1 / 40
それくらいで済んでよかったね@(まだ)健全 1
しおりを挟む目を刺すようなまぶしさとガラス越しにも響く金切り声に、心底唸りたい気持ちだった。
ここ最近はいつもこうだ。寝室の窓のすぐ下で、お世辞にも上手とはいえないギターの弾き語りが夜な夜な披露されている。
階下の住人ではない。このあたりをなわばりと決めた流れのアイドル志望者だろう。彼らは明日の食い扶持を稼ぐために、近隣の睡眠事情を慮らない。
街の一角を陣取り、少しでも多くの通行人の目に留まるべく歌い続ける姿勢と努力を卑しいと下に見るつもりはない。ないのだが、せめて聞ける腕前に上達してから挑戦してほしかったと切に思うばかりだ。耳障りな子守唄はお呼びでない。場所も選べ。ここら一帯は住宅区域だ。
秒ごとに遠くへと追いやられていく睡魔の軟弱さにため息を吐きながら、ハマルはころりと寝返りを打った。窓に遮光カーテンを引いているが、すぐそばに街灯があるのであまり意味を成していない。
ネオンぎらつく不夜エリア・スパシの日常である。街灯に混じって乱立する大量のスピーカーから多種多様な音楽が垂れ流されているし、夜空すら明るむまぶしい路上では眠らぬ人々がゾンビのように徘徊する。日をまたぎ、宵が深まっても静まらない。
外からのくぐもった雑音を除けば、聞こえるのは衣ずれやスプリングの軋み、そして己の呼吸だけである。……はずなのだが、他者よりも秀でているらしい聴力がそれ以外の物音を拾ったので緩慢に瞼を持ち上げた。カタン。小物が落ちるような軽い音であった。
マットと毛布がやわらかくあたたかいベッドから抜け出して床板を踏む。冷たさが足の裏を通り、骨身にジンとしみるようだ。余計に眠気が退いていくが、どうせ今夜も眠れはしないので気にかけずに玄関へと向かう。音は郵便受けからしたようなので。
やがてまみえた受取口には、思った通りに物影があった。遠目だと黒い塊だったそれは、薄茶色で手のひらほどの横幅をしている。書類のやりとりによく使われる面白みのない封筒だ。わかったのはつまみ上げてからであった。
「……」
ハマルは靴箱の上に常備してあるビニール袋を広げた。空気を食べ、膨らんだ小さな空間に封筒を放りこむ。紙でできているはずのそれは、しかし見た目通りにすんなりとは落ちなかった。
べちゃ。湿った音を立てたきり、いつまでたっても白い表面に貼りついている。
シャワーを浴びて身づくろいを済ませた。履き慣れたブーツに足を通すハマルの全身が、玄関横の姿見に映る。
常時ふわふわと風に踊る白金色の癖毛がたっぷり吸った水気でおとなしい。面倒だからという物臭な理由でハマルはドライヤーを好まなかった。タオルでおざなりに水気を拭き取り、あとは自然乾燥に任せるがまま。髪が傷むと逐一苦言を呈されるし、何なら乾ききると元気に毛束が跳ね出すのだが、それくらいで損なわれるような見た目でも髪型でもないので改善する気はもっぱらない。
ゆるく編みこまれているのは左側の一房だけで、結び止めた髪紐にはクラブ型のスートジュエルが引っかけられている。
スートジュエルとは名の通り、トランプのスートを模して四つのひし形の結晶を組み合わせた装飾宝石だ。身につける者の在籍エリアを示す簡易的な身分証でもある。宝石を冠するだけあって、光に透かすと美しい。
ゆるやかにうねる毛先かすめた肩には袖を通さずにロングコートを羽織った。純白に汚れもしみもないのは所持スキルの効力の賜物だ。なにものにも染まらないという意味である種のトレードマークにもなっている。らしい。知らないが。
鏡に視線をやる。面という境界をへだてて同時に見返してきた目は、燃える焔のような真紅色だ。目尻に紅の目張りを施しているため、つり目気味に見える。
下瞼にはそこそこ黒い隈がある。連日続く寝不足によってこさえてしまったものだ。仕事が入ればコンシーラーで隠すが、今日は必要ない。
財布の機能もそなえた端末をポケットにつっこんで二つのビニール袋を引っ提げる。戸締まりを済ませ、そこそこ年季の入ったアパートの階段を下った。ガサガサと鳴る音が、癖で殺しがちな足音がわりのようだ。
自室の下にあたる場所付近に目を遣ったが下手くそな演奏者の姿はない。風呂から上がった頃には聞こえなくなっていたので、その間に引き上げたのだろう。
わずかばかり残念な気持ちになる。ハマルも歌声でスコアを荒稼ぎする者の一端だ。声をかける気はさらさらないが、音職に携わる身としてどんな人物がアレを奏でていたのか少しばかり気になったので。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる