となりのお猫様~ごはんと陽だまり、時々かみさま~

いっぺいちゃん

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第31話 封を切る音と、戻らない距離

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朝、庭に霧が残っていた。
 山のほうから降りてきた白い気配が、草の先にまとわりついている。
 秋の朝は、音が遅れて届く。

 縁側に出ると、板が湿っていた。
 みーちゃんは丸くなり、祠のほうを背にしている。
 タマは霧を避けるように、家の中を行ったり来たりしていた。

 「今日は、冷えるね」
 「境目の朝じゃ」
 「また境目」
 「今日は、はっきりしておる」
 みーちゃんは目を開けずに言った。

 台所で湯を沸かし、湯気に手をかざす。
 昨日より、少しだけ指先が喜ぶ温度だった。
 机の上に、あの封筒が置いてある。
 白くて、角がきれいで、こちらの様子を窺うみたいだ。

 朝食を終え、縁側に戻る。
 霧はすこしずつ薄れ、庭の輪郭が戻ってきた。
 私は封筒を手に取った。
 紙は思ったより固い。

 「今日か」
 「うん」
 「読むのか」
 「読む」
 言葉にすると、体の中で重さが定まった。

 封を切る音は、小さかった。
 それでも、家の中でははっきり響いた。
 紙を引き出し、折り目を伸ばす。

 内容は、想像していた通りだった。
 近況を問う文。
 以前の仕事の状況。
 もし、戻る意思があるなら、という一文。
 丁寧で、悪くない文章。
 だからこそ、距離が分かる。

 読み終えて、机に置く。
 胸は静かだった。
 動揺も、期待も、大きくはない。

 「どうじゃ」
 「優しかった」
 「それだけか」
 「それだけ」
 言ってみると、不思議なくらい足りていた。

 庭を見る。
 霧は消え、草が同じ方向に倒れている。
 風は、昨日と同じ向きだった。

 「戻りたい?」
 みーちゃんの声は、探る調子ではなかった。
 「分からない」
 「本当か」
 「前なら、すぐ分からなかった。でも今は……」
 言葉を探す。

 「戻らなくても、困らない」
 声にすると、輪郭がはっきりした。

 みーちゃんは、短くうなずいた。
 「距離ができた証じゃ」
 「いい距離?」
 「戻れるが、戻らねばならぬ距離ではない」
 その表現が、腑に落ちた。

 昼前、ツネさんが通りかかる。
 「今日はいい天気になるねぇ」
 「そうですね」
 「顔、すっきりしてるよ」
 何も説明しなくても、伝わるものがある。

 午後、返事を書かないまま、便箋をしまう。
 返さない、ではない。
 今は、書かない。
 その区別が、私の中で大切だった。

 夕方、縁側に影が伸びる。
 みーちゃんが、いつもより近い場所に座った。
 風鈴は鳴らない。
 けれど、風は確かにある。

 「今日は、ここで過ごす」
 「それでよい」
 「迷ってない?」
 「迷いは、音が多い。今日は静かじゃ」
 確かに、胸の中は整っていた。

 夜、灯りを落とす。
 封筒は引き出しに入れた。
 処分はしない。
 ただ、しまう。

 封を切る音は、
 何かを始める音ではなかった。
 距離を確認する音だった。

 そしてその距離は、
 戻らないことを、静かに選べる長さだった。
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