宙(そら)の詩(うた)

猫田れお

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始まりの場所3

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 母との面会が終わり、日常が戻ってきた。
しかしあの時感じた不安は、僕の心に水の中に落とした墨の様に着実に広がり、薄まりながらも決して消える事なく存在し続けた。

 それはまさに青天の霹靂だった。

「ソラ、レイさんが妊娠したわ」

マチルダさんがいつもの綺麗な笑顔で言った。
レイは僕の母の名だ、確かにそうなのだが赤の他人の話の様だった

 番は一生添い遂げるものだと教えてくれたのは母だった、父が亡くなってからそんな相手が出来る事など有り得ないはずだ。
そんな話しは本人からも聞いたことがない。
僕はひどく混乱していた。
そんな僕を置いてけぼりにしてマチルダさんが続けた。

「おめでとう、弟妹が出来たのよ」

僕の様子など気にもしないでさらに続ける。

「妊娠中は特に感染症に注意が必要だわ、なのでしばらく面会は出来ないけど、我慢してね」

そして僕の気持ちなど無視して、綺麗な笑顔のままモニターは消えた。

 僕はしばらく時が止まったようにモニターを見続けていた、しかし頭の中はフル回転していた。
相手は誰か、番の話は嘘だったのか、何故話してくれなかったのか、どうやって出会ったのか、どうして、何故……色々な疑問が浮かんでは消えていった。
僕が我に返ったのはそれからしばらく経ってからだった。

 母に連絡して聞くのがてっとり早いが、何て言おう。
それともシドに先に相談しようか、マチルダさんに聞くのが正解か、でもさっきのマチルダさんの話しぶりからして、詳しい事は教えてもらえないだろう。
そもそも僕は何が知りたいのか、どうしたいのか、まだ混乱の中に僕はいた。
自分でぐるぐる考えていても埒が明かないので、シドに連絡する事にした。

「母さんが妊娠した」

モニターにシドが映るなり開口一番に僕は言った。
シドもまさに青天の霹靂といった感じで絶句していた。

「えっ、マジ……」

しばらくしてから出た言葉はそれだけだった。

「僕も信じられない」

「誰から聞いた?」

「マチルダさんから」

「なら本当か……」

神妙な顔付きでシドは言った。
情報通のシドでもあまりこの施設で恋愛話などは聞いた事がないらしかった。

「レイさんは美人だからな、モテるとは思うけど
、未亡人なのは皆知ってるしな……」

「番は一生連れ添うものだって、教えてくれたのは母さんだ」

「そうだよな、それに肉親以外とは面会出来ないし」

「うん、それは僕も疑問に思った」

「レイさんに直接聞くのが自然かな」

「そうかな……」

僕はどこか他人事の様に言った。まだ納得出来ていないのが自分でも分かった。

「ソラが聞くしかないだろ」

「そうだよな……」

納得出来ないなら、それが早道なのは分かっていた。
母親が妊娠したなら喜ぶのか当然なのだろう、素直にお祝いの言葉を送るのが息子としてのあるべき姿なのかもしれない。そんな想いが少しずつ沸いてきた、息子の自分しか聞けない事かもしれないじゃないか。

「分かった、ありがとうシド」

僕の心は決まった、シドに相談して本当に良かった。

「どういたしまして、報告待ってるからな」

モニター越しでしか会ったことがないとは思えない程の信頼感と親愛の情をシドに今一度抱いた出来事だった。

 意を決して母に連絡を入れた、はずだったのだが、モニターに映し出されたのはマチルダさんの笑顔だった。
僕が言葉を発する前にマチルダさんが口を開いた。

「ソラ、レイさんは体調がすぐれないので話はできないわ、どんな用件かしら?」

「母は大丈夫なんですか!?」

連絡した目的も忘れて母の心配を口にしていた。

「妊娠による体調の変化よ、用心のために休んでもらってるだけで、問題ないわ」

マチルダさんの言葉に胸を撫で下ろした、そこで連絡した目的を思い出した。

「いつ頃話せるようになりますか?」

母の体調も心配した発言だったが、マチルダさんは何か感じ取ったらしかった。

「何か聞きたい事があるなら、私が聞くわよ?」

何も聞けないと思っていたマチルダさんから出た言葉に驚きながらも、母に聞くより気持ち的には楽だと思ってしまった。

「いいんですか?」

「私で答えられる事なら」

答えられない事がある様な、含みを持たせた言い方にも聞こえたが、今は少しでも情報が欲しいので気にしないことにした。

「母のお腹の中の子の父親は誰ですか?」

一番知りたい事を何の含みも、計算もなくストレートに聞いてみた。マチルダさんは口角をぐいっと上げて真っ赤な唇で笑った。

「教えてなかったわね、ごめんなさい」

忘れていたわ、と事も無げに言った。

「ソラ、貴方のお父さんよ」

僕は想像もしていなかった答えに声も出せずにいた。
その様子にマチルダさんはさらに続けた。

「正確にいうと凍結保存していたお父さんの精子よ」

様々な情報に頭が追い付かない僕を後目にマチルダさんはさらに続けた。

「因みにここの施設の男性はある年齢になったら、みんな精子を凍結保存しているわ、女性の卵子もね」

さも当たり前の事の様に、自分の偉業の様に言った。

「なるほど……」

僕のやっと出た言葉はそれだけだった。

「他には?」
もう聞きたい事は聞けたので良かったのだが、あまりにも呆気ない結末に少し物足りなさすら感じた。
マチルダさんの質問に首を振る事しか出来なかった。

「そう、じゃあ切るわよ」

言うなりマチルダさんの姿は消えた。
真っ暗なモニターには呆けた顔の僕が映っているだけだった。動かなかった思考が動き出すまでに暫くかかった。

「そうだ、シドに報告しなきゃ」

事の顛末を聞かせるとシドも呆けた顔をしていた。

「良かった…んだよな?」

我に返ったシドはそう言うのがやっとの様だった。

「良かったんだと思う、随分呆気ないけど」

母に連絡入れるのにあんなに右往左往したのに、聞いてみれば簡単な事だったのだ。
難しく考えていたのは僕とシドだけだった様だ。
急に自分に弟妹が出来るんだという感情が沸いてきて、嬉しい気持ちを素直に抱けた。
父の死より、家族が増えるとは思わなかった、いや不可能に近かったのに父からの命の贈り物を受け取った気分だ。
父の記憶がない自分には、これから生まれる弟妹は父を近くに感じられる存在になるだろう。
父から貰った贈り物を僕が守っていかなきゃならない、決意を新たにしたのだった。

「ソラが兄貴になるのか」

感慨深げにシドがしみじみと言った。
自分でもあまり実感はないけれど、僕にとってのシドの様な存在になりたいと思った。
兄であり、父であり、友でもある。そんな存在に。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ソラは何も知らない。
レイのお腹に宿った命の正体も、私の気持ちも。

 私が最初に出会ったのだカイと、美しく、そして強い。
気高さを持った男。一目で手に入れたいと思った。
それなのに、レイが現れて奪っていった。
可愛い顔をして私のカイに色目を使って、汚らわしい女。
絶対許さない、私を拒絶したカイも、あの女も。
カイは原因不明の死を遂げた。レイも元々身体が弱いなかカイを亡くして後を追うかと思ったが、カイの忘れ形見がレイの腹に宿っていたのだ、その希望のおかげでレイは回復してしまった。でも赤子が男の子だと分かった時、私は歓喜した、私のカイが帰って来たと。今度こそ手に入れて見せる。
思った通り、ソラはカイによく似ている。
ソラも14になった、ますますカイに似てきた。
まだ青い果実だが、それでも直に収穫の日を迎えるだろう。
それまでは我慢だ、カイの時のような失敗はしない。
ソラが男になった、夢精したのだ。
隠しても分かる、私にはシドという駒がいるのだ。ソラはシドを兄のように慕っている、何でも話す仲だ。夢精の事も相談したみたいだ。
ある程度の年齢になったら精子を凍結保存するという名目でソラの精子を手に入れた。本当は私が手伝ってあげたかったのだけど。シドで我慢する事にした。
レイの卵子とソラの精子を受精させて、その受精卵をレイに戻した。見事着床し妊娠した。
表向きにはカイの精子という事にしておいた、実際はカイの精子など凍結保存していなかったのだけれど。
レイが妊娠したと告げた時のソラの顔が忘れられない。
純粋無垢で優しいソラ、汚してやりたくなる。加虐性を煽るようなあの綺麗な目。蹂躙して這いつくばらせたい。
あの女には本当の事を言ってやった。腹の子の父親はソラだと。あまりのショックに壊れてしまったのが残念だ。もっと苦しめば良かったのに。
レイの妊娠は順調だったが、大きくなり方が異常だ。
近親交配の影響だろうか、奇形児の可能性がある。
あの女がどうなろうと私には興味がない、レイの代わりならいくらでもいるのだから。
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