銀河皇帝のいない八月

沙月Q

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第四章

7. カプセルの中の幻想

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 耐Gカプセルの中で重力に身体を押さえつけられながら、空里は出来るだけ心身をリラックスさせようと試みた。

 ネープの話では、反時力航法による飛行は約八時間で終わるとのことだった。その間、眠って過ごすことでも出来ればいいのだが、空里の意識はむしろ冴え冴えとしており、うたた寝に陥ることも出来そうにない。

 しかし、なんとか耐え抜かねば……

 そんなことを思っていると、出し抜けに身体を押さえつけていた力が消え、響いていた機械音も聞こえなくなった。

 え……? 
 もしかして、もう終わったの? 

「……ネープ?」
 返事はない。

 とても静かだった。あり得ないくらいに……
 今なら、眠れるかも知れない。
 空里はまぶたを閉じて、なんと眠りにつこうとし……
 まぶたの向こうに、見えないはずの青空を見た。

 空里は、あの爆心地……学校跡の浜辺に立っていた。

 頭上には、夏の青空。
 終わったはずの、八月の青空が広がっている。
 着陸しているスター・コルベット……半壊した部室棟……
 何もかも、地球から旅立ったあの日のままだ。
 ネープがいて、シェンガがいて、クアンタがいて、ゴンドロウワのチーフがいる。
 ただ、ティプトリーだけが背中を向け、部室棟の方へ立ち去ろうとしていた。

 どこへ行くのだろう……

 空里は彼女の後を追い、部室棟の階段を昇って屋上に出て……
 振り返ると……

 そこは、あの浜辺ではなかった。

 地球でもなかった。

 三つの衛星をいただく褐色の空に宇宙艦隊が浮かび、その下では何千何万という兵士が整列し、空里の方を見上げていた。
 メタトルーパー……ゴンドロウワ……小柄なミン・ガンの戦士たちに、かつて自分を狙ってた帝国軍の大部隊。
 わかっていた。
 今《いま》では彼らは皆、空里の兵士たちとして、彼女の命令を待っているのだ。
「出撃準備完了しました」
 背後から少女の声がした。
 ネープ三〇二の声……だと思ったが、振り返ると……

 そこにいたのはミマ……高橋美愛菜だった。

 間違いなくミマなのだが、まだほんの七、八歳にしか見えない。
 ミマは小さな公園の真ん中に立ち、ゴム跳びのゴムを持って空里に見せた。
「ほら、準備しないと。手伝って」
 そう、そこは空里が子供のころ、友達とよくゴム跳びやボール遊びをした公園だった。
 だが、ミマとは来たことがないはずだ……
「待って……」
 ミマは遊具のコンクリート山に登り、てっぺんに開いた穴に入っていった。
 後に続こうとした空里が山に登って穴をのぞくと……

 そこは宇宙空間だった。

 おびただしい数の宇宙船が制御を失ったように右往左往しながら、ぶつかり合い、爆発四散している。
 穴は透明なトンネルになっていて、その真下ではネープが見たことのない不安げな表情でこちらを見上げていた。
「約束してください!」
 突然ネープが叫んだ。

 何を……? 

 聞き返そうとした空里は、身を乗り出し……

 ゴンと顔をガラスにぶつけて顔を上げた。

 中央線の快速電車はお茶の水駅を発車するところだった。
 デッキのドア脇に立つ空里は、聖橋を見上げながら一週間の始まりに憂鬱な思いを抱いた。
 新宿のオフィスに通い始めて、もう三年? 
 仕事には慣れてきたものの、職場の人間関係がどうにもしっくりこない……
 そろそろ何か、新しいこと……自分が本当にやりたいことに挑戦してはどうか……とも思う。
 しかし、そこへ踏み出すのは難しかった。
 それは生活のためというより、ここで辞めるのを潔しとしない、ささやかな意地のせいかも知れなかった。
 どうしてこうも世の中ままならぬのか……

 やがて電車は四谷駅に到着した。

 チャイムとともにドアが開き……

 雲をつくような仮面の貴婦人が乗り込んできた。
 レディ・ユリイラはステラ・ソードを手にゆっくりと空里に近づいてくる。
 微笑をたたえた赤い唇を見上げながら、空里は身動きも出来ない。
 殺される……! 
 と……突然、床を破って現れた巨大な黒い手が、二人の間に割って入った。
 手の主は、黒い石で出来た巨人。
 車両の天井も突き破って立ち上がったその巨人の身体には、銀髪の美少女が埋め込まれていた。
「逃げなさい! 早く!」
 サーレオは叫びながら石の腕を伸ばしてユリイラを捕まえようとした。

 ユリイラが飛びずさると電車全体が崩壊し……

 空里は燃えさかる地獄のような光景を見下ろしていた。

 流れる溶岩……たなびく黒雲……
 彼方では、火山が爆発的な噴煙を噴き上げている。
 空里が立っていたのは、巨大な玉座機《スロノギア》の上だった。
 人間型に変形したそれは、〈青砂〉で与えられた四号よりはるかに大きく、空里の足元から地上までゆうに百メートルはありそうだ。
 やがて噴煙をかき分けて、正面からやはり巨大な影が現れた。
 玉座機《スロノギア》と同じような、人型の生物機械……
 その首の部分に立っている人物は遠過ぎてよく見えないのに、誰なのかがはっきりわかった。

 レディ・ユリイラ……

 それは対決の時だった。

「ネープ……ネープ……」

 誰かが呼ぶ声がする。
 だが、少年の姿はどこにもない。
 ユリイラの巨大な機械の僕《しもべ》は槍を構えると、空里に向かってそれを突きつけた。
 空里も玉座機《スロノギア》に槍を構えさせる。

「ネープ……ネープ……!」

 これは夢? 

 それとも未来? 過去? 
 二体の生物機械は、お互いに向かって走り出した。
 夢? 夢? 夢……? 

「ネープ……おい、ネープ!」
 耐Gカプセルの中で身をよじらせ、空里は右隣のカプセルの中でクアンタが外に向かって叫んでいるのを見た。
「ネープ! わかっているのか? 時空連携度がおかしいぞ?」
「わかっています。原因もつかみました」
 ネープの声が聞こえた。

 よかった……彼はまだそこにいるのだ。
「時間遡行の限定範囲が無制限に広がっています。制御装置が設定した数値を無視して走り続けている……」
「ああ、そうだろうとも。空間の因果律構造にまで影響が及んでおる。いったん機関停止をした方がいい」

 空里には彼らが何を話しているのか見当もつかない……はずだった……

  が、何故かこれ以上はないほどクリアに理解出来た。

 なんで? なんで解るの? 

 話の内容が理解出来るだけではない。彼らが当然取るべき行動も先読み出来た。まずは状況を知ることだ。
 空里は自分の言葉とはとても信じられない声をネープにかけた。
「ネープ、次元干渉波をマッピング投影して見せて」
 カプセルの中のクアンタが、驚きの表情で空里の方を見た。
「そう……そうだ。当然影響は周辺の時空に及んどるだろう……だが、なんであんたが……」
 そこまで言ってクアンタは手のひらを額にパチンと当てて合点がいったという顔をした。
「皇冠《クラウン》か! 皇冠《クラウン》がもうあんたの頭に知恵を流し込んどるんだ」
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