の一花のことを把握することで俺のDom性は制御できるからだ。
その時、メッセージの受信音が鳴った。内容はおおよそ検討がついていたが、念のために確認する。
案の定、姉からだった。
『直翔のところに一花が向かったから、面倒見てあげて。あんた一花に対しては世話焼くの得意でしょ。
P.S. あんたのことは信じてるけど、一花と一緒にいることでダイナミクスがどう作用するかは分からないから、抑制剤は飲んでおくように。一花を傷付けてたら許さないから
姉より』
かなり一方的なメッセージではあるが、想定通りだ。
抑制剤については、姉に言われなくても、一花を部屋に入れ、お茶を用意した時にすでに飲んでいる。
「誰から?」
「一花くんのお母さんから。もう少し早くメッセージをくれれば、呆けた顔を晒さずに済んだのに。タイミングが悪い」
まさか姉は狙って遅めのメッセージを送ってきたのだろうかと邪推したが、気にしても仕方ないと意識の外に追い出した。
「うん。事情は分かった。狭いところだけど、歓迎するよ。それじゃ、中を案内するから着いてきて」
狭いと言ってはいるけど、間取りは2Kで風呂トイレは別である。洋室はリビングと寝室として使っている。
だから、一花を泊めておくことは特に問題ない。
「ここがトイレで、こっちが風呂場。寝室はここ。一花くんはここで寝てね。シーツとかは後で替えておくから、心配しないで。
それでさっきの場所が、リビング兼作業部屋ってところかな。荷物は寝室に置いておいて、足りないものとかあれば遠慮なく言ってね。用意するから」
「説明ありがとう。ところで直翔さんはどこで寝るの?」
一花は部屋をキョロキョロと見回しながら聞いてきた。まあ居候という立場だと俺の寝所も気になるか。
「あぁ、リビングのソファで寝るよ。あれ、折りたたみ式の簡易ベットになるから」
「居候させてもらうんだから、僕がソファでいいよ」
「ダメだよ。一花くんは寝室で寝て。学生の君はきちんと睡眠が必要でしょ? それに俺の仕事って終わりは自分で決めるようなものだから、下手したら朝なんてこともザラなんだ。子供は遠慮せずに甘えておきなさい」
「……すぐ子供扱いするんだから」
近頃は子供扱いすると明らかに不機嫌になる一花。18歳だし、大人だと言われれば、間違ってはいないが、一花は可愛い甥っ子なのだ。
写真を見ると可愛いよりもカッコ良い比率が上がっているのは確かだが、もう少しだけ構い倒させて欲しいのが本音である。
「不貞腐れるなよ。一花くんを甘やかすのは俺のエゴだから、な。
そういえばそろそろ夕食の時間だな。買い出しついでに外食するか。何か食べたいものある?」
「そうだね。強いて言うと肉かな」
「肉ね、OK。じゃああそこに行こうかな。必要なものだけ持ってきて。それじゃ行こうか」
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