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湖城での療養 一
しおりを挟むちゃぷ、と水面が波打つ音がする。
耳に心地よい音だ。静かで、ささやくようで、意識を揺蕩わせたくなるような。
全身をぬくもりが包みこんでいるのもよくない。暑すぎず、ぬるすぎず。しつらえたような温度だ。
深く息を吸うたびに、花の香りが鼻腔を満たす。カルブンクルスにはない涼やかな芳香。澄みきった水のような。……どこかで嗅いだことがある気がする。さて、どこでだったか……。
少し強めの日差しが顔に当たっているようだ。瞼一枚を隔てているのに、眩しい。否応なく覚醒を促される。
「ん……」
キリエは緩慢さを隠さずに重い瞼を持ち上げた。ぼやけている。視界を染める肌色一色。何度か瞬きをし、視点のピントを合わせようと試みる。
しかし何度試しても見えるものに変わりはなかった。多忙期を極めていた数週間前の頃のようだ。あの時は睡眠量が足りず常に寝不足で、ものがぼやけて見えたことも少なくなかった。
それにしても少し息苦しい。頭の下にある枕もいつもの感触と違う。絹の質感ではないのは確かだ。あたたかくて、柔らかくて、しっとりと吸いつくような……。
「…………ん……?」
身動ごうとして、気づいた。動けない。何か、あたたかいものがキリエの後頭部と腰に巻きついていた。あと、膝あたりにも重いものが。
押しのけようにも両腕とも己の腹と柔らかくてあたたかい何かに挟まれ、引き抜くことができない。困ったキリエはとりあえずと、顔を上向かせた。少しでも視野を広くしたかった。
キリエの頭一つ分上には、見知った者の顔があった。深い紺色の髪がかかる、中性的で美しい顔立ち。双眸は閉ざされていて、水面に反射する光のように明るい銀色は見えない。紅を差してはいないのに赤い唇は薄く開かれていて、穏やかで深い寝息を規則的にくりかえしている。
キリエの幼馴染、アルシュの寝顔だ。自由を奪っていたのはアルシュだった。
後頭部と腰に回されているのも、膝を挟んでいるのも、幼馴染のしなやかな四肢である。抱き枕にされていたようだ。
抱きこまれている現状はいただけないが、それを行使しているのが親友なのでキリエは密かに安堵する。これが見知らぬ人であれば、命の危機を疑うところであった。
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