呉宮史桜の優雅な放課後

詩央

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Case.02【雨露のメッセンジャー】

day7.2─独白─

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 静寂が再び、図書室を包み込んだ。
 外では雨脚がさらに強まり、窓を叩く水音だけが響いている。

 俯いたままの佐伯を見つめていた絢葉が、ためらいがちに口を開いた。

「……あ、あの! 佐伯先輩が犯人だとして……だったら、一体何を窓に書いてたんですか? ただのイタズラ、ってわけじゃないですよね?」

 その問いに、史桜はゆるやかに視線を向け、薄く微笑んだ。

「そうだね。──窓には、ちゃんと彼なりの“メッセージ”が込められていた」

「メッセージ……?」

「だが、それが読めなかったのには理由がある。……そして、そのヒントの一つは、君自身がすでに目にしている」

 絢葉は首を傾げた。
「わたしが……?」

 史桜は、卓上を軽く指で叩いた。
「思い出してごらん。佐伯君が調査内容をまとめたメモ──非常に字が読みにくいと話していただろう?」

「え、あ……確かに……」

「彼は普段から字があまり整っていない。さらに、ワセリンのように透明なものを使って窓に文字を書くとなれば、自分の書いた線すら見えにくい。
 つまり、実際に窓に文字が浮かび上がるまで、彼自身も“どう書けたか”は分からなかった可能性が高い」

 史桜は一呼吸置き、スマートフォンを取り出した。
 画面には、絢葉が図書室の外側から撮影した例の写真──雨の中、ぼんやりと浮かぶ窓の文字が映っていた。

「そしてもうひとつ、根本的な問題がある」
 彼は写真を机の中央に置き、佐伯を見た。
「君は、外側から見てそのままメッセージを書いたんじゃないか? 内側から見たときに、文字が反転することを考えずに」

 その言葉に、絢葉は「えっ」と息を呑み、佐伯は「……あっ」とかすれた声を漏らした。

 絢葉は身を乗り出してスマホの画面を覗き込む。
「……改めて見ると、確かに……外側から見たら、少し読める部分もあるような……?」

 画面の中の曇りガラスには、雨粒の間から、微かに判読できる線が浮かんでいた。

「こ……れ、“好”……“き”……? えっ……?」

 呟いた絢葉の声が、静まり返った図書室に溶けていく。

 史桜は、ただ静かにその様子を見つめていた。
 そして、すべてを悟ったかのように、佐伯の肩が小さく震えた。

 沈黙が降りたまま、変わらず雨の音が響いている。
 佐伯はしばらく俯いたまま、唇を噛みしめていた。
 やがて、小さく笑うように息を吐く。

「……そうだよ。『好き』って、書いてあるんだよ」

 その声はかすれていた。
 誰に向けるでもなく、自嘲するように続ける。

「全文は──『白石さん、好きです。佐伯悠斗』。……まるでラブレターみたいだろ」

 絢葉が言葉を失ったまま、そっと目を見開く。
 史桜は何も言わず、耳を傾けている。

「一年のときのことさ、話したろ……。白石が押し付けられた仕事も真面目に頑張ってたり、俺なんかに勉強とか一生懸命教えてくれたり。単純だけど、それでいつの間にか好きになってたんだ」
 佐伯は俯いたまま、指先をぎゅっと握る。
「でも、俺みたいなやつがまともに告白したって、イタズラだと思われるんじゃないかって……そう思った。だったら、少しでも印象に残る告白の仕方がないかって考えて……“雨の日にだけ浮かぶ文字”なんて、ちょっとロマンチックかなって……」

 苦笑とも嗚咽ともつかぬ息が漏れる。
「……けど、結局上手くいかなくてさ。字も下手だし、仕掛けも中途半端。それどころか、逆に白石も怖がらせて、迷惑かけて……」

 彼は顔を伏せた。
 窓の外では、雨脚がさらに強まり、叩きつけるような音が響く。

「バレたら嫌われるかもしれないって思って……。だから、どうにか他の人に罪を被せられないかって考えた。調査に協力して、漫研の小堀を疑わせようとしたんだ。でも、あいつは全く関係ねぇのに……。俺、最低だよな」

 その言葉は、重く沈んだ空気に吸い込まれていった。

「調査が始まっても……それでも、どうしても諦めきれなかった。他の誰も気づかなくても、もしかしたら白石ならいつか気づいて、想いが伝わるんじゃないかって。……そんな甘いこと、考えてたんだ」

 手のひらを見つめながら、佐伯は苦笑する。
「……頭の悪い俺が、変なこと考えるもんじゃないな」

 その声には、もう逃げ場のない静かな諦めが滲んでいた。

 史桜は、何も言わなかった。
 ただ、その告白を最後まで聞き届ける。
 絢葉が口を開きかけたその瞬間──

 図書室の扉が、音を立てて開いた。

 振り向いた二人の視線の先。
 そこに立っていたのは、乱れた髪、その下の眼鏡の更に奥の瞳を、動揺した様子ながらも真っ直ぐ佐伯へ向ける──

 白石琴音だった。
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