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外伝 ライゼン通りの冒険者さん ~アイアンゴーレム事件解決編~

終焉の物語

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 静かな森の中緑の煌きが現れる。そこに立つ一人の少女……雪奈は真っすぐに前を見すえ歩き出した。

「……静かすぎる。こんな時は必ずと言っていいほどに何か起こる前触れだよね」

そう呟く彼女は背負っている大剣へと手を伸ばし抜き放つと微かに聞こえた音の方へと駆けだす。

「きゃあっ」

【グルゥア!!】

木々を抜けた先で少し開けた場所に出る。そこには腰を抜かした少女と襲い掛かる緑色の身体の竜の姿があった。

「緑竜……森の主よ。君も森の奥でひっそりと暮らしていればよかったのに……出会ってしまったら仕方ないよね。はっ!」

【グルァ?!】

雪奈は静かな口調で話すと大剣で相手を斬りつける。緑竜が悲鳴をあげると崩れるようにその場に倒れ込む。

「あ、あの。有難う御座いました」

「……」

背後から聞こえた声の主の方へとふり返るとそこには先ほど竜に襲われていた少女の姿が。しかし彼女は無言で眉を少し顰めただけで留まる。

「……行かなきゃ。記憶を失ってしまう前に」

ふらりとした足取りでコーディル王国の方へと向けて歩いていく少女の背中を見送ると武器を納めた。

「……リリア。君も運命に導かれたんだね」

この場からいなくなった少女へ向けてそっと呟くと雪奈も運命が巡り会う場所。コーディル王国へと目指し歩いて行った。

王国へとやって来た彼女は宮殿へと向かい国王となったレオと再会する。

「頼むから、正門から堂々と入ってきてもらえないかな」

「正門から入っていったらいろいろと手続きが面倒でしょう」

執務室の椅子に座り引きつった笑みを浮かべる国王へと悪気がなさそうな態度で雪奈は話す。

「はぁ……今に始まった事ではなかったな。それより、君がここに現れたという事はそろそろ”時”が来てしまったという事か」

「失礼します。レオ様。先ほどこの辺りで魔力を感じましたが――ははっ。やっぱりあんただったか」

盛大に溜息を零すと真面目な顔になり話した。そこに扉が開き駆け付けたレイヴィンが彼女の姿を見て笑う。

「アイアンゴーレムね。物は言いようだよね。奴の正体はひた隠しにされているってこと」

「「……」」

ニヒルに笑い言われた言葉に二人の顔色が変わる。

「奴と決着をつける時が来た。それを見届けるために僕はこの国へと戻ってきたんだ」

「雪奈、レオ様……俺は止めたって一人で決着をつけるつもりだ。だから手出しはしないでくれよ」

「レイヴィン……」

雪奈の言葉に隊長が険しい顔でそう告げた。その話を聞いたレオの顔色も深刻なものに変わる。

その後緊急の招集がかかり、騎士団と冒険者の前で雪奈は淡々とした口調でアイアンゴーレムについて情報があった事を語って聞かせた。

そうして討伐隊が組まれることとなり、選りすぐりの人材で形成された特別部隊が結成される。

「いよいよだな……」

「アイアンゴーレム……話には聞いてたが、実際にこうして現れることになろうとは……」

色々な感情を押し殺した瞳でマルセンが呟く横でジャスティンが緊張の面持ちで言う。

「あの、そんなに警戒を強めないといけない程の存在なのですか」

「ジョン様もジャスティンも知らない事だが、当時奴の襲撃により犠牲者が出ている。今回は誰も犠牲者が出ないと良いのだが……」

「そうなるようにオレ達討伐隊が組まれたんだ。かつてあいつと戦った時俺達は足元にも及ばなかった。雪奈さんと隊長がいなかったら今頃どうなっていた事か……でも、今回は違う」

ジョンの言葉にマルセンが答える。そこにディッドも話を聞いていた様で口を開いた。

「ここに集められた者達は、我が王国でも実力のある者ばかりだ。だが、皆無理はしないように。命の危険を感じたら討伐は諦めて逃げろ。命より大切な物はないのだからな」

国王がやって来ると場の空気が重たく凛としたものに変わる。壇上に立ったレオがそう言うと討伐隊の間に緊張が走った。

そうして国を出た討伐隊は木こりの森へとやって来る。

「……味方認識確認。確認不可。攻撃を開始する」

「あれが、アイアンゴーレム?」

「どう見たって人のようだが……」

森の中に入ると一人の男が立っていた。その人物を見詰めながら訝しい思いでジョンが首を傾げるとジャスティンも不思議そうに呟く。

「アイアンゴーレムはただの呼称だ。あれが本当の正体って訳さ」

マルセンの言葉に初めてアイアンゴーレムの正体を見た者達の間に困惑と動揺が起こる。

「攻撃開始」

「おっと、ぼんやりしている暇はないぞ。皆、俺とセツナより前には絶対に出るなよ。……はっ!」

アイアンゴーレムが剣を構えて突撃してくる様子にレイヴィンが言うと一人先に相手へと斬りかかっていった。

「セツナ。我々はどうすれば良い」

「レオもディッドも知っていると思うけれど、君達が束になってかかって行った所でまともにやり合える相手ではない。レイヴィンの言う通りに背後から援護すること。命が欲しいならね」

「「っ」」

レオの問いかけに雪奈は淡々とした口調で答える。その言葉に分かってはいたものの何もできない自分に唇をかみしめた。

「おい、マクモ。あんた守護精霊なんだろう。もうちょっとあいつにダメージ与えられないのか」

「これだけの人を護りながら森に飛び火しない程度の力で攻撃してるんだぜ。これ以上は無理」

その背後では火の精霊のマクモがアイアンゴーレムへと向けて炎の玉を降らせる。しかし威力が弱い為あんまり効いていない。その様子にマルセンが愚痴ると彼がニヒルな笑みを浮かべて答えた。

「あんたな……」

「兎に角、効いていなくても奴の意識を反らすことはできるだろう。このまま続けてもらおう」

彼が何か言いたげに呟くとジャスティンがそう話して納得させる。

それから暫くの間緊迫した戦闘が続く。一人戦前に立ち戦うレイヴィンの身体はボロボロで、背後では疲労困憊が見え始めたレオ達討伐隊の姿があり、雪奈は小さく舌打ちをする。

「まだか……」

早く運命の時が来ないかと背後の町へと視線を向ける。その時金の長い髪が靡き彼女の横を通り抜けていった。

「……遅いよ」

その人物を目で追いながらそっと独り言を呟くと見守る体制へと切り替える。

「止めて、止めて下さい!」

この場に似合わない少女の悲痛な叫び声が聞こえたかと思うと、バランスを崩し座り込んでしまったレイヴィンに斬りかかろうとしていたアイアンゴーレムの前に庇う様に、彼女が立ちふさがった。

「っ、リリア!?」

「っ!?」

この場にいるはずのない人物の登場に驚くレイヴィンに襲い掛かろうとしていた“彼”も動きを止める。突然の出来事にレオ達も固まり現状を見守った。

「リ・リ・ア? ……聖女様。守るべき対象。……確認。……攻撃を一時中断する」

アイアンゴーレムが淡々とした口調で呟くと動きを止めたままじっと現れた少女……リリアの顔を見詰める。

「リリア。どうしてここに?」

「私、思い出したんです。自分が誰で、どこで何をしてきたのか。ザハルの時の記憶も全て……」

「っ!?」

レイヴィンの言葉に彼女はアイアンゴーレムを見据えたまま語ると、その言葉に隊長が息を呑み目を見開いた。

「……ははっ。そっか、思い出しちまったか……」

自嘲気味に笑いながら立ち上がると彼女が何をなすのか見届けようという感じで見守る。

「だから、私。この記憶が消えてしまう前にここに来たんです。レイヴィンさんが、そしてギルさんが抱え込んでいる過去を私も一緒に償うために」

「……」

胸の前で両手を当てて必死に話すリリアの様子をギルと呼ばれた”彼”が虚ろな瞳で見つめていた。

「ギルさん。もうザハルの為に戦う必要はないのです。もう貴方を縛るものは何もないのです。ですから、どうか。これからは自由に……”人間ひと”として生きて下さい」

「……っ。ぐっ!」

優しい口調でそう語る彼女を見詰めていた彼が目を見開くと急に苦しみだす。

「……洗脳が解けたか」

「……聖女様。あなたのおかげでオレは自我を取り戻せました。有難う御座います」

その様子にレイヴィンが呟く。暫く呆然と突き立っていたギルが姿勢を正すとリリアへと向けて跪き語る。

「オレはもう必要ないのですね。ザハルのために戦う兵器はもう、いらない。ならば……」

「ギルさん!?」

「はっ!」

跪いていた彼が立ち上がるとそう呟き己の心臓へと向けて剣を構えた。その様子に彼女が悲痛な声で悲鳴をあげる。そこにレイヴィンの剣が相手の武器をはじき落とした。

「あんただけ死ぬなんて許さないぜ。せっかくこうして助かった命だ。償いの為に生きていけよ。あんただけが楽になることは、今は許しちゃやらないぜ」

「……」

ニヒルに笑う隊長の言葉にギルが押し黙り項垂れる。

「ギルさん。私も全ての記憶を思い出しました。だから一緒に……二人が抱え込んでいる過去の罪を償うのに私も一緒に償わせてもらいませんか」

「聖女様……」

そこにそっと近寄ったリリアが優しく語り掛ける言葉に彼は動揺した瞳で彼女を見詰めた。

「何十年かかったとしてもやりましょう。償いの為の旅を一緒に……」

「……聖女様の御心のままに」

柔らかく微笑み語るリリアへと彼が忠誠を誓う騎士のように跪き首を垂れる。

「なんか、すっきりしないが……でも償うっていうんなら今は許せなくても見守ってやるかな」

「これでようやく彼もザハルの呪いから解放されたわけだな」

マルセンが愚痴るもその顔には憎しみの色はなく、むしろ相手へ対しての憐れみを含んだ瞳で見つめていた。

レオもそう言うと目の前の光景を黙って見詰める。

こうして記憶を一時的に取り戻したリリアのおかげでアイアンゴーレムと呼ばれたギルは自我を取り戻し償いの為に一生を生きていくこととなった。

これがアイアンゴーレム解決事件の真相である。その後ギルの存在はその場で見た者達だけの胸に仕舞うという事で国王からの命令が下り、不穏な空気が漂い不安がる国民達には後日真相を伏せた内容が伝えられた。

「……僕の役目はこれで終わり。もうここに戻ってくることもないだろう」

「ちょっと待った! セツナ……お別れくらいさせてくれるだろう」

密かに森の中へと入り緑石へと手を当てる雪奈へと背後から誰かの声がかかる。

「レイヴィン……それにレオ達まで」

背後には見送りに来たレイヴィン達の姿があり彼女は小さく溜息を吐き出す。

「セツナさん。あなたの事は決して忘れません。私はあなたを尊敬しております。もう二度と会えなかったとしてもずっと……」

「それでも、気が向いたらまたこの国に戻って来て下さいよ。貴女がいると隊長もレオ様も大人しいので」

リゼットが一歩踏み出し涙を堪えた顔で話すと、ディッドもそう言って笑う。

「セツナ。例えこの世界での役目をすべて終えてしまったとしても、私はいつまでも君の事を忘れず待ち続けるよ。運命が巡り会うその時までな」

「あんたはこれからも大変なんだろう。逃げたくなったらいつでも遊びに来ていいからな。あんたの帰る場所はいつでも用意しているぜ」

レオも優しく微笑み語るとレイヴィンも話す。

「まったく……これだからあんまり関わるべきではなかったよ。君達と離れづらくなるじゃないか……だまって帰らせてよね」

「なんなら俺があんたをこの国に召喚してやるよ」

「冗談……もう召喚されるのはこりごりなんだよ」

小さく溜息を吐き出しそう呟くと隊長がにやりと笑い言う。それに雪奈は苦笑を零して答えた。

「……それじゃあ、ね。僕がいなくたって君達なら大丈夫。ちゃんとやっていけるよ」

「セツナ……」

「セツナさん」

緑の煌きに包まれ始めた彼女が穏やかに微笑み言うとレオとリゼットが一歩踏み出し呟く。

「君達の未来はきっと……」

そう呟き光の粒子だけを残してこの世界から消滅していった。

「……ふぅ」

「ししょう、おかえりなちゃい」

森の中の神殿へと現れた彼女は小さく息を吐き出す。するとそこに舌足らずな女の子の声が聞こえてきた。

「ちゃんとお留守番出来ていた」

「うん!」

そちらへとふり返ると二、三才くらいの女の子が笑顔で立っていて雪奈は近寄りながら声をかける。

「そう、向こうで遊んでおいで」

「まったく。子育てを俺達に押し付けてお前は世界を渡ってばかりでいいご身分だな」

そう言うと少女は駆け足で神殿の奥へと消えていった。そこに交代するかのように三人の人影が現れると銀髪の青年が口を開く。

「逆に聞くけど、僕が子育てできるとでも?」

「「「…………思わないな(ね)」」」

淡泊に返された言葉に三人は微妙な間をもって答える。

「大丈夫。ある程度大きくなったら考えがある。それまでは君達に任せる」

「考えね……それよりあの子とかあいつとか貴様とかだと彼女も可哀そうだし。いい加減名前くらいは付けてあげたら?」

「それは我も賛成ぞ。貴様と言うたびに泣かれるのは面倒だ」

雪奈の言葉に金髪の少年が話すと焦げ茶色の髪の青年も頷いた。

「……もう少し大きくなったら考えるよ。それより四才くらいになったら剣の稽古を付けさせようと思う」

「まぁ、雪奈が赤子を拾ってきた時点で何かあるとは思っていたが……そうか。稽古をね……言っておくが俺は手加減できないぞ」

「我も手加減は出来ぬ」

「僕は……まぁ。加減はしてあげられるけれど。魔法は得意だけれど剣の稽古なら無理だね」

「……僕が直接稽古を付けさせるしかなさそうだね」

彼女の言葉に三人がそれぞれ答える。それを聞いて小さく溜息を吐き出した。

こうして雪奈の物語はまだまだ続く。時を超え世界を渡りながら……。

=====

 あとがき

 アイアンゴーレム事件解決編これにて完結に御座います。これでお針子さん4の伏線が回収されたと思います。
最後に登場した三人の男性と謎の少女が気になりますか? 少女は現在執筆中の物語にて初登場しますが、こちらもいずれ続き物の物語を書きあげる予定です。気長にお待ちください。ここまでご拝読&お付き合いくださり誠に有り難う御座いました。
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