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12話目
12-1
しおりを挟む大翔に名前を呼ばれて、彼に頬を撫でられる。笑顔を向けられて本当に幸せな気持ちになったのに、自信がないばかりに逃げてばかりの自分にこんな光景が見られるわけがないと不安になった途端に夢だと気付いてしまった。
「あっ、あれっ、瀬凪!? 目ぇ覚めた!? 姉ちゃん、瀬凪起きた!」
「えっ、わわっ、ほんとだ! ちょっと、お父さんっ、瀬凪起きたよ! あれ、凪生(なお)、お父さんは!?」
騒がしい。
瀬凪は目を開けたことを後悔して一度閉じてしまう。すると弟の凪生の声で「あれ? 兄ちゃーん」と呼ばれて鼻を摘ままれたので仕方なくまた目を開けた。
目の前に母親の顔が見えた。誰であるかは勿論理解しているが、バイトをしていたはずなのに家族総出で居ることも、その空間の中で和巳や美香の声がすることも不思議で堪らなかった。
まだバイトは終わっていないはずだ。だから母が、家族が居るわけがない。迎えは明日で、今日はまだ終わっていなくて――。
「……え、俺、なんで……」
心底分からないといった声で呟くと和巳が身を乗り出して瀬凪の顔を覗き込んできた。
「覚えてないん? お前倒れたんよ、海で」
「え……ええっ」
困惑しながら記憶を辿ると、最後に行き当たるのは海辺の光景だった。子供を助けた、それだけは覚えている。まぁそれだけ覚えていれば「あの子はどうなった!?」と焦らなくて済む。
「じゃあ、店、戻らないと、仕事……」
「兄ちゃん、社畜みたい」
弟の憐れんだ視線を受けつつ、起き上がろうとして動きにくい腕に点滴の針が刺さっていることに気が付いた。
そういえば、ここは何処だ。病院か。ということは和巳が言うように海で倒れて搬送されてきたのだろうか。
「この時期海に救急車来るの珍しくないけど瀬凪くん戻ってくるの遅いしまさかと思って見に行ったら搬送されてるしでもう大慌てでお義姉さんたちに連絡したよ。体の調子ここまで悪くなってたなんて、気付けなくてごめんなさい」
和巳の隣で涙ぐむ美香に瀬凪は首を横に振る。
悪いのは自分だ。
「熱中症だって。水分摂らずに仕事して、そのまま外出たんでしょ? あんたぐうぐう鼾掻いて寝てたけど寝不足だったの? 疲れが溜まってるとこに睡眠不足が重なってさらに炎天下で無理したのが悪かったんじゃないかって病院の先生が言ってたわよ」
いつになく心配そうな母がそう言う。叱りたい気持ちを堪えているのかと思ったがそうではなくて、ふーっと息を吐くと瀬凪の髪を優しく撫でた。
「溺れそうになってる子助けたんだって? その子の親御さんが病院までついて来てくれて、助けたのは瀬凪でお母さんなにもしてないのに物凄く感謝されちゃってどうしようかと思ったわ。……あんた偉いわね。誰にでも出来ることじゃないわ。だけど瀬凪が病院に担ぎ込まれたって聞いた時のお母さんやお父さんの気持ちも考えてね。ほんとに生きた心地がしなかったんだから」
「……ごめん」
母の顔が今にも泣き出しそうで瀬凪はどうしようもなく困ってしまう。親のこういう顔は見たくない。だけど、この瞬間、自分がどれだけ愛されているかを目の当たりにして瀬凪はただただ、謝ることしか出来なかった。
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