【完結】きみが揺らす恋凪

藤吉とわ

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12話目

12-4

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 凪音の一階は昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
 瀬凪が休憩スペースに座っていると美香が「おまたせー」と粥の入った鍋をテーブルに置いて、和巳はお茶と桃を剥いて持って来てくれた。
「点滴してるからあんまり食べれないかもだけど」
「ありがとう。いただきます」
 瀬凪が手を合わせている間に美香が茶碗に粥をよそってくれた。スプーンで艶々の粥を掬うとすぐに口に持っていく。シンプルな卵粥だがほんのりと塩気があって美味い。空腹というほどではなかったが、これなら鍋の中身は残さずに食べ切れそうだ。
「どこから話そうかなぁ」
 瀬凪の食いっぷりを見ながら和巳が言う。
「どこからでも良いから全部聞かせてよ」
「大翔には俺から聞いたって言うなよ」
「でもひろくんもいずれ瀬凪くんに伝えるつもりだったんでしょ。私が聞いた時も自分でお礼言いたいって言ってたし」
 叔父夫婦の話を聞きながら「お礼?」と首を傾げる。大翔に礼をされるようなことなどしただろうか。少なくとも現段階では大翔に感謝をされるような行いをしたという記憶は残っていない。
「瀬凪くんさぁ、前に手伝いに来てくれた時、今日みたく配達の最中に溺れかけた子見つけて助けたの覚えてない?」
「ああ、中二の時のやつだ。覚えてるよ。今日流されかけてる子見つけた時もその時のこと思い出したもん」
「そう、その中二の時に助けた女の子、ひろくんの妹なのよ」
「えっ!?」
 食べていた粥を噴き出しそうになって瀬凪は自分の口を手で塞ぐ。
「え、マジ、ええ……そんなん大翔一言も言ってなかったよ」
「自分でタイミングみて言うつもりだったんだと思うよ」
 確かに、大翔は年の離れた妹が居ると言っていた。いずれ打ち明けるつもりだったのならその時言ってくれれば良かったのにとは思ったが、大翔に妹が居るというのを聞いたのは仕事中だったし、彼なりに機会を窺っていたのかもしれない。
 これはあくまで瀬凪の推測だが、大翔は花火大会の日仕事を抜けて二人で花火を見に行きたいと言っていたからもしかしたらそこで、と考えていた可能性もある。
 まぁ二人きりでというのも大翔がおにぎりを作ってきてくれなくなってからは立ち消え状態だったし、今日の花火自体瀬凪が倒れてしまったので見れてはいないから、大翔がどのタイミングで打ち明けようとしていたのかは分からないままだ。
「妹ちゃんが溺れた時に大翔も近くに居たらしいんだよ。そん時に瀬凪の姿見てて、お前が名乗らずに立ち去ったもんだから自力で探してうちに辿り着いたんだと」
「でもその時にはもう瀬凪くんお手伝い期間終わっちゃってて居なかったんだよね。勝手に連絡先教えることも出来ないし、その場でお義姉さんに連絡しようかって言ったんだけど直接本人に会ってお礼したいって言うのよ。それで次はいつ来ますかって言うから来年かな~って伝えちゃったら、ほんとに次の年の夏にも来てさ。びっくりしちゃったよ。こっちはもう忘れてて、え、どなた? って感じだったから。しかも瀬凪くん中三の時は受験勉強するって手伝いに来なかったでしょ。もう私申し訳なくてさぁ……時間経ってるけど、今度こそ瀬凪くんに連絡してあげるよって言ったんだけどね、やっぱり自分で会って伝えたいって」
「そうそう、すげぇ義理堅い感じだったよなぁ。んで大翔が、せっかくだからなんか手伝わせてくれって言うから忙しい期間何日か手伝いに来て貰ったんだよ。その時に柊平とも顔見知りになったんだよな、確か」
 大翔が中三の時に手伝いに来ていたという経緯が判明して、なるほど、と瀬凪は相槌を打つ。
「でな、健気なことに、休憩中とか話してるとさ瀬凪のことしきりに気にしてんだよ。俺も叔父バカじゃん? 写真見せたり、今は受験勉強してるけど来年は高校合格してバイトに来るはずだとか話してたら、どこの高校受験するんですか、来年は俺も高校生なんでちゃんとバイトさせてくださいとか言うわけよ~」
「で、和にい、俺が受験する高校教えたん?」
「うん……えっ!? まさか、大翔、瀬凪追っかけて同じ高校に……」
「さぁ、それはどうだろ。本人に直接聞いたわけじゃないし」
 だけれど、その可能性もないことはない。好きな相手を追うというのが恋愛のセオリーならば有り得ない話ではないからだ。
 そうか……そうか……。
 叔父夫婦の話を噛み締めていると血流が良くなっているのかじわじわと体が温かくなる。
 瀬凪が知らなかっただけで、大翔とは中二の時に会っていた。早い段階でそれを知っていれば大翔がどうして瀬凪のことを好きだというのか少しは理解出来たかもしれない。だけどそれでも瀬凪は逃げていたことだろう。結局のところ、自分が変わらなければ周りの状況がどんなに良くても駄目なのだ。
 何かを決意したように鍋に入っていた粥を食べ尽くしてしまうと瀬凪は桃に手を伸ばす。
 出された物を残さず食べる甥っ子を見て安心したのか叔父夫婦は顔を見合わせて笑っていた。


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