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11話 信じたくない

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「お嬢ちゃん、1人かい?ジークス様は一緒じゃねぇのか?」


ベンドゥさんはそう言って周りをキョロキョロと見回した。


「は、はい……私、その…グランを探しに来て」


「あぁ、そうか…そうだよな、ジークス様を……」


眉を寄せバツの悪そうな顔をしたベンドゥさん。きっと噂の事を知っているのだろう……ベンドゥさんのその表情を見ると私の中にある嫌な予感は大きくなっていく。
正直、怖い。
今すぐにでも耳を塞いで逃げ出したい。
現実を知りたくない。

でも、もうグランが帰っくるのを、不安に押し潰されそうになりながら待つのは嫌だ。
ノアに背中を押してもらって、折角王都に来たんだ。
グランが誰と一緒になったとしても……私から離れていってしまおうと、このまま私だけ何も知らないなんて絶対に嫌!!

ーーもう、全てを諦めていた幼い頃の私じゃないから。


「あの!ベンドゥさん、教えてください。どこへ行けばグランに会えますか?」


私は意を決して、ベンドゥさんへと口を開いたのだ。





。。。。





「……やっぱり会いたいって思って直ぐに会える人じゃないよね……」


話を聞いたベンドゥさんと別れ、大通りの中心にある噴水広場のベンチへ腰掛け頭を垂れる私。
ベンドゥさんから聞いた噂は冒険者さんの話してくれた内容と殆ど一緒だった。

数日に1度の頻度でこの街に品の良い令嬢をエスコートしている事。
令嬢は何故か目元だけを白のベールの様な布で隠しているらしく、それなのにも見た瞬間感じる品の良さや美しさは一般のそれとは明らかにかけ離れているらしい。
街へ降り立つ際には数人の騎士達も一緒なのだが、グランと令嬢との距離が他の騎士よりも近く、2人が終始楽しそうに笑っている所を街にいた人々が目撃し、この様な噂がたったのだと。
その他にも、令嬢の乗っていた馬車はとても豪華な作りで高貴な方なのは間違いないらしく、そんな馬車に書かれた家紋はこの国では見た事が無いから隣国の令嬢かもしれないとも言っていた。

私がグランに会いたいと言うとベンドゥさんは眉を下げて「すまんな、それは少し難しい」と力なく言ったのだった。




「はぁ、私グランの事何も分かってなかったな……」


冷たくて寂しい孤児院から連れ出してもらって、貴族である母親の反対を押し切って小さな村でグランと2人暮らしをしていた私。
グランが貴族であり、皆が信頼を寄せる優秀な騎士団長である事など頭では分かっていたはずなのに、気持ちはそうじゃなかった。


もう一度溜息を吐いて俯きそうになる私は、パチンッと勢いよく自身の頬を両手で叩いた。


「ダメダメ!直ぐに悲観的になるのは私の悪い癖っ!絶対にグランに会うって決めたんだから!!!」


少しだけ赤くヒリヒリする頬に両手を当てながら、私は嫌な予感を振り払うかのように首を振った。


「よしっ!もうひと頑張りだ!」

気持ちを入れ替え、気合を入れてベンチから立ち上がると、何やら大通りの入口が騒がしい事に気付き、声の方向へと視線を向ける。

そこは既に街の人々が集まり、ここからではそのを見る事が出来ない。


「なんだろ?何かの催しかな?」


そんな事を思いながら私もつられてその場所へと足を進めた。
人集りひとだかりを掻き分け前へ行くのは一苦労で、やっとの事で見える位置に到着するとゆっくりと顔を上げた。


「……え?」


私の目に映ったのは皆が噂していた光景で、噂通りの光景だった。
白いベール布で目元だけを隠した品の良く高貴な淑女、白を貴重とした美しい馬車を降りる彼女に手を差し伸べエスコートするのは、他の誰でもないグラン・ジークスだった。

その瞬間、視界が歪んだ。
認めなくなかった。
きっと皆が言っているのはグランじゃない。
グランが私に黙って婚約するはず無い……って。

でも私の視線の先に居る2人はとてもお似合いだった。
貴族の女性と貴族の男性。
儚く美しい淑女と逞しく端正な紳士。


『俺はお前みたいな騒がしいより、物静かで美人な淑女が好みなんだ』


あの時言った言葉は彼女を思いながら口にしたのだろうか……。
あの時からグランは、彼女の事しか見ていなかったのだろうか。

ポタ、ポタと頬が濡れ地面に落ちる。


「グ、ラン……」


目の前の幸せそうな2人を見ているのが辛くて、私は人混みを抜け駆け出した。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


人々の声が聞こえなくなるまでずっとずっと走って、涙と切れる呼吸で口の中は血の味がする。
胸は苦しくて、頭は何も考えられない。


「……っぁ!!ーーーくぅ……」

「いってぇな!!気を付けろ女!!!」


涙で歪んだ前は見ずらくて、ドンッと目の前の大柄な男性にぶつかり相手よりも圧倒的に体格の小さい私は強い衝撃と共に地面へ倒れる。


「い……す、すみません」

「……っっ!お前その目」


倒れた瞬間帽子とメガネが外れたのか、謝罪と共に男性を見上げた瞬間、目の前の男性は心底不快なを見る様な顔つきで私を見た。


……あぁ、そうだ……私は魔女の瞳なんだ。
血のように真っ赤で大昔多くの国に不幸をもたらしたと言われている魔女の瞳なんだ。


「さっさとどっか行け!!!その気持ちわりぃ目を見せんな!!聞こえねぇのかこのアマ!!!」


「……っっ!ぅぐっ!!」


固まって身体が動かなかった私に、目の前の男性はガーデン用の小さな石を勢いよく投げつける。
白色の綺麗な石は凶器へと変わり私の顬あたりに強い衝撃を与える。

じんじんと痛み出した場所を手で抑えると、ヌルッとした感触がして、手には真っ赤な血が付いていた。


「ご、ごめんなさい!」


私は身体に力を入れて帽子と眼鏡をそのままに、また走った。
走る事で身体が上下に揺れて頭がズキズキと痛い。

でも、それよりも今はただただ悲しかった。



「はぁ、はぁ……うぅ、ぐすっ……はぁ、はぁ……」

誰も居ない暗い路地で漸く走るのをやめる。
肩を揺らし呼吸を整えようとしても溢れ出る涙が邪魔をして上手く呼吸が出来ない。


「……グ、ラ…」


やっぱり、来ない方が良かったのかもしれない。
知らないままの方が幸せだったのかもしれない。

もう、帰ろう。
帰ってグランを待って『さよなら』と言われるのを覚悟しよう。

ぼーっとした頭でとぼとぼと路地裏を抜けようと歩き出したーーその時だった。



「レイラ、迎えに来たよ?」


「ーーーぇ?」


ガツンッ!!!


自身を呼ぶ声がした方向へと振り向こうとした瞬間、項に強い衝撃が走る。


(ーーえ?……あなたは……)


鋭く光る黄緑色の瞳と目が合って、私はそのまま意識を手放したーー。
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