ライゼン通りのパン屋さん ~看板娘の日常~

水竜寺葵

文字の大きさ
55 / 77
ライゼン通りのパン屋さん ~看板娘とそれぞれの恋愛事情~

八章 秋の使者と栗パン

しおりを挟む
 秋になり精霊祭が近付いて来たある日のライゼン通り。そこに一人の男性がパン屋の扉を開いて入っていった。

「いらっしゃいませ、って。まぁ!」

「ミラの知り合い?」

入って来た男性を見て高揚したミラの頬は赤くなる。その様子にアイクが尋ねた。

「失礼するよ。今年も、パンを買いたいと思い、こうして訪ねさせて頂いた」

「クラウス様、いらっしゃいませ」

「……」

紳士的な言動でクラウスが言うと、ミラは嬉しそうに対応する。その様子をアイクが黙って見詰めた。

「今年は、栗パンを頂いて行きたいのだが、まだ残っているかな」

「はい。こちらになります」

彼の言葉に彼女は言うと栗パンがある棚まで案内する。

「なるほど、お前はこの栗パンになったんだな」

「あ、あの。クラウス様。女神様のお友達だと聞いていますが、まさか貴方も」

慈しむような瞳で、栗パンを見詰めるクラウスへと、ミラはレイヤの事を思い出しながら尋ねた。

「あぁ、そうだよ。俺は秋を告げる季節の精霊。レイヤと同じかな」

「やっぱりそうだったんですね! そうじゃないかなって思っていたんです」

困った顔をしたのも一瞬で、柔らかく微笑み答えた彼へと、彼女は興奮した様子で話す。

「だが、このことはあまり口外しないように。俺の正体を知っているのは王族と、君達だけだから」

「はい。勿論です」

クラウスの言葉にミラは何度も頷き答える。

「それでは、また。……そこの方」

「へ、あ。はい」

帰ろうとした彼が、アイクへと視線を送って声をかけた。それに、ぼんやりしていた彼が慌てて返事をする。

「その感情を忘れずに、大切にすると良いと思う」

「へ?」

意味不明な言葉を残して、お店を出て行ってしまったクラウスの背中を見詰め、アイクが呆気にとられた顔で佇む。

「ねぇ、今の話はどういう意味なのかしら」

「さ、さあ。俺にも分からない」

声をかけて来たミラへと彼が慌てて答える。

この感情の意味に気付くのは、もう少し後になってからなのかもしれない。

「それより、クラウス様。やっぱり精霊様だったのね! それなら毎年姿が変わらなくても不思議じゃないわ」

「え、う。うん。そうだね。その、レイヤ様って人には会った事ないけど、春のお祭りで女神役をやっている人の事だろう」

瞳を輝かせて話す彼女へとアイクが頷き答える。

「そうよ。アイクさんにも会わせたいな。来年の春になったら会えるわね」

「来年の春……か。俺、来年の今頃は如何しているのだろうか」

「仕立て屋をやっているかもしれないわよ?」

「そうだと嬉しいけれど」

ミラと話をしながら彼の心に確かに安心感が生まれた。

(何だろう。この気持ちは……)

「如何したの?」

お喋りしていたと思うと、急に黙り込むアイクへと、彼女は不思議そうに尋ねる。

「何でもないんだ。それより、今度の精霊祭に、さっきのクラウスさんが出るんだよね。一緒に見に行こう」

「えぇ。そうね。一緒に見に行きましょう」

首を振って答えるとそう話す彼へ、ミラもにこりと笑い同意した。

それからお祭りも終わって、日常を取り戻したライゼン通り。

「失礼するよ」

「い、いらっしゃいませ」

ミラがバーへとパンを届けに行っている時間。そこにクラウスがやって来て、アイクがなぜか身構えてしまう。

「もうそろそろ、次の町へと向かうので、挨拶に来たのだが、ミラはいないようだね」

「今はバーへとパンを届けに行っていて、俺が店番をやっているんです」

彼の言葉に、何故か嫌悪感を抱きながら答える。

「少年。そう身構えなくても俺は、君の敵にはならないよ」

「え?」

困ったように笑うクラウスへと、彼が不思議そうに首をかしげる。

「その気持ち、大切にすると良い。……と、言ったのを覚えているかな。君にとって本当に大切だと思い始めているのなら、そうするといい」

「どういう意味ですか?」

彼の言葉に、アイクが分からなくて、不思議そうに尋ねる。

「ははっ。君にはまだ分からないかな。だが、その芽生えた気持ちは、本物なんだと俺は思うよ」

「?」

小さく笑い言われても、理解できない彼が、不思議に思い首を傾げた。

「育むといい。君にとってその気持ちが本物ならば……。では、俺はこれで失礼する」

「はぁ……?」

謎の言葉を残して、立ち去ってしまった、クラウスの言葉を考えてみる。

「俺。如何して、クラウスさんに嫌な感情を抱いたんだろう。それが、答えって言っていたけれど……」

考えてみても分らないなら、これ以上悩んでいても仕方ないと思い、店番へと戻っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

処理中です...