Le Lien Days~とあるアパートメントの恋愛事情~

なごみ和來

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第2部206号室×203号室 子持ちのシングルファーザー×恋に一直線なダンスインストラクター編

206×203 1-3

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「うー……さすがにちょっと眠たくなってきた」
 
 油断すると簡単に落ちて来る瞼を擦った茉白は背後のベッドに飛び込むべきか少し迷った。朝から出ていたアドレナリンが落ち着いてきたのか、先程から何度も欠伸を繰り返し、その度に疲労感が増している。
 荷解きを始めて数時間。まだ外は明るいが太陽の位置はかなり低くなっていて、それに比例するように段々と忘れていた疲労と睡魔を思い出すように身体が重たくなっていく。

「けど一段落出来てよかった……」

 昨夜慌てて段ボールに詰めた荷物のほとんどは片付けているが、1Kに住んでいた分家具が少なくリビングの景色は寂しい。テレビ台とテレビはあるが、座るソファはないので暫くは床に座ってご飯を食べる日が続きそうだ。スペースもあるので小さめのダイニングテーブルも買いたいと考えながら最後の段ボールを潰して玄関に運ぶと無事荷解きが完了。
 
 多少ごちゃごちゃな場所はあるが、生活する分には問題ない。家具を買ったりしながら徐々に整えて行けばいいだろうと結論付けるとキッチンに置いてあったミニクロワッサンの袋に手を伸ばした。
 管理人である蛍都手作りのクロワッサンは想像以上に美味しい。作り以上の味がして食べる度に元気が出る。絃凪の話では定期的に色々作っているらしいので、これからこんなおいしいものが食べられるかと思うだけでもここに引っ越してきた価値はある気がする。

 クロワッサンを食べ終わればもう一度部屋の中をぐるっと見て回る。以前の住まいに比べて広いし、2年ぐらい空室だと聞いているが定期的に清掃されていたのか綺麗で汚れも見当たらない。

「あ、そうだ。これどこに置こう……?」

 ふと目に入った大切なものに手を伸ばす。キッチンカウンターの上に置いていたドライフラワーで出来た花束は未だに色鮮やかで綺麗で、見る度に胸がときめく。

 数ヶ月前に買ったこの花束は茉白の宝物で一日に何度も見つめては想い人を思い出してニヤケてしまう。
 教え子の父親に恋して約半年。その想い人が作ってくれたのがこの花束で、友達へのプレゼントということになっているこの素敵な花束をまさか茉白が持ち帰っているとは彼も思ってないだろう。

「宮内さんに会いたいなあ……」

 花束を抱き締めたまま、とうとうベッドにダイブ。目を閉じて瞼の裏に浮かべるのは好きな人の姿。
 年上で、かっこよくて、大人の余裕や色気もあって――だけど時折ちょっと意地悪。こちらの恋心が見透かされているような言動には振り回されっぱなしで、恋する気持ちは治まることなくどんどん大きくなる。
 毎週金曜日、教え子である彼の息子柾矢の送迎時にしか会えない分、その姿を見られた時の喜びは大きくて、用事がないのにいつだってその背中を引き止めたくなって、頭のは中が彼のことでいっぱい。だからこそ会えた時の喜びは計り知れない。
 
 しばらく疲労感と好きな人への恋心を抱えてベッドに転がっているとインターフォンの音が耳を掠める。誰か来た、と足に力を入れてベッドから降りた茉白は持っていた花束をベッドの上に置くと「はーい」と大きな返事を一度。本来ならモニターで来客が誰か確かめるべきかもしれないが、昨日までの部屋にはなかった為、その習慣がない。なので茉白は玄関へと足早に向かった。

「はいはーい、今出まーす! ――――え?」
「ましろせんせーこんにちは!」

 しかしドアを開けた瞬間言葉を失う。ドアの向こう、目線の先には誰もいない。だけど、少し目線を下げると可愛らしい小さな子供の姿が瞳に飛び込んだ。そして弾むような明るい声が続くと知っている顔と声に気づかないわけがない。

「……柾矢くん?」
「こんにちは!」
「え? なんで?」

 部屋の前に立っていたのは間違いなく教え子の宮内柾矢で、ちょっと明るい茶色の髪色ともちもちもほっぺ、それから大きくて丸い瞳は他のインストラクターや保護者からも「可愛い」と評判。その生徒が目の前にいる。どうして? と疑問を抱くのは当然でパチパチと瞬きを繰り返していると、一番奥の部屋のドアが開く音が聞こえる。続いたのはこれも見知った声だ。

「まーくん、早いよ。もうインターフォン押した? ――あ、茉白先生いらっしゃい」
「絃先生!?」
「今一緒に折り紙してたんだけど、茉白先生が引っ越して来たねって話してたら会いたいって言うから来ちゃった」
「……はい?」

 201と表示されたドアから出てきたのはこのアパートメントを紹介してくれた辻絃凪で、口ぶりから柾矢と一緒にいたことがわかる。

(なんで絃先生と柾矢くんが一緒にいるの?)
 
 絃凪がいるのは理解出来る。だけどどうして柾矢がここにいるのだろう。その答え合わせをしてくれるかのように柾矢は絃凪が出てきた部屋と反対方向を指差した。

「まーくんとパパのいえあっちだよ!」
「……柾矢くんの家?」

 可愛らしく弾む声。指差された部屋は206号室。聞き間違えだろうかと思って聞き返すも柾矢は「うん!」と笑う。
 疲れているからだろうか。昨日殆ど寝てないせいだろうか。どちらにせよ、この状況を疑わずにはいられない。
 だってこの言い方だと柾矢は206号室に住んでいるみたいじゃないか。そんなこと、夢でもない限りない。それに――柾矢が住んでいるということは想い人である彼の父親もここに住んでいることになる。
 
「あれ? 茉白先生聞いてない?」
「なにを……? え、てか、本当に柾矢くんの部屋あそこ?」
「うん!」

 再確認しても柾矢が頷くのは変わらない。それに驚いているのはこちらなのに絃凪も不思議そうに首を傾げている。まるでこのサプライズを知らないことに驚いているみたいで、ますます頭が混乱してしまう。

「……宮内さんがいるってこと?」

 なんとか絞り出した声は微かに震えていたかもしれない。
 だってこんなの奇跡だ。心臓の鼓動が急に早くなると瞳が揺れ、絃凪と柾矢を交互に見つめる。

「ましろせんせー、まーくんのおうちあそびにきていいよ!」
「え!? あ、うん! あ、ありがとう……?」

 動揺を悟られないようになんとか笑顔を作るが、柾矢の後ろで絃凪が微かに口元を緩めてこの状況を楽しんでいるのわかる。
 つまり、好きな人が同じアパートメントに住んでいる。その衝撃的な事実に茉白はパクパクと唇が動くが声が出てこない。すると階段を昇ってくる3人目の足音が廊下に響いた。

「あっ、パパ!」
「ええっ!?」
 
 ドキリと心臓が一段とうるさくなる。慌てて目線を動かすと階段から上がってくる柾矢の父親の姿がそこにあって、その姿に茉白は思わずドアノブを強く掴んだ。そうしないとこの衝撃に耐えられそうにない。

「柾矢、茉白先生今日忙しいって言ったろ? ――すいません、引っ越しの最中に」
「……っ、こ、こんにちは!!」
「こんにちは茉白先生」

 小さな子供に言い聞かせるように息をついた想い人の新は茉白を見るといつもと変わらぬ声色で軽く笑う。なんとか必死に絞り出した声はかなり上ずっていてますますドアノブを強く掴んだ。
 毎週金曜日にしか会えない新が目の前にいる。先程ラウンジであった2人も顔が整っていたが、やっぱり新が一番かっこいい。
 伸びてハーフアップにしている髪も黒にメッシュが入っていてお洒落だし、背も高くて体つきだって逞しい。頬に熱が集まるのは必然的でこうなってしまえばもう新のことしか目に入らない。

「ここに住んでるんですか……?」
「はい。まさか絃凪が茉白先生と知り合いとは予想外でしたけど。ひとまず、よろしくお願いします」
「あ、はい! よろしくお願いします……!」

 がばっと頭を下げてなんとか挨拶を返した茉白は心臓の音がどんどん早くなるのを感じて怖い。全然寝てないのでこれが夢かもしれない不安がまだほんの少し残っている。顔を洗ってくるべきかと考えた時、新から質問が飛んで来た。

「片付け終わりました?」
「あ、はい……っ! かなり片付いて――あっ……」
「どうしました?」

 話している途中でとんでもない事実に気づいく。ちょっと待てよと考えたのはほんの数秒。茉白は思わずあんぐりと口を開けてしまった。

(今おれ……とんでもない格好してる……!!)
 
 昨日はほとんど寝てなくて、目の下にはうっすらとクマが出来ている。顔もちゃんと整えてないし、うねった前髪はピンで止めているが髪の毛だってボサボサ。つまり客観的に見た時、今の茉白は人前に出られる格好をしていない。
 これが普通の休日だったらいい。ちょっと隣人に会うぐらいなら問題はない。――だけどこれが好きな人相手だと別だ。

「ちょっ……!」
「茉白先生?」
「ちょっとたんま!!」

 好きな人にとんでもない姿を晒していることに気づくと、恥ずかしさに耐えられず両手で顔を覆う。首を横に振って、見ないでほしいとアピールすると「ダメです!」と必死に伝えることにはなんとか成功。

「ごめんなさい……! おれ、今全然ちゃんとしてないから……! またちゃんとして挨拶行きます!」

 一方的に宣言して、バタンと強く玄関のドアを閉める。絃凪や柾矢にちゃんとした挨拶をすることも出来なかったが、そんなこと考える余裕がないのもまた昨夜眠ってないせいだ。

「やばい……ッ!」

 寝室まで戻り、ベッドにダイブ。枕を抱き締めて顔を埋めると嬉しさと恥ずかしさが入り交じった茉白はバタバタを足を動かして気持ちを整理する。――だけどこの状況で落ち着ける訳がない。

 好きな人が同じアパートメントの同じ階に住んでいる。こんなに嬉しいことはない。週に1回しか会えなかった相手と上手く行けば毎日顔を合わせることが出来るなんて――最高過ぎる。
 それと同時にこんなボロボロの姿を見られたことが恥ずかしい。いい姿を見せたいのに、これでは逆効果だ。

「ああ……好き!」

 だけど零れ落ちる感情だけは誤魔化せず、混乱の渦に落ちるかのように茉白はそのまま暫くベッドの上から起き上がることが出来なかった。
 これからどんな生活が始まるのだろう。そんな期待をせざるを得ない。
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