幼馴染の王子が某令嬢に婚約を破棄されて自害しかけたので、

シュンコウ

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婚約破棄という前提 十

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 キリエを探しまわるガシャガシャと煩い音が、徐々に近づいてきている。猶予はなかった。


「ほら、返事は?」


 促すとまた一つ、キリエの眦から涙が転び落ちた。引きつって少々歪ではあったが、ささやかな笑みとして目を細めたことによる落涙だった。


「……それ、僕に、拒否権がない、じゃないか……」


 ぐす、と鼻を鳴らし、嗚咽が混じるのは変わらない。だがわずかばかりは気分が浮上したように見えた。
 応とも否とも返らなかったが、アルシュはこの言い方を是として受け取った。了承の言葉しか取らない、という言に嘘はない。


「そうだ。わかったなら、黙って私に攫われろ」


 ずっと跨っていたキリエの腹部の上から降り、手を取った。引っ張って身を起こさせる。
 キリエの首から血が一筋垂れるのを見て、フリルのついた袖で優しく拭った。ナイフをはじき飛ばした時に薄皮を切ってしまったようだ。
 まだまだだな。アルシュは日課として己に課している鍛錬のメニュー量の増加を決意した。次は無傷で得物を手放させてみせる。……こんな機会は二度と来ないでほしいが。

 兵達の足音が近い。扉からの脱走はできなくもないが、おそらく難しいだろう。


「ア、アルシュ?」


 キリエの体を肩に担ぎ上げた。窓に向かい、大きく開け放つ。


「しっかり掴まっているんだぞ」


 注意をしっかり行ってから窓枠に足をかけた。
 外からの侵入を拒む造り故に、広がるのは絶壁だ。だが遥か下には深く流れの遅い大きな川がある。落下を遮る障害物もない。


「ま……、待って。アルシュ、まさか──」





 切っ先に血の跡が残るナイフが突き刺さった絨毯。開きっぱなしになったままの窓。
 ようやくキリエの自室に辿り着いた兵達が目にしたのは、誰もいない室内だった。





 カルブンクルスの第二王子とアダマースの公爵令嬢の婚約パーティーは、史上類を見ない最悪な結末をもって中止となった。
 その日を最後に、婚約者を弄んだという罪の烙印を押された渦中の王子は姿を消し、二度と公の場に現れることはなかった。


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