【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん

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第145話 風の祈り(いのり)

春と夏のあわい――。
〈ルミナ=ヴィエル〉の街に、柔らかな風が流れていた。
その風はかつて、世界をめぐり、理を結び、人々の心に還った“始原の風”。
いま、その風は静かに、新しい季節を運んでくる。

◇ ◇ ◇

丘の上。
白い鈴の花が一面に咲き誇っていた。
風が吹くたび、花々は小さく揺れ、まるで祈るように鈴の音を鳴らす。

その花の海の中で、ひとりの少女が立っていた。
陽の光を受け、銀の髪が淡く輝く。
瞳は澄んだ青――どこか懐かしさを宿すその色は、
まるで誰かの記憶をそのまま写したようだった。

彼女の名は――マリエール。

ヴィエルの名門家に生まれ、幼いながらも理を感じ取る特別な力を持っていた。
“理の息吹を聴く子”として、学都でも静かに注目を集めている少女だった。

◇ ◇ ◇

少女マリエールは、丘の上の〈風環の柱〉を見上げた。
塔の頂には、かつての理核の欠片が埋め込まれており、
今でも微かな光を放ち続けている。

「お母さま……どうして風は、見えないのに感じることができるの?」

母が微笑む。
「風は理そのものだからよ。
 姿はなくても、心に触れる。
 誰かを想う気持ちが、風の形になるの。」

少女は頷き、小さな手を胸にあてた。
「じゃあ――この風の中に、“あの人たち”もいるの?」

母は静かに答える。
「ええ。理を紡いだ人たちも、
 風となって今もこの地を見守っているわ。」

少女はそっと目を閉じた。
風が頬を撫でる。
その中に、懐かしい声が微かに聞こえた気がした。

『――風は還り、祈りとなる。
  祈りは言葉を越え、また風へと生まれ変わる。』

鈴の花が揺れる。
少女は微笑んだ。
「うん、聞こえる……やさしい声。」

◇ ◇ ◇

その夜。
丘の下、街の中央広場では“理の祭”が開かれていた。
大人も子どもも、手に小さな鈴を持ち、
それぞれの想いを風に託して空へ放っていく。

「理は遠いものではなく、人と共に在るもの」
祭壇に立つセレスティーヌ=ヴィエルの言葉に、
群衆が静かに頷く。

「いま、この風が運ぶのは――希望です。
 理を信じる心こそが、世界を支える礎となるでしょう。」

無数の鈴が風に舞い上がる。
その音が夜空を満たし、光が丘を照らす。

◇ ◇ ◇

少女マリエールは、ひとり丘の上に残っていた。
風の中に舞う光を見上げながら、
そっと手を伸ばし、小さく囁く。

「ありがとう、風のひと。
 ――わたし、聞いてるよ。
 あなたたちが残してくれた理を、ちゃんと感じてる。」

風がやさしく彼女の髪を撫でた。
鈴の音がひときわ強く響く。
その瞬間、空に描かれた光が一つの形を結んだ。

それは、かつてのマリエール=ド=ヴィエル=アストリアの姿だった。
微笑み、手を差し伸べ、
その指先が新たな風の道を示す。

少女は涙をこぼしながらも笑った。

「……わたしも、歩くね。
 あなたが風になった道を、
 次の理へ――つなぐために。」

◇ ◇ ◇

夜が明ける。
ヴィエルの丘に、再び光が差す。
白い鈴の花が揺れ、
朝露を纏ったその姿は、まるで新しい時代の祈りそのものだった。

『理は風にあり、風は人に宿る。
人の祈りがある限り、風は巡る。』

少女マリエールは、
風に向かって両手を広げ、微笑んだ。

そして、
新たな理の物語が――また静かに、始まろうとしていた。
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