19 / 40
番外編 本編前 災厄の始まり
しおりを挟む
大きな大陸のちょうど中間にある王国ミラベルの帝王ルシフェルは海の向こうの国と呼ぶ倭国へと向けて船の上にいた。
未知の国瑠璃王国の国王と交易をするために何年もの間交流を深めてようやく倭国へと招待を受けたのである。
書状には王族以外にも貴族階級の者達や商人も連れてきて良いと書いてあり、息子アレクシルを含め交易交渉にたけた人々を連れての他国訪問となった。
「いよいよ海の向こうの国との交渉ができる。これが上手くいけば我が国もさらに飛躍するであろう」
「それだけではありません。使者として送ったトウヤからの手紙によれば海の向こうの国の文化はとても興味深いものです。それを取り入れるのも宜しいかと思われますよ」
上機嫌なルシフェルへと彼に仕える側近のうちの一人シェシルが微笑み話す。
「うむ、瑠璃王国にないものをこちらが見せれば相手も交渉の話に乗ってくれるであろう」
「そうですね。交渉にはやはりカイト殿が適役かと思われます」
帝王がそれに大きく頷くと彼がそれならばと説明する。
「我もあの者ならばうまく話を伝えてくれるだろうと期待している。なにしろ勉強熱心で瑠璃王国の言葉まで熟知しているのだからな。交渉相手としてカイトよりうまく話せる者はおらぬだろう」
ルシフェルも同意すると目を細めて語った。そうこうしているうちに瑠璃王国の王と会う約束の地の港が見えてくる。
船を港に着けると早速ルシフェルは連れてきた貴族や商人たちを連れて宴会場へと向かう。その頃退屈を持て余しているのは一人息子のアレクシルだった。
「父上達ってば難しい話ばかりしていてつまんないや。そうだ、この近くを探検してみよう」
彼は思いたつと早速宴会場を抜け出して外に行くと近くの浜辺を歩く。
「あ、あんなところに森が……面白そう。中に入ろう」
「あっ。王子様そっちへ行ってはいけません……行っちゃった。お父様、お母様」
アレクシルは近くの海岸をぶらぶらと歩くとうすぼんやりと見える森を見つけてそっちへと駆けて行く。その背へ向けて少女が声をかけたが気付くことなく一人でどんどんと遠くへと行ってしまう王子の様子に彼女は両親の下へと駆け寄る。
「お父様、お母様。王子様が森の中に一人で入っていってしまったんです。あそこはとても危ないの。だから早く王子様を連れ戻さないと」
「ルナ、今だいじな話をしているんだ。少し待っていてくれないかな」
「ルナ。王子様もそんなに遠くまではいかないと思うから心配しなくても大丈夫よ」
父親と母親の側まで駆け寄ってきた少女の言葉に両親は特に気にした様子もなく、それよりも目の前の交渉に気をとられていて彼女の話しをまるで聞いてはもらえなかった。
「……」
「ルナ……」
「お兄様。大丈夫よ。ルナはしっかりしてる子だから、王子様と一緒に森を探検したら帰って来るわよ」
その様子にルナは悲しそうな顔をしたがすぐに踵を返し森の方角へと走っていく。それを止める様に彼女の兄マコトが声をかけ後を追いかけようとしたが、妹のイヨにそう言われそれもそうだなと思いこの場に残った。
「そうだよ。ねえ、ボク達も退屈だからどこかに遊びに行こうよ~」
「いいね、いいね。遊びに行きましょう」
からくり人形の男の子ケイトがそう言うと同じく妹分のケイコも賛成して近くの砂浜へと駆けて行った。まさかこれが生きているルナの姿を見る最後になるとは知らずに……。
その頃森の中へと一人で入り込んだアレクシルは自分の故郷の森には生えていない植物ばかりに興奮してあっちこっち探索していた。
「すごいや。こんなクルクル巻いた草なんかぼくの故郷にはないや」
「王子様! はぁ……はぁ……やっと追いつきました。すぐにみんなの所へ戻りましょう」
瞳を輝かせてゼンマイを見詰める彼の下へと追いかけてきたルナが肩で息をしながら戻るようにと声をかける。
「やだよ。こんな面白い植物がたくさんあるのに、この森の中には見た事ない物ばかりで楽しい。だからもっといろいろと調べてみるんだ」
「だめなんです。この先へ行ってはいけません。危険です」
彼女の言葉にアレクシルは唇を尖らせると駄々をこねた。その様子にルナは困った顔で説明する。
「危険なんかあるもんか。こんな平和そうに鳥の声や虫の声が聞こえるのに何が危険なのさ。それとも勝手にぶらぶらしていることを怒られるから早く戻れって君は言うの? それなら心配ご無用。叱られないようにいろいろと考えてあるからさ」
「あ、王子様……」
彼は言うとさらに奥へと向けて一人で歩いていってしまう。彼女はその背を慌てて追いかける。
「ついてこないでよ。君がいると探検がつまらなくなる」
「でも、本当にこの先へは入ってはいけないんです……」
ついてくるルナの様子をうっとうしそうに睨みやる彼へと彼女は一生懸命止めようと試みた。
「うるさいな。ぼくの勝手だろう。王子であるぼくが行くって決めたんだ。君は黙って従えばいいんだよ」
「でも……」
それに苛立ったアレクシルがそう言い放つとルナは悲しそうな顔で彼を見詰める。はっきりと何がどう危険なのかを彼女も分かってはいないのでどう話せばわかってもらえるのかと幼いながらにも頭を捻らせ考えを巡らせた。
「何だこの石変なの……ん? あっちにも、こっちにもある。こんなの邪魔だしどかしちゃえ」
「あ、だ、だめです。それを動かしちゃいけません」
その時前方に五芒星の形に並ぶ大きな石が転がっていて彼は邪魔だとそれをどかそうと手に取る。それに気づいたルナが慌てて止めようと声をかけるも時すでに遅く、アレクシルはすでにそれをすべて動かしてしまっていた。
その時、五芒星の中央にある祠からどす黒い霧が立ち込め始め、あたりには黒と赤が入り混じった稲光が現れる。
「!?」
「王子様!」
そのあまりにもおぞましい光景に彼は何が起こっているのかも理解できぬままその場に棒立ち状態になった。ルナはそんな彼の腕を掴み五芒星の外へと押し出す。
「「王子様……!?」」
そこにアレクシルを探していた帝王の側近のうちの二人。隊長のシエルと彼の補佐をするジャスティスがこの場に駆け着ける。しかし異様な光景に二人は驚く。
「き、君も早くこっちに」
「私は大丈夫だから。王子様を連れていって下さい。そしてできるだけ早くこの地を早く離れる様に。でないと皆さんが危ないから」
シエルが我に返った様子で王子を抱きかかえるとルナへと向けて手を差し伸べた。しかし彼女は困ったような悲しそうな何とも言えない複雑な表情で微笑むとそう言って早く行ってといわんばかりに小さな手で彼等の足を押し出す。
「っ。君も一緒に逃げるんだ。じゃなきゃぼくは帰らない」
「王子様。私は本当に大丈夫です。きっとこの人は悪い人じゃありません。話をすればきっと分かってもらえます。ですから私がここでお話ししてみます。お父様とお母様に教わって交渉は得意なんです。ですが、他に人がいたら興奮してちゃんと話を聞いてくれないかもしれません。だから早くここから離れて下さい」
この場から離れようとしないルナへとアレクシルが声をかける。しかし彼女は首を振って微笑む。
「……すまない」
「後で必ず助けに来るから、それまで持ちこたえるんだぞ」
「ま、待てよ。ぼくは認めない。王子の命令だ。あの子も一緒に連れていく。連れていかないならぼくはここに残るからな。放せよ。降ろせよ」
それにシエルとジャスティスは彼女の意をくみとりそしてこの後に起こることを察して踵を返し走り出す。
それに驚きと衝撃を受けたアレクシルが喚くように言うと手足を左右に動かし降りようともがく。しかしシエルに確りと抱きかかえられているため幼い彼の力ではどんなに抗っても抜け出すことは叶わなかった。
「王子様……許してください。そのご命令には従えません。王子様の御身をお守りすることが第一優先です」
「それじゃああの子を残して本当にここから離れるのか? あんな邪悪な稲光見た事ない。あれは危険な存在かもしれないんだぞ。それなのに女の子一人置いてぼくだけ逃げろって言うの」
ジャスティスが何とも言えない表情で静かに答える。それにアレクシルが怒りに身を震わせながら叫んだ。
「……王子様の身を守るのがわたし達の務め。ですからどうかこの場は耐えて下さいませ。王子様を安全な場所へとお届けした後で兵士を連れてここに戻りますので」
「っぅ……」
シエルも分かってくださいと言いたげに答えると走る速度を上げる。彼は何もできない己がふがいなくて少女を一人危険な場所へと置き去りにして逃げるしかない自分自身へと怒りを覚えながら悔しさとルナへ対する申し訳なさで涙を流した。
「……王子様。ごめんなさい。でも貴方達を死なせるわけにはいかないんです。私ができるだけのことをやってみます。っ!?」
「……」
一人残った彼女が悲しげに呟いてアレクシルへと謝罪していると人の気配を感じて反対側の森の中を見やる。
そこにはぼんやりとした様子でこちらへと近づく瑠璃王国の人が着る服をまとった青年の姿があり彼女は慌ててそっちへと駆け寄った。
「だめです。ここに入ってはいけません」
「!?」
少女の声に青年……キリトは驚き目を見開く。まるで今までルナがいる事にも気づいていなかったかのような顔で固まる彼に彼女は小さな手で結界の中に入らないようにと押し出す。
「お兄さん。貴方はここに着てはいけない人です。貴方は生きてそして希望をつないでください」
「君は……何を言って?」
必死に押し出そうとしながら笑顔でそう語った彼女の言葉にキリトは不思議そうな顔で尋ねる。
「今は分からなくてもいいです。ですから、どうか、どうか無事にこの森の外へ……精霊さん。神様お願いです。この人を助けてあげて下さい」
「!?」
ルナが言うと辺りが真っ白い光へと包まれた。それに彼は驚き目を見開くが次の瞬間キリトの姿は跡形もなくその場からいなくなっていて彼女はほっと息を吐き出す。
【ふん。人間の小娘か……貴様では依り代にもならんわ】
「……あなたは神様ですか?」
その時どす黒い霧と稲光が治まったかと思うと目を覚ましたばかりの黒い龍が祠の上に浮かんでいて、ルナはそちらへと振り返ると優しく声をかけた。
【我は人々から邪神と呼ばれ恐れられた。それゆえにこんなところに長いこと封印されていたのよ。だが誰か知らぬが愚かなガキのおかげで結果が壊され封印が解かれた。これで我は自由の身。いままで我をこんなところに閉じ込めた人間どもに復讐してやる】
「そんな悲しいことを言わないでください。人間とだって仲良くできます。ですからどうかそのような悲しいことを言わないでください」
黒い龍が血のような赤い瞳を怪しく光らせて話す言葉に彼女は優しい口調で話す。
【小娘。我にいくら言葉をかけようと無駄な事。人間風情の言葉に耳を貸すとでも思ったか。復讐の手始めにまずは貴様の身を切り刻んでやる】
「きぁあっ!」
しかし邪神と名乗った竜は低い声で言うと彼女の小さな体を黒いかまいたちで無残にも切り裂く。
【忌々しい人間風情が我に話し合いで解決しようとは愚かな。こんなものでは足りぬ。もっと人間どもを苦しめて血の海でこの地を染めてやる。ククククッ】
すでに息絶えたルナの体をまるで物の様に扱い宙に放り投げ地面へとたたきつける。そして黒い稲光となって天へと昇っていった。
その後兵士を引き連れ森の中へとやってきたシエル達だったがなぜか五芒星のあった祠のところまでたどり着けず、そして少女の姿も確認できず仕方なく一度町まで戻る。
それから一週間もの間ルナは行方不明として彼女の家族により探索が続けられた。ルナの無事を確認したくてアレクシルも一緒に必死になって彼女を探すも、森の前で無残にも切り刻まれ冷たくなったルナの死体を発見しそれを見た彼等は言葉を失い暫く呆然とその場に立ちつくしていた。
一方その頃彼女を殺した張本人である邪神はルシフェルの体に入り込み彼を操り、復讐の手始めに瑠璃王国を攻め落として倭国を支配する悪の帝王となったのである。これが災厄の始まりであった。
未知の国瑠璃王国の国王と交易をするために何年もの間交流を深めてようやく倭国へと招待を受けたのである。
書状には王族以外にも貴族階級の者達や商人も連れてきて良いと書いてあり、息子アレクシルを含め交易交渉にたけた人々を連れての他国訪問となった。
「いよいよ海の向こうの国との交渉ができる。これが上手くいけば我が国もさらに飛躍するであろう」
「それだけではありません。使者として送ったトウヤからの手紙によれば海の向こうの国の文化はとても興味深いものです。それを取り入れるのも宜しいかと思われますよ」
上機嫌なルシフェルへと彼に仕える側近のうちの一人シェシルが微笑み話す。
「うむ、瑠璃王国にないものをこちらが見せれば相手も交渉の話に乗ってくれるであろう」
「そうですね。交渉にはやはりカイト殿が適役かと思われます」
帝王がそれに大きく頷くと彼がそれならばと説明する。
「我もあの者ならばうまく話を伝えてくれるだろうと期待している。なにしろ勉強熱心で瑠璃王国の言葉まで熟知しているのだからな。交渉相手としてカイトよりうまく話せる者はおらぬだろう」
ルシフェルも同意すると目を細めて語った。そうこうしているうちに瑠璃王国の王と会う約束の地の港が見えてくる。
船を港に着けると早速ルシフェルは連れてきた貴族や商人たちを連れて宴会場へと向かう。その頃退屈を持て余しているのは一人息子のアレクシルだった。
「父上達ってば難しい話ばかりしていてつまんないや。そうだ、この近くを探検してみよう」
彼は思いたつと早速宴会場を抜け出して外に行くと近くの浜辺を歩く。
「あ、あんなところに森が……面白そう。中に入ろう」
「あっ。王子様そっちへ行ってはいけません……行っちゃった。お父様、お母様」
アレクシルは近くの海岸をぶらぶらと歩くとうすぼんやりと見える森を見つけてそっちへと駆けて行く。その背へ向けて少女が声をかけたが気付くことなく一人でどんどんと遠くへと行ってしまう王子の様子に彼女は両親の下へと駆け寄る。
「お父様、お母様。王子様が森の中に一人で入っていってしまったんです。あそこはとても危ないの。だから早く王子様を連れ戻さないと」
「ルナ、今だいじな話をしているんだ。少し待っていてくれないかな」
「ルナ。王子様もそんなに遠くまではいかないと思うから心配しなくても大丈夫よ」
父親と母親の側まで駆け寄ってきた少女の言葉に両親は特に気にした様子もなく、それよりも目の前の交渉に気をとられていて彼女の話しをまるで聞いてはもらえなかった。
「……」
「ルナ……」
「お兄様。大丈夫よ。ルナはしっかりしてる子だから、王子様と一緒に森を探検したら帰って来るわよ」
その様子にルナは悲しそうな顔をしたがすぐに踵を返し森の方角へと走っていく。それを止める様に彼女の兄マコトが声をかけ後を追いかけようとしたが、妹のイヨにそう言われそれもそうだなと思いこの場に残った。
「そうだよ。ねえ、ボク達も退屈だからどこかに遊びに行こうよ~」
「いいね、いいね。遊びに行きましょう」
からくり人形の男の子ケイトがそう言うと同じく妹分のケイコも賛成して近くの砂浜へと駆けて行った。まさかこれが生きているルナの姿を見る最後になるとは知らずに……。
その頃森の中へと一人で入り込んだアレクシルは自分の故郷の森には生えていない植物ばかりに興奮してあっちこっち探索していた。
「すごいや。こんなクルクル巻いた草なんかぼくの故郷にはないや」
「王子様! はぁ……はぁ……やっと追いつきました。すぐにみんなの所へ戻りましょう」
瞳を輝かせてゼンマイを見詰める彼の下へと追いかけてきたルナが肩で息をしながら戻るようにと声をかける。
「やだよ。こんな面白い植物がたくさんあるのに、この森の中には見た事ない物ばかりで楽しい。だからもっといろいろと調べてみるんだ」
「だめなんです。この先へ行ってはいけません。危険です」
彼女の言葉にアレクシルは唇を尖らせると駄々をこねた。その様子にルナは困った顔で説明する。
「危険なんかあるもんか。こんな平和そうに鳥の声や虫の声が聞こえるのに何が危険なのさ。それとも勝手にぶらぶらしていることを怒られるから早く戻れって君は言うの? それなら心配ご無用。叱られないようにいろいろと考えてあるからさ」
「あ、王子様……」
彼は言うとさらに奥へと向けて一人で歩いていってしまう。彼女はその背を慌てて追いかける。
「ついてこないでよ。君がいると探検がつまらなくなる」
「でも、本当にこの先へは入ってはいけないんです……」
ついてくるルナの様子をうっとうしそうに睨みやる彼へと彼女は一生懸命止めようと試みた。
「うるさいな。ぼくの勝手だろう。王子であるぼくが行くって決めたんだ。君は黙って従えばいいんだよ」
「でも……」
それに苛立ったアレクシルがそう言い放つとルナは悲しそうな顔で彼を見詰める。はっきりと何がどう危険なのかを彼女も分かってはいないのでどう話せばわかってもらえるのかと幼いながらにも頭を捻らせ考えを巡らせた。
「何だこの石変なの……ん? あっちにも、こっちにもある。こんなの邪魔だしどかしちゃえ」
「あ、だ、だめです。それを動かしちゃいけません」
その時前方に五芒星の形に並ぶ大きな石が転がっていて彼は邪魔だとそれをどかそうと手に取る。それに気づいたルナが慌てて止めようと声をかけるも時すでに遅く、アレクシルはすでにそれをすべて動かしてしまっていた。
その時、五芒星の中央にある祠からどす黒い霧が立ち込め始め、あたりには黒と赤が入り混じった稲光が現れる。
「!?」
「王子様!」
そのあまりにもおぞましい光景に彼は何が起こっているのかも理解できぬままその場に棒立ち状態になった。ルナはそんな彼の腕を掴み五芒星の外へと押し出す。
「「王子様……!?」」
そこにアレクシルを探していた帝王の側近のうちの二人。隊長のシエルと彼の補佐をするジャスティスがこの場に駆け着ける。しかし異様な光景に二人は驚く。
「き、君も早くこっちに」
「私は大丈夫だから。王子様を連れていって下さい。そしてできるだけ早くこの地を早く離れる様に。でないと皆さんが危ないから」
シエルが我に返った様子で王子を抱きかかえるとルナへと向けて手を差し伸べた。しかし彼女は困ったような悲しそうな何とも言えない複雑な表情で微笑むとそう言って早く行ってといわんばかりに小さな手で彼等の足を押し出す。
「っ。君も一緒に逃げるんだ。じゃなきゃぼくは帰らない」
「王子様。私は本当に大丈夫です。きっとこの人は悪い人じゃありません。話をすればきっと分かってもらえます。ですから私がここでお話ししてみます。お父様とお母様に教わって交渉は得意なんです。ですが、他に人がいたら興奮してちゃんと話を聞いてくれないかもしれません。だから早くここから離れて下さい」
この場から離れようとしないルナへとアレクシルが声をかける。しかし彼女は首を振って微笑む。
「……すまない」
「後で必ず助けに来るから、それまで持ちこたえるんだぞ」
「ま、待てよ。ぼくは認めない。王子の命令だ。あの子も一緒に連れていく。連れていかないならぼくはここに残るからな。放せよ。降ろせよ」
それにシエルとジャスティスは彼女の意をくみとりそしてこの後に起こることを察して踵を返し走り出す。
それに驚きと衝撃を受けたアレクシルが喚くように言うと手足を左右に動かし降りようともがく。しかしシエルに確りと抱きかかえられているため幼い彼の力ではどんなに抗っても抜け出すことは叶わなかった。
「王子様……許してください。そのご命令には従えません。王子様の御身をお守りすることが第一優先です」
「それじゃああの子を残して本当にここから離れるのか? あんな邪悪な稲光見た事ない。あれは危険な存在かもしれないんだぞ。それなのに女の子一人置いてぼくだけ逃げろって言うの」
ジャスティスが何とも言えない表情で静かに答える。それにアレクシルが怒りに身を震わせながら叫んだ。
「……王子様の身を守るのがわたし達の務め。ですからどうかこの場は耐えて下さいませ。王子様を安全な場所へとお届けした後で兵士を連れてここに戻りますので」
「っぅ……」
シエルも分かってくださいと言いたげに答えると走る速度を上げる。彼は何もできない己がふがいなくて少女を一人危険な場所へと置き去りにして逃げるしかない自分自身へと怒りを覚えながら悔しさとルナへ対する申し訳なさで涙を流した。
「……王子様。ごめんなさい。でも貴方達を死なせるわけにはいかないんです。私ができるだけのことをやってみます。っ!?」
「……」
一人残った彼女が悲しげに呟いてアレクシルへと謝罪していると人の気配を感じて反対側の森の中を見やる。
そこにはぼんやりとした様子でこちらへと近づく瑠璃王国の人が着る服をまとった青年の姿があり彼女は慌ててそっちへと駆け寄った。
「だめです。ここに入ってはいけません」
「!?」
少女の声に青年……キリトは驚き目を見開く。まるで今までルナがいる事にも気づいていなかったかのような顔で固まる彼に彼女は小さな手で結界の中に入らないようにと押し出す。
「お兄さん。貴方はここに着てはいけない人です。貴方は生きてそして希望をつないでください」
「君は……何を言って?」
必死に押し出そうとしながら笑顔でそう語った彼女の言葉にキリトは不思議そうな顔で尋ねる。
「今は分からなくてもいいです。ですから、どうか、どうか無事にこの森の外へ……精霊さん。神様お願いです。この人を助けてあげて下さい」
「!?」
ルナが言うと辺りが真っ白い光へと包まれた。それに彼は驚き目を見開くが次の瞬間キリトの姿は跡形もなくその場からいなくなっていて彼女はほっと息を吐き出す。
【ふん。人間の小娘か……貴様では依り代にもならんわ】
「……あなたは神様ですか?」
その時どす黒い霧と稲光が治まったかと思うと目を覚ましたばかりの黒い龍が祠の上に浮かんでいて、ルナはそちらへと振り返ると優しく声をかけた。
【我は人々から邪神と呼ばれ恐れられた。それゆえにこんなところに長いこと封印されていたのよ。だが誰か知らぬが愚かなガキのおかげで結果が壊され封印が解かれた。これで我は自由の身。いままで我をこんなところに閉じ込めた人間どもに復讐してやる】
「そんな悲しいことを言わないでください。人間とだって仲良くできます。ですからどうかそのような悲しいことを言わないでください」
黒い龍が血のような赤い瞳を怪しく光らせて話す言葉に彼女は優しい口調で話す。
【小娘。我にいくら言葉をかけようと無駄な事。人間風情の言葉に耳を貸すとでも思ったか。復讐の手始めにまずは貴様の身を切り刻んでやる】
「きぁあっ!」
しかし邪神と名乗った竜は低い声で言うと彼女の小さな体を黒いかまいたちで無残にも切り裂く。
【忌々しい人間風情が我に話し合いで解決しようとは愚かな。こんなものでは足りぬ。もっと人間どもを苦しめて血の海でこの地を染めてやる。ククククッ】
すでに息絶えたルナの体をまるで物の様に扱い宙に放り投げ地面へとたたきつける。そして黒い稲光となって天へと昇っていった。
その後兵士を引き連れ森の中へとやってきたシエル達だったがなぜか五芒星のあった祠のところまでたどり着けず、そして少女の姿も確認できず仕方なく一度町まで戻る。
それから一週間もの間ルナは行方不明として彼女の家族により探索が続けられた。ルナの無事を確認したくてアレクシルも一緒に必死になって彼女を探すも、森の前で無残にも切り刻まれ冷たくなったルナの死体を発見しそれを見た彼等は言葉を失い暫く呆然とその場に立ちつくしていた。
一方その頃彼女を殺した張本人である邪神はルシフェルの体に入り込み彼を操り、復讐の手始めに瑠璃王国を攻め落として倭国を支配する悪の帝王となったのである。これが災厄の始まりであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる