【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ

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24話ー楽観的思考がもたらす危機

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 前中と別れ、家に帰り着く頃には頭痛は激しくなっていて、目を開けるのも億劫で光が入ってくると後頭部の方まで痛みが走った。
 ソファーに倒れ込むように横になって、床に投げ出したトートバッグの中から薬類の入った袋と水のペットボトルを取り出す。
「薬……薬……」
 痛み止めは貰っていない。とりあえず抑制剤を飲もうと薄く開けた目で確認をしながら錠剤を口に含んで目を瞑った。
 
 目が覚めると部屋の中は薄暗くなっていて、頭の痛みを確かめる前にズボンのポケットに入れっぱなしにしていたスマホを掴み出して時間を確認した。
 画面が明るくなるとこめかみが痛んで顔を顰める。前中と別れてから二時間弱経っていた。部屋の暗さは外の暗さと連動しているからかと寝返りを打って床の方を向く。
 薬の袋と中身が散乱している。
「……はー……」
 怠い体を起こして、床に散らばる薬と袋を手で掻き集める。
「あれ……」
 抑制剤とアレルギー薬を各袋の中に仕舞いながら数が合わないことに気が付く。一錠飲んだのだから薬が減っているのは自然なことだが、アレルギー薬の方が少なくなっていて、自分が抑制剤だと思って飲んだのはアレルギー薬だったと分かる。
 即効性があるのか、それとも眠たかったところに薬が投入されたからか、その辺は定かではないがアレルギー薬の影響が少なからずあり、脳の働きが低下して深い眠りについていたのだと納得がいった。
 薬を片付けたものの、立ち上がる気になれずに薄暗くなった部屋でスマホを操作する。やはり明るい光を浴びると頭がぼんやりとしてくる。
 翔と、前中からも連絡が入っている。画面上に前中からのメッセージが表示されているが、メールを送っておいたというところまでは読んだけれど、その前の文字が頭に入って来ず、スマホを裏返しにしてソファーに置いた。体調の変化を田口に報告したとかそういう内容だろう。
 再び目を瞑って、背凭れに後頭部を預けて上を向く。
 明らかな体調不良だ。何処かで風邪でも貰ったのかもしれない。
 今日はもう寝ようか。風呂にも入っていないし、夕飯も食べていないけれど、と考えた瞬間に腹から、くうぅ、と子犬の鳴き声のような音が漏れた。
 んー、と鼻を鳴らし、ずるずるとソファーから滑り落ちる。目の前には低いテーブル、その向こうにはベッドが置かれた狭苦しい部屋の床に四つん這いになって四肢を動かすと本当に犬のようだと可笑しくなって、漸くローテーブルに手を付き立ち上がった。
 眩暈はしない。自宅に帰る前より悪化していないことに安心しながら雄大はキッチンに向かう。玄関を入って即キッチンという造りであるから空気がひやりとして気持ちが良い。
 確か戸棚にレトルトの雑炊があったはずだ。鍋で加熱して、更に卵を追加しよう。
 そう決めて中腰になってキッチンの収納から鍋を取り出していると外の方から足音が聞こえ出す。玄関が近いため仕方がないことで、アパートの住人が帰宅したのだろうと気にも留めず雄大は鍋をコンロの上へと置いた。
 コンロと鍋底が当たる音と共に廊下の足音が止んだ。
 それも全く気にせずに、雄大が雑炊のパウチを開けようとした瞬間にインターホンが鳴り響いた。ピクッと肩を揺らして、パウチを確認すると僅かに裂け目が入っているだけで雄大はレトルトのパッケージから指を離す。
 中からの反応がみられないからかもう一度インターホンが鳴って、そのあとでコンコンと玄関を叩く音がする。
 ああ、そうだ、応対しなければ。
 玄関を背にしていた雄大は振り返って一歩ドアへと近付く。
「……門村先生」
 若い男の声に、動きが止まる。瞬きを数回して、玄関の扉にぶつかって消えた声色を脳内で探す。けれどすぐに本人が名乗ってくれた。
「門村先生、いらっしゃいませんか? 兼田です」
 翔だ。
 そういえばメッセージが入っていた。内容は確認していないが、読んで返信していれば彼は此処まで来なかったかもしれない。後悔しても、時間が戻るわけではない。
「ぁ……はい、居ます」
 か細い声を出して雄大は答えた。
「あっ、すいません、突然」
「今、開けます」
 内側から施錠を解いて玄関のドアを開けると、スーツ姿の翔が立っていて、笑顔を浮かべている。
 誰にでもそうなのか、それとも好意を持った相手にだけなのか、気を許したようなふにゃっとした笑みに雄大もつられて頬が上がる。
「どうしました?」
「ああ、いえ、あの、本を返しに。それで、もしよければ他の物もお借り出来ないかと」
「あー……そうなんですね」
「仕事の帰りで近くまで来たついでに、先生が居ればなと思って寄ったんです。あ、メッセージも入れたんですが……ご迷惑でしたよね、すいません」
 翔は慌てながら、これ、本のお礼です、と紙袋を渡してくる。近くまで来たついでの割には用意が良い。寧ろ本を返しに来ることの方が目的だったのではと思わないでもないが、どうにも翔を人として憎めなくて雄大は紙袋を受け取って「お気遣いありがとうございます」と頭を下げた。
 それで、だ。翔は再び本を貸して欲しいと言う。
 絶対に断った方が良い。本の貸し借りを終えたら距離を取ろうと思っていたじゃないか。
 雄大はちらりと翔に目をやる。
小さな玄関に身長の高い翔が立って居るさまは何とも言えない不憫さを生む。それに眉を下げて雄大を窺う様子はペットのようで、無下に断るには良心が痛む。
「……では、あの、本を取って来ますので……」
 馬鹿だ、大馬鹿者だ。
 ――こういう小さいことに限ってバレちゃうし、変な伝わり方してかえってことが大きくなっちゃうんだよなぁ
 昼間の前中の言葉が思い出される。
 やましいことは何もない。けれど、雄大のその気持ちと翔の気持ちは一致していない。
「門村先生、上がって、待っていても良いですか」
 恋愛の仕方が分からないという割に大胆な行動に出ようとする翔に雄大は頬を引き攣らせる。
 翔を部屋に招き入れるのは戸賀井だけでなく、戸賀井に大事にされている自分自身への裏切りのように感じる。
 結局距離を置けない自分がこんなふうに思うのは何の説得力もないが線引きだけはしたい。
「いえ、取って来ますので、ここで待っていてください」
 はっきりと言うと、雄大は翔を玄関に残してリビングへ向かった。


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