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3話ー同じ空の下に僕は居る
しおりを挟む僕は今、崖の下を覗いている。
僕の目の前に広がっているのは、地獄であった。
──男と女が分け隔てなく武装し、アンサンブルを奏でる、剣戟音。
──辺りに緑が存在せず、土もパサパサと枯れ果てている、殺伐的な風景。
それらが混ざり合う地獄へと、僕は来ていたのだ。
それを見た僕は、女神様との会話を思い出す。
「音楽で世界を救って欲しい、か……ふっ…………いやいやいやいやいやいや!!絶対ムリだよコレ!?」
『おら死ねえええええ!!!!』
「おら死ねえええええ!!!!だってよ!!??」
『ヒャッハアアアアアア!!!てめぇ等のことを血ダルマにしてやるぜえ!!!』
「あっちの人はヒャッハアアアアアア!!!ってしちゃってるよ!!??」
もう、駄目なのかもしれない。
酷い光景を見て沈んだ気持ちの僕は、両膝を地面に着いて天を仰ぐと、涙を流しながら過去を振り返る。
「お母さん。初めて僕が演奏をした時、「上手だね!」って褒めてくれてありがとう。そのおかげで、ヴァイオリンが好きになりました」
『ヒイイイイイ!!ハアアアアアア!!!』
それは、母への言葉であった。
幼少期の頃に、オモチャのヴァイオリンで初めて演奏をした時、僕の音を聞いていた母からの一言。
そのたった一言の褒め言葉が、僕の人生を変えたのだ。
ファン一号こと母に、僕は感謝を忘れたことがない。
「お父さん。僕がプロのヴァイオリニストになりたいって言った時、「応援してるぞ!」って優しく背中を押してくれてありがとう。そのおかげで胸を張ってプロのヴァイオリニストになれました」
『テメェのタマ切り取ってやるぜええええ!!!』
それは、父への言葉であった。
小学生の頃からヴァイオリンの演奏会で賞状を貰っていた僕は、プロのヴァイオリニストしか、これといった夢が無かったのだ。
プロのヴァイオリニストという、不確定で不安定な職業に就くのは、親として不安だっただろう。
一人っ子の僕が無職になったら、一体誰が両親の面倒を見るのか?
しかし父は、そんなことを承知の上で僕の夢を尊重し、応援してくれたのだ。
感謝してもし切れない。
「お母さん、お父さん。先に旅立つ親不孝者な息子で、ごめんなさい……」
それは、両親への懺悔であった。
一般人である僕が、このような地獄で生き残れる筈などないのだから。
「僕はまだ、何も返せてないのに…………」
『馬鹿め!それは残像だ!!』
『なにっ!?』
「…………って!さっきから煩せえな?!割かし離れてるココまで聴こえるってどんな声量だよ!!はあ…………」
ずっと聴こえてくる下品な言葉に、シリアスをやっていた僕は思わずツッコミを入れた。
呆れた僕はそっと地面に腰を下ろすと、脚の上に置いた相棒を慈悲の眼差しで撫でる。
「お母さんとお父さんから僕の専用だって買って貰ったこのヴァイオリン、もう十年以上の付き合いになるのかあ。お前も可哀想に……こんな所に僕と連れて来られてさ。これから俺達、どうなるんだろう……」
ふと見上げた異世界の空は、透き通った碧色が広がっていて、とても綺麗だった。
僕はそんな空を見て、ボソッと呟く。
「同じ空の下なら、僕の演奏で皆のことを、感動させられるのかな……?」
前の世界と同じ空に、高く、高く、何かを掬うように、僕は手を伸ばした。
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