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11話目
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しおりを挟む「配達行ってきます」
厨房に声を掛けて、大翔にも一言「すぐ戻る」と告げてから瀬凪は店の外に出た。
もう「暑い」という言葉すら生温い。全身を焼かれて汗を掻く間もなく水分を蒸発させられている、そんな気分だった。
鉄板と化しているアスファルトを歩き、砂浜に出る。ここ最近は毎日のことなので海水浴客で賑わう波打ち際を横目に吸っても吐いても熱い呼吸を繰り返して運営本部に向かった。
毎日決まった数の弁当を頼まれ、金額も当然同じで、「細かい金銭のやり取りが面倒だからキャッシュレスで支払いたい」と言われていたので数日前から運営本部に行く時には決済用のQRコードが印字された紙を持参していた。今日もそれで支払って貰い弁当を渡すと瀬凪は礼を言って運営本部を出た。
これが終わると一日の山を越えた感じがする。高温注意報が出るほどの日差しは寝不足により日々の疲労が回復していない瀬凪にとってはかなり堪える。
さっさと店に戻ろうと砂浜を早足で歩いているとカフェエプロンをクンッと引っ張られた。つんのめりそうになって立ち止まり下を見れば子供が立っていた。
「……ああっ、あの時の」
前に凪音の店先で迷子になっていた子だった。顔を正面に向けて歩いているから足元にまで気がいかなかった。
「遊びに来てんの?」
「うん。お兄ちゃんはお仕事?」
「そう……あれ、一人?」
答えてからふと不安になった。また迷子じゃないだろうなと周りを見渡すと向こうから母親走って来るのが見えた。
「こらー、あんたはまたぁ!」
怒りながら走って来た母親に瀬凪は会釈する。母親も最初から瀬凪の存在に気付いていたようで「すいません、お仕事中に」と頭を下げた。
「お兄さんがライフセーバーの人たちの休憩所に入って行くのが見えたから教えてあげたらすっ飛んで行っちゃって」
「ああ、そうなんですね」
「ねえお兄ちゃん一緒に遊ぼー」
「えー、へへ、兄ちゃん仕事中なんだ。お店戻んなきゃ」
可愛らしい誘われ方をしたので謎に笑ってしまうも、これから仕事に戻らなきゃいけないと伝える。だけれどそれで納得するようならば配達中の瀬凪を引き留めに来たりはしないだろう。
その子は嫌々と首を横に振り、瀬凪の手を掴んで離さない。
「もおお、お兄さん困るでしょ。ほら、あっちでパパが浮き輪持って待ってるよ」
母親が海の方を指差す。瀬凪も子供と一緒に母親が指差す方に目をやればドーナツの柄をした浮き輪を持った父親らしき人物がこちらに向かって手を振っていた。
瀬凪はフッと笑う。
「仕事中だから兄ちゃんは遊べないけどお父さんの所まで一緒に行ってあげるよ」
小さな手を握り返すとあんなに嫌々していた子がコクッと頷いた。
子供の歩幅に合わせて熱い砂浜を歩く。早くクーラーの効いている凪音に戻りたいと思っていたのだけれど、何故か止めどなく流れる汗が不快ではなくなっていた。
「到着~」
波打ち際まで来ておどけて言うと子供を父親に引き渡す。抱っこをされて海水に浸かると子供はキャァと楽しそうな声を上げた。
もう瀬凪のことも忘れているように見えて、母親が小声で「本当にすいませんでした。ありがとうございました」と頭を下げる。
瀬凪も「いえいえ、じゃあ僕はこれで。海、楽しんでください」と会釈を返した。
水際を離れようとするとまたキャアアと声がした。一瞬、先程の子の声かと思ったが、瀬凪の耳には楽しそうな声色に聞こえなかった。
――おい、あの子、流されてねぇか。
――親は? 居ないの?
周りからそんな声が上がる。振り返ると、小さな浮き輪が海の上にぷかぷかと浮いていて良く見れば真ん中から顔と両手がちょこっと出ている。
昼時で休憩している人が多く、周りには大人が居ない。これはまずいかもしれない。
でも一応浮き輪には掴まっているようだし、瀬凪は一度そこから目を離しライフセーバーを呼びに行こうと運営本部を見る。するともう誰かが呼びに向かっているようで駆ける後ろ姿が見えた。
瀬凪は再び浮き輪の方を見遣る。
「……っ」
先程よりも流されてはいるが、浮き輪はある。でも子供が確認出来ない。まさか波に攫われたか。
迷ってはいられなかった。
サンダルを脱いで駆け出す。走れるところまでは自分の足を使った。海の中に入ってしまうととにかく浮き輪を目指して必死に泳ぐ。幸いにも小さな頃から母に連れられて凪音に来ていたからこの海にもよく泳ぎに来ていた。泳力にも自信はある。
浮き輪に近付くと子供の顔が確認出来た。見えなくなったと思ったのは気のせいだったようで急いで海に飛び込んだのが少し恥ずかしくなった。が、子供にとって瀬凪は救世主だったようで恐怖に歪んだ顔が段々と緩んでいって目に涙が滲む。
ああ、この光景、見たことがある。
そんなことを思い出している場合ではないのだけれど、自然に頭の中に浮かんでしまったのだから仕方がない。
一年前……いや中三の時は仲の良かったグループの連中と高校が被らないように進学校合格を目指して猛勉強していた頃だから凪音の手伝いには来れていない。
だからこの記憶は、中二の時だ。
瀬凪は今日みたいに運営本部に軽食の配達に来て同じように沖に流されて溺れかけていた子供を見つけて助けた。迷子はよく運営本部まで案内していたが、溺れる子を助けたのは初めてだった。その子は浮き輪を持っていなくて、瀬凪に必死にしがみ付いてきた。当然だけれど、生きたい、死にたくない、この恐怖から逃れたいと思っている子の力は凄まじく助け出したあとも暫く瀬凪から離れなかった。
落ち着いてから母親に引き剥がされた子は確か女の子で瀬凪を自身の兄弟だと勘違いしていたようだった。それで海から出ても離れなかったのかと納得したものだ。
「もう大丈夫だから。浮き輪掴んでられる?」
意識を目の前の子供に戻すと、言葉はないが浮き輪の真ん中で子供がコクコクと頷く。瀬凪の足がギリギリ付いて首を上に向ければ海上に顔が出せるくらいの場所だからこの子の身長では波に抵抗出来ず怖かったことだろう。
浮き輪を掴ませたまま、瀬凪は支えるように抱っこをして波打ち際を目指した。
途中で海に入って来たライフセーバーと交代をして子供と一緒に波打ち際まで辿り着くと途端に体が重たくなった。これまでの経験上、海やプールに入るとこうなるのは瀬凪も承知していたが、今日は一段と酷い。
助けた子供の親が泣きながら、すいません、ありがとうございます、と言って手を握ってくるが、その声も手を握られる感覚も何処か自分事ではないように遠い。
「ありがとう、君、凪音のバイトの子だな。タオルも着替えもあるから本部に寄ってくれ」
運営本部のボス的存在の中年男性に肩を叩かれた。たったそれだけのことでふらつく。
「……いえ、大丈夫です……俺、戻らなきゃ」
砂浜に脱ぎ捨てていたサンダルを片方だけ履いて歩き出そうとすると運営本部のボスに引き留められた。
「いや、君、顔色が悪過ぎるぞ。休んでいきなさ――」
聞き取れたのはここまでだった。あとは雑音が混じって聞こえなくなった。
全身の力が抜けて膝がカクッと折れる感覚だけが残って、眩しいくらいだった視界が急に真っ暗になった。
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