うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人

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第54話 いい気分が台無しに

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 さて、日が変わって今日は昼間に色々な用事を済ませたので夕方近くになってしまったが、鍛冶屋に修理に出していた武器を受け取りに行かないとな。明日の午後から勤務に戻る予定なので今日中に受け取っておきたい。

 俺は従魔と一緒に家を出て、鍛冶屋の店に向かって街を歩いて行く。時間が夕方という事もあって、仕事帰りなのか大勢の人が道を歩いている。露店で串焼きを買っている人もいれば、パンを買っている人など様々だ。もしも賊徒に俺達が敗退して街を蹂躙されていたら、今頃はこんな平和な街の姿はなかっただろう。

 そんな風景を横目に見ながら俺はコルとマナを連れて鍛冶屋を目指して歩いて行く。中心部を抜けて暫く歩くと、職人街にあるこの前武器を預けた鍛冶屋に辿り着いた。まだ建物の中からは鉄を叩く大きな音が道まで聞こえてくる。

 この前は大声を出して呼びかけたら職人全員に驚かれたから、今日はそんな事にならないように気をつけよう。扉を開けると数人の鍛冶職人がまだ仕事を続けている。親方の姿も仕事場の奥の方に見えるな。

 この前のような大声ではなく、中くらいの声で呼びかけてみよう。

「こんちは! この前武器を預けた者ですけど修理は出来上がってますか?」

 あれ? 俺の呼びかけに誰も反応がない。中くらいの声だと聞こえないのかな?

『主様、聞こえてなさそうですよ』
『もっと大きな声じゃないと気がつきそうもないですね』

『ああ、そんな感じだな』

 こりゃ声出しの加減が難しいな。仕方ない、今度は大声と中くらいの声の間くらいの声で呼びかけてみよう。

「こんちは! この前武器を預けた者ですけど修理は出来上がってますか?」

 あれれ? 今度も職人達の反応がない。結構大きな声を出したはずなのに槌やハンマーで鉄を叩く音にかき消されてしまったのだろうか。もうこうなったら仕方がない。この前と同じくらいの大声で呼びかけるしかない。

「こんちは! この前武器を預けた者ですけど修理は出来上がってますか?」

 すると、工房の中にいた数人の鍛冶職人が驚いた顔をしながら皆一斉に俺の方へ顔を向けた。そして奥にいた鍛冶屋の親方が立ち上がり、俺に向かって近づいて来てこう話しかけてきた。

「おう、武器のメンテナンスを依頼してきたお客さんかい。そんなに大声を出さなくてもしっかり聞こえるぞ」

 いや、大声を出す前にそれより小さめな声で呼びかけたけど、全ての呼びかけにあんた達は無反応だったじゃないか。どのくらいが適切なのか加減がわからないぞ。

「申し訳ない。この前預けた武器のメンテナンスは終わってますか?」

「終わっとるぞ。ほれ、そこに置いてある。そこに紙があるから斬れ味を確かめてくれ」

 親方が指差した台の上には俺の武器が三つ乗っかっていた。言われた通りに手に持って紙を刃に押し当て斬れ味の仕上がりを確かめてみる。暗黒破天と大剣二本も試したが、曇りもなく斬れ味も問題なさそうだ。

「こんなによく仕上げてもらってありがとうございます」

「ハッハッハ、これがわしらの仕事じゃからな。おまえさんに満足してもらって職人冥利に尽きるってものよ」

 そう言いながら鍛冶屋の親方は誇らしげに自分の胸を叩く。出来上がりに満足した俺は請求されたお代を払って立ち去ろうとしたが、ふと壁に掛かっている何本かの短剣が目に入り親方に聞いてみる事にした。

「ところで親方。あの壁に掛かっている短剣は売り物なんですか?」

「おう、あの短剣も一応売り物じゃ。わしが打ったものじゃぞ」

「ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「おう、いいぞ」

 親方に断りを入れてそこまで歩いていき、壁に掛けられている短剣を間近で見てみる。どの短剣も見事な仕上がり具合でよく斬れそうだ。その中で目に留まった一本の短剣を手に取って持ち手の具合や重さなどを確かめてみる。これはバランスもいいし使いやすそうだな。

「これっていくらで売ってくれるんですか?」

 俺の質問に親方が応えた金額は思ったほど高くない。
 ここは思い切って買ってしまおう。

「買わせて頂きます」

「ほう、おまえさん目の付け所がいいな。この短剣はわしが打った中でもすこぶる良い出来の物じゃ。短剣はわしが趣味で打っとるから欲しい者がいれば格安で売っておる。まあ、傭兵も冒険者も見栄えが良くて大きい剣を欲しがる傾向が強くてあまりこの手の短剣をメインで使う者はそんなにおらんのだ。軽くて結構使い勝手が良いのにな。でも、物は確かじゃからどんどん使っておくれ。鞘と腰ベルト、それに腿に巻くタイプの黒い革ベルトもサービスでつけてやろう」

 おお、それはありがたい。あるかどうかわからないけど、もし狭い室内の戦いとかあったら俺の場合は武の達人の称号があるから短剣が役に立つかも。

「付属品もつけてくれてありがとうございます」

「いいって事よ。その代わりと言っちゃなんだがまたその従魔を撫でさせてくれ」

 ハハ、この親方もブレないな。

『コル、マナ。頼む』

『わかりました』『お安い御用です』

 親方にたっぷりとモフ分補給をさせた俺は武器を受け取って鍛冶屋を後にした。
 さて、どこかで食事をして帰るとするか。

 外に出ると日が沈んで街は暗くなっていた。俺は食事が出来る食堂に行こうとそれ系の店が固まっているエリアに向かう。すると、前方に俺のよく知る二人の人物が外から食堂の中を覗いている姿が目に入った。

「ベルマンさん、それにバルミロさんじゃないですか」

 そう、外から食堂の中を覗いていたのは普段着姿のベルマンさんとバルミロさんだ。

「おう、エリオじゃねえか」
「フッ、こんなところで会うなんて奇遇だな」

「お二人ともこの食堂を覗いていたけどこれから飯ですか?」

「ガッハッハ、官舎の飯も毎日だと飽きるからな」
「フッ、ベルマンに誘われて俺達は外の飯を食いに来たのだ。この食堂は旨い飯を食わせてくれると部隊員に聞いたのでな。どんなものかと中を窺っていたのだ」

「なら、丁度良かった。俺も飯を食いに来たんですよ。一緒に入りませんか?」

「おう、いいぞ。エリオの従魔も一緒に入ろう」

 俺とベルマンさん達は連れ立って食堂の中に入っていく。食堂の中は広くてテーブルも多くお客さんもかなり入ってるな。空いている席に座るとこの食堂の店員がすぐに注文を聞きに来たのでお薦めの料理と酒を頼む。俺も二人の付き合いで酒を飲もう。

 少し経つとさっきの店員が料理と酒を持って俺達のテーブルへやって来た。テーブルに並べられた料理は肉のステーキとじゃがいもの塩茹で。あと、粒の穀物を炒めた後に何かのスープで炊き上げたような食べ物だ。上にはチーズと香草を細かく切った物が乗っかっていて湯気を立てている。そして酒はエールだ。

 まずは酒だ。各々ジョッキを手に持って持ち上げ乾杯の掛け声をかける。

「「「乾杯!!!」」」

 喉を通っていくエールが胃に染み渡る。

 次に肉のステーキを食べる。ナイフで切ると程よい焼け具合で見るからに旨そうだ。口に入れて噛むと肉汁がジュワッと出てきて口の中いっぱいに旨味が広がる。これまた旨い。じゃがいもの塩茹ではシンプルな味付けだが、ほくほくとして口の中に頬張るとほんのり甘みもあって旨い。一旦エールで口直しをしてから粒の穀物を炊き上げた料理をスプーンで掬って食べる。これは何とも言えない旨さでいくらでも胃の中に入っていきそうだ。

 コルとマナには肉を与えているが、二匹とも美味しそうに食べている。

『コル、マナ。その肉は旨いか?』

『はい、美味しいです』
『切れ目が入っていて食べやすいので合格点です』

「この店、当たりでしたね」

「ガッハッハ、どの料理も旨いぞ」
「フッ、この旨さは俺も認めざるを得ないな」

 俺達は他愛もない話をしながら料理を食べて酒を飲み、楽しい時間を過ごしていく。だが、そんな時に後ろのテーブルにいる二人組の男の客から聞き捨てならない会話が聞こえてきた。

「なあ、この街にいる部隊なんだけどよ。賊徒を倒してくれたのは嬉しいが、その後居丈高になって街の住民に暴力を振るってる奴がいるぜ」
「ああ、俺もそれらしい現場を見たぜ。あと、品物を購入しても金を払わないで文句を言ってきた主人を殴ってそのまま出て行った奴がいるという話も聞いたぜ」

 何やら後ろの二人は部隊の話をしているようだ。その二人の声が聞こえたのか、ベルマンさんもバルミロさんも黙って聞き耳を立てている。せっかくいい気分で飲んで食っていたのにとんでもない話を聞いてしまった。黙っていたベルマンさんが立ち上がり、後ろのテーブルのその二人組の客に優しく話しかける。

「なあ、あんたら。いきなりで申し訳ないがその話は本当か?」

 全身筋肉のベルマンさんに話しかけられて驚いた二人組だったが、そのいかつい風貌にそぐわない優しい口ぶりに安心したのか片方の男が答える。

「ああ、本当の話だ。俺がこの目で見たんだからな。俺達が賊徒を倒したのだから、これくらいで文句を言うなって言ってたぜ。あんたは強そうだから大丈夫だろうが念の為に気をつけた方がいいぜ」

「そうか、話の途中に割り込んで悪かった。お詫びにこの金で酒でも飲んでくれ」

 ベルマンさんが懐から出した財布の中から金を出してその二人組のテーブルに置くと、男達は嬉しそうな顔をして「旦那、ありがとよ」と言いながら早速店員を呼んで酒を注文したようだ。

 一方、俺達は今までのいい気分が台無しになってすっかり酒の酔いも醒めてしまった。

「エリオ、これは何とかしなくちゃいかんぞ」
「うむ、放置すると部隊の沽券に関わるな」

「そうですね。明日カウンさんやラモンさんと相談してみます」

 食堂の酒や料理はとても旨かったが後味が悪くなってしまったな。
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