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23話ー小さなモテ期?
しおりを挟む「モテ期だ。門村先生それモテ期ですよ」
「シッ、声が大きい」
前中の声量は普通だったが、雄大は過剰に反応して人差し指を唇の前に持ってきて首を横に振る。
「モテ期なわけないでしょ」
「なんでですか、立派なモテ期ですよ」
上品なサイズをしたチーズケーキにフォークを突き刺して一口サイズに割ると前中はそれを口へと放り込む。
二週に一度になった診察のため、みつたにクリニックを受診していた雄大は偶然他の患者の相談にあたっていた前中と出くわした。
職場復帰前に会う約束はしていたが、「時間あるならお茶でもしませんか」と前中から誘われて、クリニック近くにあるカフェに二人で入った。
会話の内容はいつもの通り、世間話や、診察の結果、医師に相談するほどでもないヒート時を楽に乗り越える術(主にαの身に着ける衣服を使った巣作りの仕方)を聞いたりする。
今回の雄大の話で前中が特に興味を持ったのが「処方された鼻の薬が効いているようでαの匂いが分かるようになった」というものだ。
前中は、鼻詰まりが原因でフェロモンが分からないなんてそんなことがあるのか……と以前の雄大と同じような反応をしていた。だが実際にアレルギー薬を試してみて徐々に戸賀井の香りを感じるようになったというのは紛れもない事実だ。
まぁ、どれか一つの効果というよりも、複合的なものが積み重なりヒートという結果をもたらした、というのが正しい解釈だろう。
その流れで、鼻の薬が効いて戸賀井以外の他のαの匂いも分かるようになった、と雄大が口を滑らせたらそれは一体どういうことかと前中が食い付いて来た。
別に隠すようなことではなく(戸賀井には言ってないけれど)翔から好意を持たれているようだと打ち明けた。
そうしたら、ほらやっぱり狙われてたんじゃないですか~のあとに続いてモテ期到来ですね、ときた。
「えー、情熱的過ぎる……教え子のお兄さん、戸賀井くんより良さそう……」
兼田兄弟と夕飯に言った時の話を根掘り葉掘り聞かれて、最後に婚活イベントで果たせなかった自己紹介をされたことまで話すと前中は、カフェラテで温まった息を、ほうっ、と吐いた。
「戸賀井くんより良いとか悪いとか比べるようなことじゃないので」
「先生が戸賀井くん一筋なのは知ってますけど、でもこのことは言ってないんでしょう?」
そこを突かれると胸が痛む。ただ、雄大としてはことを荒立てたくないだけで、前中の言うモテ期だ何だと浮かれているわけではない。
この出来事は雄大自身に起きたことであり、戸賀井を巻き込む必要はなく、戸賀井が知らないのなら、なかったことと一緒だから――と言い訳しつつも自分なんかが傷付けてしまうには翔の笑顔は眩しすぎるなどと考えてしまう。
戸賀井に対する裏切りではないと自分に言い聞かせる一方で寄せられた想いを満更でもないと受け取ってしまうのは人の弱さ故だろうか。
それでもぬるま湯に心地良く浸かり続けるわけにもいかないから、貸している文庫本を返して貰ったら(拗れるぐらいなら返して貰わなくても良いと思っているけれど)翔との連絡を控えようと決めている。
勿論それは雄大の勝手な気持ちで、翔はまだ諦めずにチャンスを伺って、隙を突いてくるかもしれない。何故なら、好意に対し断りを入れたのに、翔からの連絡は無くならず寧ろメッセージの回数が増えているからだ。
「別に戸賀井くんに言う必要ないし、私が門村先生の立場でも言わないと思うけど、こういう小さいことに限ってバレちゃうし、変な伝わり方してかえってことが大きくなっちゃうんだよなぁ」
後半は独り言みたいになっている前中の言葉がやけに引っ掛かる。
こうしてモヤモヤするぐらいなら君以外のαの男に告白されましたと素直に言った方が良いのだろうか。それで? 断ったんでしょ? 俺にどうして欲しいんですか? と詰め寄って来る戸賀井が目に浮かぶ。
それに、学生じゃないんだから恋愛関係にある相手に誰々から告白されたなんて嫉妬心を煽るような行為をするのは物凄く思い上がっているようで、自分が恥ずかしくなる。
やっぱり戸賀井には言えないなと溜息を吐くと、温かい飲み物を飲んだわけでもないのに息が熱く感じられた。
「先生? 大丈夫? なんか顔赤いですよ」
「風邪でも引いたかな」
「ヒートはまだ先ですよね?」
「そのはずだけど」
前回のヒートから三ヶ月も経っていない。自分に合う抑制剤が見つかれば薬である程度コントロール出来るとはいえ、番が見つかるまでΩは安定しないヒートと付き合っていくことになる。
雄大は先日初めてのヒートを迎えたばかりだ。
二度目がいつ来るのかはっきりとは分からない。今すぐかもしれないし、明日かもしれない、いや、これまで来なかったことの方が日常なのだから半年先、それ以上という可能性もある。
「一応、抑制剤飲んでた方が良いかもしれませんね」
前中が心配して声を掛けてくれた。職場復帰も近いというのに、不安定なヒートは足枷でしかない。
「家帰ったら飲んどきます」
笑いながら答えたはずが頬を上げた瞬間に、ズキ、と頭が痛んで上手く笑顔が作れなかった。
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