宙(そら)の詩(うた)

猫田れお

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始まりの場所2

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 母は派手さはないが整った顔立ちをしている。

 銀色の長い髪に赤い瞳、透き通るような白い肌。

 儚げな印象の母は実際身体も弱かった。なので母に会う時は一層の注意が必要だった。

 母に会う前に身嗜みを整えるために、洗面所の鏡と向き合う。暗い灰色の短髪に右目が赤く、左目は青い僕が映っている。

 父の顔は覚えてはいないが、母曰く僕は父親似らしい。

 鏡に映る自分に父の幻を重ねては、自分に母は守れるだろうかと問い掛ける。

 父は答えてはくれないが、母を守れるのは自分だけなのだという、覚悟と決意はあるつもりだ。

「よし」

 母を守るという覚悟と決意と共に声に出していた。

 草と土の匂い、風が頬を撫で、髪を靡かせる。

 木々が揺れ、葉がサワサワと音を立てる。

 空は青く、雲が流れている。暖かい日差しが心地よくて目を閉じると、美しい歌声が聞こえてくる。

 母だ。

 母の声はよく通る、優しいが力強さも秘めている。
人の心を、惹き付ける魔力のようなものを感じる。

 風に乗ってどこまでもどこまでも広がっていくようだ。

 母の歌を邪魔しないように静かに聞き入っていると、不思議な感覚を覚えた。どこか懐かしいような、よく知っているような、そんな感覚。

 聞いた事もない言語で、意味も分からないはずなのに。母が言うには僕達の種族、宙人そらびとの言語らしい。今は失われて久しいらしく、歌として語り伝えられているだけだという。

「久しぶりね、ソラ」

 母は歌い終わると腰かけていた木の枝から、ふわりと舞い降りてきた。

 少女のような無邪気な笑顔と柔らかい物腰、真っ白なロングのワンピース。自分の母親ながら美しいと思った。

 母を抱き止めて再会を喜びあう。母の身体は羽根のように軽い。また少し痩せてしまったようだ。

「久しぶりです、母さん」

「また、背が伸びたんじゃない? ますます父さんに似てきたわ」

 母が僕の頬に触れる、少し恥ずかしさや子供扱いされてるような気になるが、久しぶりの再会なので許すことにした。なにより母が嬉しそうにしているので邪魔をしたくない。

「ちゃんと食べてる? 少し細すぎない?」

 それはこっちのセリフだと言いたくなるが、母は自分より他人の心配ばかりだ。 

「男の子だものね、その内に筋肉もつくでしょう。運動もしないとね、飛ぶ練習もちゃんとしてる?」

 母が口を開くと僕の事ばかり、なかなか口を挟む隙がない。

「大丈夫だよ、ちゃんとやってる」

 母に心配させないように笑顔で返す。ストレスは母の身体によくない。

「見せて」

 母が少女のような無邪気な笑顔で言う。
 
 僕は上着を脱いで上半身裸になると、背中に力を入れる。すると肩甲骨の辺りが盛り上がってきて、翼が現れる。宙人の最大の特徴は翼があり、空を飛べる事である。

 それは真っ白で鳥の翼に似ているらしい。

 らしいというのは、鳥はとうに絶滅しているので僕は見たことがないからである。

 母が言うには、小さいものから大きなものまでたくさんの種類の鳥がいたらしいが、地球温暖化、砂漠化、大気汚染などで数を減らしていったらしい。

 宙人の祖先は、鳥だったなんていう人もいたらしいが、本当かどうかは定かではない。

 翼を広げ、数回羽ばたくと飛ぶことができた。
後は風に乗れば羽ばたかなくても楽に飛んでいられる。

 母が腰かけていた木に自分も降り立った。母も僕に続いた。

 母は、背中が大きく空いたワンピースを来ているので、楽そうだ。いちいち服を脱ぐのは正直面倒だ。服を破いて翼を出すことも出来るがなかなか勇気がいる。それに服が勿体ない。

「気持ちいいわね」

 母が風に髪を靡かせながらいった。

 銀糸の髪がキラキラと光っている。

「これが作り物とは思えないわね」

 この場所は言わば箱庭である。人工的に作られた物だ、空も風も。

 空はドーム状の天井に青空を写しているし、風も空調の成せる技である。

 この研究施設の外は鳥が絶滅しているような環境というわけである。

 ほとんどが砂漠に覆われ、数少ないオアシスを中心に街が点在している、オアシスは金と権力を象徴し、新しいオアシスを探す争いは絶えず、貧富の差は広がるばかりである。
この研究施設にいる限りは飢えることもないが、今こうしている間にも飢えて死んでいく人も少なくない。

 僕はこの施設で生まれ、育ったので外の世界の事は知らない。
読み書きや生きていくのに必要な知識はこの施設でも学ぶ事が出来る。
それ以外は母や僕より少し年上で外の世界からやって来たシドに色々教えて貰っている。

 シドは見た目は軽薄でチャラチャラした印象だが、情に厚く兄貴肌の尊敬出来る人だ。
直接は会った事はないが、モニターを通じて顔を見ながら会話出来る。

 シドは誰とでもすぐに仲良くなれる人種で、僕とは正反対。僕みたいな人見知りにも気安く話し掛けてくるので、いつの間にか仲良くなっていた。
今では本当の兄の様に慕っている。

「シド君は元気?」

 母との会話で自然とシドの名前が出るくらいに、僕達親子にとっては近い存在になっていた。
母は僕に友達が出来たのが嬉しいらしく、シドの話しをよく聞きたがる。

「相変わらずだよ」

 最近は専ら女子の話ばっかりだ、それもマチルダさんの話だ。

 シドはああいう人が好みらしい。
シド曰く、年頃の男子なら誰もが一度は憧れる、美貌と抜群のスタイルを誇っているらしい。
服装も露出が多く、セクシーだ。これもシド曰くだが。
僕は少し苦手だ。

「ソラは母さんがいいんだもんな」
そんな事をシドに言われたりもした。
確かに番になるなら母の様な人がいいとは思っている。でもそれは姿形の問題ではない、中身の部分だ。
それと意外に重要なのは歌声である。
母の歌声は美しいのは勿論、力強さと儚さを合わせ持っている。聞いていると安らぎを覚えるのだ。
家庭を築くなら母の様な人がいい。

 番は一生連れ添うものだ、そう父と母から教えられた。
僕もそういうものだと思っている。

「そう、友達は大事になさい」

母は柔らかい笑顔でそういうと僕の頬に触れた、その手は冷たくて思わず自分の手で母の手を包み込んだ。
箱庭とはいえ風に吹かれて冷えてしまったみたいだ。

「分かってる」

僕はそういう事しか出来なかった。
母の手の冷たさに心まで凍えてしまうような不安を感じたからだ、何処から来るのか分からない不安に自分でも混乱していた。

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