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サラリーマン
しおりを挟むエレベーターの扉が開いた。
誰も乗ってる者はいない。
彼はそれを確認すると、エレベーターへと足を踏み入れた――。
扉が閉まると彼は、ボタンを押さずに、スーツの内ポケットからIDカードを取り出した。それを操作盤の横にある溝に滑らせる。
するとエレベーターは静かに動き出した。
表示にはない地下へと、彼を乗せた箱は降りていく。
彼には秘密があった……。
友人や家族、恋人にも言えない秘密だ。
勿論、同じ会社に勤める、他の社員にもだ。
彼を乗せたエレベーターが目的の階へと到着した。
扉が開くとそこには、普通の会社と何ら変わらない風景が広がっている。
彼はいつもの様に、自分の職場へと歩みを進めた。
「おはようございます」
彼が足を踏み入れた部屋には『正義の味方課』――とプレートが掲げられている。
「おはよう、鈴木君」
「おはようございます! 社長!」
社長と呼ばれた男は人差し指を振って、鈴木の言葉を否定した。
「ここでは社長ではなく……?」
鈴木に先を促す。
「あっ、すいません、指令!」
その言葉に満足そうに頷いた指令は、満面の笑みを浮かべる。
「今日も地球の平和のために頑張ろう!」
「はい!」
熱い握手を交わす二人。
他には人の姿は見えない。
やはり、部屋の中もデスクが並んでいるだけで、普通の会社と変わらない。
「指令、他の皆は?」
「ああ、今日は営業だ」
指令はホワイトボードの予定を指差した。
そこには、戦隊ヒーローの名前や、仮面ライダーの名前などが並んでいる。
「後楽園遊園地で僕と握手!ってな」
指令はポーズ付きで言った。いちいち熱い男なのだ。
「だからもしもの時は……」
いやに神妙な面持ちで指令が言う……。
鈴木も神妙な面持ちで指令に続ける……。
「分かっています! その時は任せて下さい!」
「頼んだぞ、鈴木君……いや、サラリーマン!」
「はい! 指令!」
またしても熱い握手を交わす二人。
その時だった、部屋中に鳴り響くアラーム音――。
握手を交わしたままの姿で、顔を見合わせる二人。
「出動だ! サラリーマン!」
「ラジャー!!」
街はパニックに陥っていた。逃げ回る人々。
その先には、全身黒タイツ姿の悪の工作員達が、奇声をあげながら、人々に襲いかかっていた。
「オ~ホッホッホ!」
その中心には、ボンテージを身に纏った女幹部の姿があった。
「オ~ホッホッホ! 恐怖するがよい、愚かな人間共よ! この地球は我らが頂く!」
女幹部は一人高い所で、逃げ惑う人々を見下ろして笑ってた。
その時だ――――。
何処からともなく聞こえる声が。
「そこまでだ! 私が来たからには、お前達の好きにはさせないぞ!」
「誰だ!」
女幹部の怒号が飛ぶ。
「キィィ~!」
続いて工作員の悲鳴。
次々と倒されていく工作員達。
その先にいたのは――――。
「お前は……サラリーマン!」
サラリーマンと呼ばれた男は、スーツ姿の何処から見ても普通のサラリーマンである。
しかし、工作員達と戦う姿は正しく、スーツに身を包んだ正義の戦士である。
「くそっ! こうなったら私が直々に倒してくれるわ!」
女幹部はムチを取り出すと、ビシリと地面に振り下ろした。
交戦する二人。
――すると夕方の愛のチャイムが、街に鳴り響いた。
その時、女幹部に僅かな隙が生まれた。
サラリーマンは、その隙を見逃さなかった。
「名刺カッタァァ~~!」
サラリーマンの技の一つである。無数の名刺が女幹部に襲いかかる。
巧みに避ける女幹部。
しかし、名刺の一枚が、女幹部の腕を切り裂いた。
「くっ! 今日はこのぐらいで勘弁してやる! 覚えていろ!」
女幹部は立ち去った。
こうして地球の平和は守られたのである――。
「あっ、もしもし、指令。任務完了しました! はい、お先に失礼します」
「ただいまぁ~」
「あっ、お帰りなさい。今、ご飯作ってるから、もうちょっと待っててね」
正義の味方、サラリーマンがただの鈴木に戻る時間。
恋人の真理子と過ごす時間。
「……? 真理子、どうしたんだ? その腕……」
鈴木は、真理子の腕に包帯が巻かれているのに気が付いた。
「あっ、これは……ちょっと仕事でね」
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