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第四章
6. 包囲網突破
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銀河帝国宇宙軍の若き星威将軍エンザ=コウ・ラは夢を見た。
あの皇位継承者の小娘と、レディ・ユリイラが一緒になって、自分の艦隊に挑戦してくる悪夢だった。そんな夢を見るのは、恐らくメセビン・ガスの影響だろう。洞察力、判断力を増進する効能があるとはいえ、この気体には感情を刺激する性質も併せ持っている。
押し隠している自分の「恐怖」という感情が、このガスのせいで夢という形をとったに違いない。
エンザは旗艦ブリッジの司令席で身じろぎすると、吸引パイプを取り出し、逆に理性と判断力で「恐怖」を払拭するために深くガスを吸い込んだ。
「閣下……」
旗艦の艦長でもある、コルーゴン将軍が声をかけてきた。
三代にわたってラ家に仕えてきた軍人家系出身で、色黒の偉丈夫である。上官がうたた寝から目覚めるのを待っていたようだ。
「本艦は艦内時間の明日未明には第三惑星の軌道に到達します。しばらくは航海をお任せいただいても問題ありません。お疲れでしたら、お部屋へ退がられては……」
「余計な気を使うな。疲れてなどおらん」
「は……」
本当は、慣れぬ辺境宙域への航海で神経がまいりかけていたが、そんなことを部下に悟られるのは本意ではない。
「第五惑星の分隊からは、まだ連絡がないのだな?」
「はっ。未だスターゲートからは何者も現れていないという定時連絡のみであります」
エンザは第五惑星の軌道に浮かぶ星百合の付近に残してきた、巡航宇宙艦分隊からの報告を待ちわびていた。待ち伏せにあたる彼らが守備よく敵を捕捉し、追撃の末に撃破してくれれば、エンザは何をすることもなく帰路につけるのだ。分隊には、高速駆逐艦もいる。勝算は十分あるだろう。
「奴らが、高速駆逐艦より早い船を用意してくる可能性は?」
エンザの問いに、コルーゴン将軍は真面目くさった顔で胸を張り答えた。
「ないと思われます。我が艦隊の最新鋭駆逐艦でありますから、逃げ切ることは困難です」
エンザは苦笑した。
「困難だが、不可能ではないわけだ」
将軍は上官の皮肉にちょっと眉をひそめたが、すぐに自信満々に言葉を継いだ。
「たとえ分隊から逃げ切っても、本隊の火力に単艦で太刀打ち出来る艦はありません。反逆者どもは、目的地である第三惑星はもとより、いかなる天体の地表にも降りることはできません。それこそが不可能であります」
「了解しているよ……」
星威将軍は手を挙げて将軍を退がらせた。
確かに、この布陣なら奴らはどこにも……
ふと、 エンザは将軍の言葉にひとつの可能性を見て思いを巡らせた。
もし、あの小娘がどこかの惑星の地表に降り立ち、そこで自分と相対して戦ったとしたら?
皇位継承者と対決して、それを破ることが出来たとしたら?
継承権は誰のものとなるのだろう……
エンザは〈法典〉にあたって、その答えを得たいという衝動に駆られた。傍のコムパッドを取り上げ、大した用でもないような態度で、〈法典〉のデータベースにアクセスしてみる……
その時、ブリッジの通信機器に繋がれた機械生物が異音をあげながら震え出した。超空間通信をおこなうドロメックが情報を受信したのだ。
通信兵が叫んだ。
「閣下! 第五惑星分隊から報告であります。超空間ゲート付近から、ネープ艦隊のスター・サブと思しき艦が出現。第三惑星への軌道に突入しました!」
* * *
スター・ゲートを抜けると、そこは砲火の嵐だった。
帝国軍の機動艦隊は、明らかにゲートの位置を把握して、そこから出て来る船の狙い撃ちを目論んでいた。
しかし、ネープのスター・サブは探知遮蔽シールドを全開にしていたのみならず、通常ではあり得ない加速でゲートを脱出したため、全ての火線は空しく第五惑星……木星軌道の空間を貫くだけだった。
すかさず艦隊は追撃体制に入り目標に追いすがった。
「ハイタカ級巡航宇宙艦、二! 高速駆逐艦、三! 白色光弾を撃ちまくりながら追ってくるぞ!」
シェンガが大声で報告した。
「後方シールド最大出力。反時力航法に入る前に振り切る」
ネープは冷静そのものの声で応じた。二人とも操船のため、高重力下でも身動き出来る倍力機構付きの耐Gスーツに身を包んでいる。
三器の耐Gカプセルは、空里とティプトリー、それにクアンタに割り当てられいた。
空里は耐重力液を呼吸しながら、音声インターフェースが伝えて来る二人の戦士の声を聞いていた。
超空間を飛んでいる間に多少の練習をしていたとはいえ、液体呼吸にはまだまだ慣れなかった。
呼吸している間はまだいい。問題は、カプセルから出て耐重力液を吐き出す時だった。液は空気に触れると直ちに気化するように出来てはいた。だが肺からの排液には、出来れば避けたい苦しさが伴うのだった。
「アサト、間も無く反時力航行に入ります。加速時重力の影響は小さいはずですが、苦しかったら言ってください」
ネープの声がカプセルの中に伝わった。
「了解。苦しかったら、スピードをゆるめてくれるの?」
「いえ、ショック波を出して無意識状態に入っていただきます」
ティプトリーの笑い声が聞こえた。
「要するに、気絶させるのね?」
「はじめからそうしておいてくれても、いいんだけどな……」
「貴重な体験だ。起きていたまえよ」
弱音を吐く空里をクアンタが励ました。
カプセル内の三人には分からなかったが、スター・サブはすでに、耐重力液なしではとても耐えられないほどの加速に入っていた。ドロメックも宙に浮いているわけにいかず、ブリッジの天井に触手で自分を固定し、空里たちのカプセルを見つめている。
「すごい……スピードだな。奴ら、引き離されつつあるぞ……」
シェンガがうめくように言った。タフで知られるミン・ガンも、平気な顔をしていられなくなっているようだ。
空里は心配になってきた。
「シェンガ、大丈夫?」
「なんとかな……さすがにスーツだけではカプセルの中と同じとはいかんが……」
「しゃべれるなら大丈夫だ。反時力航行への突入加速に入るぞ」
カプセルの中にも伝わってくる機械音がピッチを上げた。
「アサト、第三惑星からの電波を受信しました。日本語の音声です。あまり安定していませんが、お聞きになりますか?」
日本語! リーリングのおかげで会話に不自由はしていなかったが、生で母国の言葉を聞くのは久しぶりだ。
「うん、お願い」
音声は、日本語のラジオ放送だった。
「おはようございます……九月二十一日、月曜……モーニング・エコーの時間です……全国のニュースを……」
九月二十一日!
八月も夏休みもとっくに終わっていたのか……
空里は、長旅の間に学校も宿題も忘れ果てて、今から二学期に臨む落ちこぼれ生徒になった気がした。宿題も学校ももはや無いのに……
「……政府は、首都圏崩壊にともなう避難所整備の遅れについて……」
途切れ途切れに聞こえてくるニュースから、空里はあの東京を消し去った〈白い嵐〉による混乱がまだまだ収まってないことを知った。
そうだろう。消滅した都市の周辺では、相当な規模の災害となっているに違いない。皇位継承が終わって銀河皇帝の立場を手に入れたら、何か出来ることがないだろうか……
「……今、入ってきたニュース……世界各地の上空に留まっていた、巨大宇宙船群……新たな動きを見せ始めたという情報が入って……八月一日の侵入以来、動きを止めていた宇宙船群が、動き始めたとの……詳細は……」
地球の帝国軍……ゴンドロウワの軍団が動き始めた?
まさか、先行した帝国軍艦隊に制御権を奪われたのでは……
ラジオの音声は、船の加速に連れて次第に弱くなり、ついに聞こえなくなった。
「ネープ、聞いた?」
「はい。しかし、今は確認する術がありません。とにかく、このまま地球に向かいます。反時力エンジン、コンタクト用意」
ネープの声とともに、機械音がさらに大きく、高くなる。
振動こそないが、カプセルの中にいても微かに押さえつけられるような圧力が感じられる。
「リミッター作動確認。時間遡行範囲スレッショルド設定完了」
補助するシェンガの声には、少し焦りがあった。初めて扱う駆動機関にまだ慣れていないのだ。
「確認、ようそろ。問題ない」
空里はそこで、ネープが小さく息をつく音を聞いた気がした。
「反時力エンジン、コンタクト」
ついにスター・サブは、反時力航行に突入した。
それは、ネープやクアンタも含め、乗員の誰も想像していない行程となった。
あの皇位継承者の小娘と、レディ・ユリイラが一緒になって、自分の艦隊に挑戦してくる悪夢だった。そんな夢を見るのは、恐らくメセビン・ガスの影響だろう。洞察力、判断力を増進する効能があるとはいえ、この気体には感情を刺激する性質も併せ持っている。
押し隠している自分の「恐怖」という感情が、このガスのせいで夢という形をとったに違いない。
エンザは旗艦ブリッジの司令席で身じろぎすると、吸引パイプを取り出し、逆に理性と判断力で「恐怖」を払拭するために深くガスを吸い込んだ。
「閣下……」
旗艦の艦長でもある、コルーゴン将軍が声をかけてきた。
三代にわたってラ家に仕えてきた軍人家系出身で、色黒の偉丈夫である。上官がうたた寝から目覚めるのを待っていたようだ。
「本艦は艦内時間の明日未明には第三惑星の軌道に到達します。しばらくは航海をお任せいただいても問題ありません。お疲れでしたら、お部屋へ退がられては……」
「余計な気を使うな。疲れてなどおらん」
「は……」
本当は、慣れぬ辺境宙域への航海で神経がまいりかけていたが、そんなことを部下に悟られるのは本意ではない。
「第五惑星の分隊からは、まだ連絡がないのだな?」
「はっ。未だスターゲートからは何者も現れていないという定時連絡のみであります」
エンザは第五惑星の軌道に浮かぶ星百合の付近に残してきた、巡航宇宙艦分隊からの報告を待ちわびていた。待ち伏せにあたる彼らが守備よく敵を捕捉し、追撃の末に撃破してくれれば、エンザは何をすることもなく帰路につけるのだ。分隊には、高速駆逐艦もいる。勝算は十分あるだろう。
「奴らが、高速駆逐艦より早い船を用意してくる可能性は?」
エンザの問いに、コルーゴン将軍は真面目くさった顔で胸を張り答えた。
「ないと思われます。我が艦隊の最新鋭駆逐艦でありますから、逃げ切ることは困難です」
エンザは苦笑した。
「困難だが、不可能ではないわけだ」
将軍は上官の皮肉にちょっと眉をひそめたが、すぐに自信満々に言葉を継いだ。
「たとえ分隊から逃げ切っても、本隊の火力に単艦で太刀打ち出来る艦はありません。反逆者どもは、目的地である第三惑星はもとより、いかなる天体の地表にも降りることはできません。それこそが不可能であります」
「了解しているよ……」
星威将軍は手を挙げて将軍を退がらせた。
確かに、この布陣なら奴らはどこにも……
ふと、 エンザは将軍の言葉にひとつの可能性を見て思いを巡らせた。
もし、あの小娘がどこかの惑星の地表に降り立ち、そこで自分と相対して戦ったとしたら?
皇位継承者と対決して、それを破ることが出来たとしたら?
継承権は誰のものとなるのだろう……
エンザは〈法典〉にあたって、その答えを得たいという衝動に駆られた。傍のコムパッドを取り上げ、大した用でもないような態度で、〈法典〉のデータベースにアクセスしてみる……
その時、ブリッジの通信機器に繋がれた機械生物が異音をあげながら震え出した。超空間通信をおこなうドロメックが情報を受信したのだ。
通信兵が叫んだ。
「閣下! 第五惑星分隊から報告であります。超空間ゲート付近から、ネープ艦隊のスター・サブと思しき艦が出現。第三惑星への軌道に突入しました!」
* * *
スター・ゲートを抜けると、そこは砲火の嵐だった。
帝国軍の機動艦隊は、明らかにゲートの位置を把握して、そこから出て来る船の狙い撃ちを目論んでいた。
しかし、ネープのスター・サブは探知遮蔽シールドを全開にしていたのみならず、通常ではあり得ない加速でゲートを脱出したため、全ての火線は空しく第五惑星……木星軌道の空間を貫くだけだった。
すかさず艦隊は追撃体制に入り目標に追いすがった。
「ハイタカ級巡航宇宙艦、二! 高速駆逐艦、三! 白色光弾を撃ちまくりながら追ってくるぞ!」
シェンガが大声で報告した。
「後方シールド最大出力。反時力航法に入る前に振り切る」
ネープは冷静そのものの声で応じた。二人とも操船のため、高重力下でも身動き出来る倍力機構付きの耐Gスーツに身を包んでいる。
三器の耐Gカプセルは、空里とティプトリー、それにクアンタに割り当てられいた。
空里は耐重力液を呼吸しながら、音声インターフェースが伝えて来る二人の戦士の声を聞いていた。
超空間を飛んでいる間に多少の練習をしていたとはいえ、液体呼吸にはまだまだ慣れなかった。
呼吸している間はまだいい。問題は、カプセルから出て耐重力液を吐き出す時だった。液は空気に触れると直ちに気化するように出来てはいた。だが肺からの排液には、出来れば避けたい苦しさが伴うのだった。
「アサト、間も無く反時力航行に入ります。加速時重力の影響は小さいはずですが、苦しかったら言ってください」
ネープの声がカプセルの中に伝わった。
「了解。苦しかったら、スピードをゆるめてくれるの?」
「いえ、ショック波を出して無意識状態に入っていただきます」
ティプトリーの笑い声が聞こえた。
「要するに、気絶させるのね?」
「はじめからそうしておいてくれても、いいんだけどな……」
「貴重な体験だ。起きていたまえよ」
弱音を吐く空里をクアンタが励ました。
カプセル内の三人には分からなかったが、スター・サブはすでに、耐重力液なしではとても耐えられないほどの加速に入っていた。ドロメックも宙に浮いているわけにいかず、ブリッジの天井に触手で自分を固定し、空里たちのカプセルを見つめている。
「すごい……スピードだな。奴ら、引き離されつつあるぞ……」
シェンガがうめくように言った。タフで知られるミン・ガンも、平気な顔をしていられなくなっているようだ。
空里は心配になってきた。
「シェンガ、大丈夫?」
「なんとかな……さすがにスーツだけではカプセルの中と同じとはいかんが……」
「しゃべれるなら大丈夫だ。反時力航行への突入加速に入るぞ」
カプセルの中にも伝わってくる機械音がピッチを上げた。
「アサト、第三惑星からの電波を受信しました。日本語の音声です。あまり安定していませんが、お聞きになりますか?」
日本語! リーリングのおかげで会話に不自由はしていなかったが、生で母国の言葉を聞くのは久しぶりだ。
「うん、お願い」
音声は、日本語のラジオ放送だった。
「おはようございます……九月二十一日、月曜……モーニング・エコーの時間です……全国のニュースを……」
九月二十一日!
八月も夏休みもとっくに終わっていたのか……
空里は、長旅の間に学校も宿題も忘れ果てて、今から二学期に臨む落ちこぼれ生徒になった気がした。宿題も学校ももはや無いのに……
「……政府は、首都圏崩壊にともなう避難所整備の遅れについて……」
途切れ途切れに聞こえてくるニュースから、空里はあの東京を消し去った〈白い嵐〉による混乱がまだまだ収まってないことを知った。
そうだろう。消滅した都市の周辺では、相当な規模の災害となっているに違いない。皇位継承が終わって銀河皇帝の立場を手に入れたら、何か出来ることがないだろうか……
「……今、入ってきたニュース……世界各地の上空に留まっていた、巨大宇宙船群……新たな動きを見せ始めたという情報が入って……八月一日の侵入以来、動きを止めていた宇宙船群が、動き始めたとの……詳細は……」
地球の帝国軍……ゴンドロウワの軍団が動き始めた?
まさか、先行した帝国軍艦隊に制御権を奪われたのでは……
ラジオの音声は、船の加速に連れて次第に弱くなり、ついに聞こえなくなった。
「ネープ、聞いた?」
「はい。しかし、今は確認する術がありません。とにかく、このまま地球に向かいます。反時力エンジン、コンタクト用意」
ネープの声とともに、機械音がさらに大きく、高くなる。
振動こそないが、カプセルの中にいても微かに押さえつけられるような圧力が感じられる。
「リミッター作動確認。時間遡行範囲スレッショルド設定完了」
補助するシェンガの声には、少し焦りがあった。初めて扱う駆動機関にまだ慣れていないのだ。
「確認、ようそろ。問題ない」
空里はそこで、ネープが小さく息をつく音を聞いた気がした。
「反時力エンジン、コンタクト」
ついにスター・サブは、反時力航行に突入した。
それは、ネープやクアンタも含め、乗員の誰も想像していない行程となった。
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