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第84話 報せ、遠くまで
王都の空に、鐘が鳴り響いた。
通りには花びらが舞い、職人たちが新しい布を掲げる。
――辺境公マリエールと、隣国の王子ルシアンとの婚約。
その知らせは、一夜にして王国中へ広まっていた。
「本当にあの令嬢が……?」
「辺境で商会を立てたって噂は聞いたけど、まさか王子と……!」
市場の婦人たち、酒場の男たちが口々に語る。
その誰もが、半ば夢のように笑っていた。
◇ ◇ ◇
一方、モルダン侯爵家の応接間。
嫡男リシャール=ド=モルダンは、執事から差し出された報せの封を開く。
紙には、淡々とした王宮の広報文が記されていた。
――「マリエール=ド=ヴィエル公爵、隣国第一王子ルシアン殿下との婚約を発表」
その一文を読んだ瞬間、手の中の紙が音を立てて震えた。
「……は?」
椅子の脚が床を軋ませる。
紅茶のカップが倒れ、卓上にしみが広がった。
「公爵……だと? ヴィエルが……!?」
執事が怯えながら口を開く。
「は、はい……辺境の発展と、偽造事件の解決を王が直々にお褒めになられたとか……」
リシャールは呆然と立ち上がり、窓辺に歩み寄る。
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、彼の顔を照らした。
「……あのとき、捨てたはずの女だぞ。
“無能で退屈”な女を、辺境へ追いやっただけだ……」
声が掠れていた。
まるで、自分に言い聞かせるように。
◇ ◇ ◇
頭の中に、あの日の光景が蘇る。
――「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
淡々とそう告げた自分の声。
侮蔑に満ちた笑み。
彼女の震える唇。
それが今、王都の誰もが賞賛する名となり、
王子の隣で微笑んでいる。
「……冗談じゃない……」
拳が震え、机を叩いた。
鈍い音が部屋に響く。
◇ ◇ ◇
王都の街路では、結婚式の準備が進んでいた。
公邸前には花職人たちが集まり、
鈴の花の冠を飾りつけている。
ノラはその中を行き来しながら、嬉しそうに叫んだ。
「お嬢――いえ、公爵様! これ見てください!
辺境の布で作った花飾りですよ!」
マリエールは微笑みながら頷く。
「ありがとう、ノラ。……きっと辺境の民も喜んでくれるわ」
ルシアンが隣で静かに微笑んだ。
「この国の花嫁が、辺境の恵みを纏う。
これほど象徴的なことはないですね」
マリエールは小さく笑った。
「ええ。
あの日、辺境に送られたとき――
まさか、その“追放”が祝福の始まりになるなんて、思いもしませんでした」
◇ ◇ ◇
同じ頃。
リシャールはモルダン家の執務室で、一人、古い婚約証書を手にしていた。
そこには、彼の名と、
かつての“マリエール=ド=ヴィエル”の名が並んでいる。
「……笑うなよ。お前がいなくなっても、俺は困らなかった。
そうだ、困らなかったはずだ……」
しかし、声が震えていた。
手の中の証書に、ぽたりと一滴、涙が落ちた。
◇ ◇ ◇
王都では、再び鐘の音が鳴る。
辺境から届いた鈴の花の冠が、王宮の塔に飾られた。
マリエールはその光景を見上げながら、
静かに胸の奥で呟いた。
「――これが、私の“始まり”の証」
風が吹き抜け、白い花弁が空へと舞い上がる。
そのひとつが、どこか遠く、
誰かの窓辺へと落ちていった。
リシャールは、その花弁を見つめ、
ただ、黙って拳を握りしめていた。
通りには花びらが舞い、職人たちが新しい布を掲げる。
――辺境公マリエールと、隣国の王子ルシアンとの婚約。
その知らせは、一夜にして王国中へ広まっていた。
「本当にあの令嬢が……?」
「辺境で商会を立てたって噂は聞いたけど、まさか王子と……!」
市場の婦人たち、酒場の男たちが口々に語る。
その誰もが、半ば夢のように笑っていた。
◇ ◇ ◇
一方、モルダン侯爵家の応接間。
嫡男リシャール=ド=モルダンは、執事から差し出された報せの封を開く。
紙には、淡々とした王宮の広報文が記されていた。
――「マリエール=ド=ヴィエル公爵、隣国第一王子ルシアン殿下との婚約を発表」
その一文を読んだ瞬間、手の中の紙が音を立てて震えた。
「……は?」
椅子の脚が床を軋ませる。
紅茶のカップが倒れ、卓上にしみが広がった。
「公爵……だと? ヴィエルが……!?」
執事が怯えながら口を開く。
「は、はい……辺境の発展と、偽造事件の解決を王が直々にお褒めになられたとか……」
リシャールは呆然と立ち上がり、窓辺に歩み寄る。
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、彼の顔を照らした。
「……あのとき、捨てたはずの女だぞ。
“無能で退屈”な女を、辺境へ追いやっただけだ……」
声が掠れていた。
まるで、自分に言い聞かせるように。
◇ ◇ ◇
頭の中に、あの日の光景が蘇る。
――「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
淡々とそう告げた自分の声。
侮蔑に満ちた笑み。
彼女の震える唇。
それが今、王都の誰もが賞賛する名となり、
王子の隣で微笑んでいる。
「……冗談じゃない……」
拳が震え、机を叩いた。
鈍い音が部屋に響く。
◇ ◇ ◇
王都の街路では、結婚式の準備が進んでいた。
公邸前には花職人たちが集まり、
鈴の花の冠を飾りつけている。
ノラはその中を行き来しながら、嬉しそうに叫んだ。
「お嬢――いえ、公爵様! これ見てください!
辺境の布で作った花飾りですよ!」
マリエールは微笑みながら頷く。
「ありがとう、ノラ。……きっと辺境の民も喜んでくれるわ」
ルシアンが隣で静かに微笑んだ。
「この国の花嫁が、辺境の恵みを纏う。
これほど象徴的なことはないですね」
マリエールは小さく笑った。
「ええ。
あの日、辺境に送られたとき――
まさか、その“追放”が祝福の始まりになるなんて、思いもしませんでした」
◇ ◇ ◇
同じ頃。
リシャールはモルダン家の執務室で、一人、古い婚約証書を手にしていた。
そこには、彼の名と、
かつての“マリエール=ド=ヴィエル”の名が並んでいる。
「……笑うなよ。お前がいなくなっても、俺は困らなかった。
そうだ、困らなかったはずだ……」
しかし、声が震えていた。
手の中の証書に、ぽたりと一滴、涙が落ちた。
◇ ◇ ◇
王都では、再び鐘の音が鳴る。
辺境から届いた鈴の花の冠が、王宮の塔に飾られた。
マリエールはその光景を見上げながら、
静かに胸の奥で呟いた。
「――これが、私の“始まり”の証」
風が吹き抜け、白い花弁が空へと舞い上がる。
そのひとつが、どこか遠く、
誰かの窓辺へと落ちていった。
リシャールは、その花弁を見つめ、
ただ、黙って拳を握りしめていた。
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